第6話 鍛錬開始
裏表なさ過ぎる性格なせいか、素で毒を吐くハルに心を痛めつつも俺は説明を続ける。挫けない、挫けないぞ俺は。
「ハルの職業は魔法使いな訳だが、職業の横にレベルの表記があるのは気付いているな?」
「はい、お爺さんもそのレベルを目安に強さを測っているようでした」
「