第3話 ちぎりパンとベーコンエッグ

 エラが一階に降りると意外にも、まともな状態の食材が用意されていた。更に口早に伝えたというのに、依頼した食材は全て揃えられていたところからして、どうやらあの頼りなさそうな侍女は見た目とは違い優秀であるようだった。

 侍女に八つ当たりをしてはいけないと思っていたのに、怒りに任せて可哀想なことをしてしまったとエラは後悔をした。

 まるでこの世の終わりが来たかのような、そんな悲壮な顔をして逃げ去った彼女を思い出すと、ますます罪悪感が強くなるというものだ。もし明後日のご用聞きに彼女が来てくれるなら、お詫びに美味しいお菓子でも用意してお茶をご馳走しよう。ーーまあ、お茶は飲んでくれないかもしれないけれど。


「さて、まずは食材を片付けないとね」


 侍女が運んできた木箱から食材を取り出すと、塩と胡椒は調味料棚へ、それ以外は保冷庫へそれぞれ片付けた。

 次にエラは二つの片手鍋を棚から取り出すと、片方には水、もう片方には保冷庫から取り出した牛乳を入れオーブンストーブの上に置いた。それからエラは、鍋を温める為にオーブンストーブのスイッチを押したのだが、どれだけスイッチを押しても一番下のオーブン室に火が着く様子がなかった。


「ーー壊れているのかしら。オーブンが使えないのは困るわ。ご飯がサラダだけになってしまうじゃない」


 そんなウサギみたいな食事はごめんだと困ったエラが、ふとオーブンストーブから視線を外すと、すぐ横に薪が置かれているのを見つけた。まさか、これを入れないといけないのだろうか。二、三百年前ならいざ知らず、今時そんな不便な仕様の魔石オーブンがあるのだろうかとエラは疑問を浮かべた。

 現在流通している魔石オーブンは、通常どれも燃料を必要としない。魔石から発せられる熱そのものを利用し、加熱調理が出来る仕組みになっているからだ。そもそも薪を使用すれば都度燃料費が掛かることになり、高価な魔石オーブンを導入する意味がなくなってしまうのである。態々そんな無駄なことをするのは、金を持て余した道楽者ぐらいなものだ。


「この小屋の持ち主は、随分とお金持ちで変わり者なのね」


 なんとも贅沢なことだと呆れたエラは、オーブン室に薪を入れ再度スイッチを押した。するとすぐにオーブン室の薪から火が起こり始めた。


「ようやく火が着いたわ。さあ、お湯を沸かしている間に、パンの材料を用意しないと」


 棚からボウルを取り出し、そこにマグカップ二杯版の小麦粉と二つまみの塩、スープスプーンに山盛り一杯の砂糖を入れるとそれらをよく混ぜ合わせておく。それから粉を測ったマグカップにスープスプーン一杯程のイーストを手でほぐし入れた。

 予め沸かしていた水がぬるま湯程度になると、イーストが入ったカップにほんの少し加えダマがなくなるまで溶かし、更に人肌まで温まったミルクを注いでよく混ぜ合わせた後、小麦粉の入ったボウルに入れ、手で小麦粉とイースト水を混ぜ合わせよく捏ねていく。生地の表面がつるんとなり手にくっつかなくなったら、スプーン一杯半のバターを加えて更に捏ね、バターを加えたことでベタついた生地が再度つるんと纏まり、手にくっつかなくなったら新しいボウルに生地を移し、濡れ布巾を被せ暖かいオーブンの側で放置して生地が一次発酵するのを待つ。


「発酵している間に、ミルクスープを作ろうかしら」


 イーストに使用した残りの牛乳に水を加え、そこに薄くスライスした玉ねぎ、乱切りした人参を加え、しんなりするまで煮込んだら、一口大に切ったソーセージを加えて更に軽く煮込み、少量の塩と胡椒で味を調えたらスープの完成だ。今回はスープが主菜ではないので、塩気を控えめにした優しい味わいにしておいた。


「まだまだ発酵が終わるまでに時間があるから、ジャムの準備もしましょう」


 侍女が持って来た食材の中に赤いルバーブとレモンがあったので、それでジャムを作ることにした。ルバーブのジャムはクセがなく甘酸っぱくて美味しいので、エラのお気に入りだ。

 まずひと束分のルバーブを洗い、親指の半分くらいの長さに切って鍋にマグカップ一杯の砂糖と共に入れ混ぜ合わせる。それから四半刻ほどそのまま放置し、ルバーブから水分が出るのを待つ。もしも時間があるならば、作る前日の夜にボウルに入れ保冷庫で一晩置くのがオススメだ。

 それからパン作りに使用した残りのお湯が入った片手鍋に、ジャムを保存する瓶と蓋、それとジャムを掬い入れるお玉を入れ煮沸消毒し、乾いた清潔な布巾の上で瓶を逆さにして乾かしておく。


「そろそろ発酵が終わったかしら」


 濡れ布巾をどかし生地の入ったボウルを確認すると、二倍ほどに膨れ上がっていた。十分に発酵したようだ。

 まな板に打ち粉をし生地をその上にのせると、手の平で押さえてガス抜きをする。その後、均等になるよう生地を十二分割に切り分け、それらを一つずつ手で丸めてまとめた後、再度濡れ布巾をかけ少し休ませる。その間に小さな平鍋に溶かしたバターを塗り、その上から小麦粉を塗してパンを焼く為の型を作っておき、休ませた生地を再度手で平らに伸ばし丸めなおしたら、生地のとじ目を下にした状態で先ほど作った型に均等な間隔で並べ、オーブンの側で二次発酵を行う。


「じゃあ、またジャム作りに戻らないと」


 二次発酵を待つ間に再びジャム作りに戻り、砂糖によって水分が出たルバーブにレモン汁を加え、汁気がなくなるまで煮詰めたら、煮沸消毒した瓶に九割程度入れ蓋を軽く閉める。すぐに食べない分は瓶を沸騰したお湯に入れ、加熱をしたら取り出し蓋をかたく閉めたら瓶を逆さに置き、そのまま常温で冷ましたら長期保存が出来るジャムの完成だ。空気を抜くことで長期保存が可能となるのだ。


「もう二次発酵がいい頃合ね」


 隣同士の生地と生地がくっつくほど膨れ上がったら、平鍋を薪を燃やしているオーブン室のすぐ上にある別のオーブン室に入れ、四半刻ほど焼成し生地の表面が濃い目のきつね色になればパンの完成だ。

 更に今回は領地からの長旅と失礼な辺境伯家の対応に疲れた自分へのご褒美に、特別に焼き上がったパンの上に少量の砂糖を振りかけた。優しい甘さの焼き立てしっとりパンは最高のご馳走だ。


「さあ、最後はベーコンエッグを作りましょう。主菜がないと食べた気がしないもの。もうひと踏ん張りよ。これが終われば、ご飯にありつけるわ!」


 ストーブの上でフライパンを温め、そこに菜種油をひくと厚めに切ったベーコン一枚と卵を二個を割り入れ、少量の水を加え蓋をして蒸し焼きにしたら、塩胡椒で味を整える。エラは半熟も完熟もどちらも好きだが、今回は半熟になるように加熱した。何故ならば、とろりとした塩味のある黄身に、優しい甘さのパンを絡めて食べると絶品だからだ。甘塩っぱい味は美味しい。嫌なことも吹き飛んでしまうくらい最高に美味しいのである。

 エラな出来上がった料理を急いでテーブルに運ぶと、もう既に外は薄暗くなっていた。結局今日は昼過ぎに辺境伯の城へ着き、すぐにこの丸太小屋に案内され今に至るので、エラは今日一日、宿で食べた朝食以外何も口にすることが出来ていなかった。そのような状態だった為、兎にも角にもお腹が空いていた。


「ああ、お腹が空いたわ。早く食べてしまいましょう。いただきます!」


 かなりの空腹だったエラは、まずは焼き立てのパンをちぎり口に放り込んだ。まだ温かいパンの表面にかけられた砂糖が半分溶けシロップのようになりつつも、ジャリッとした食感もあり、疲れた体に優しい甘さが染み渡るようだ。パンはしっとりとしていながら、もっちりとした食感もあり、噛めば噛むほど生地本来の甘味と牛乳の味が感じられる素朴で旨味のある味わいだ。

 そのパンと塩気のあるベーコンエッグを一緒に食べれば、もう絶品である。とろとろの黄身の濃厚さとベーコンの旨味、パンの甘味が一体となって本当に美味しい。やはり女子にとって甘塩っぱいは禁断の味である。甘い塩っぱいを交互に繰り返すことも幸せであるけれど、同時に味わうと最高の幸せを感じることが出来る。

 しばらく食べ進め、甘さやベーコンの脂がくどくなれば、塩分控えめのミルクスープで口直しをする。スープに刻みパセリがあれば、爽やかな香りがさっぱりとしていいのだが今回運ばれた食材にはなかったので我慢だ。

 次のご用聞きには、胡椒以外の香辛料をお願いしようとエラは決めた。やはり胡椒だけでは、早晩に料理が物足りないと感じるようになるだろう。それに材料費は辺境伯家が負担するのだから、お高い香辛料を湯水のように使ってやろうではないか。


「ようし、これからもどんどん美味しいものを作って食べましょう!鳩肉とか高級なお肉だって食べてやるんだから。辺境伯家のお金を沢山使ってやるのよ!」


 散々な対応をしてくれた辺境伯家へ、どんなに小さなことでもいいから絶対に嫌がらせをしてやるのだとエラは決意したのだった。

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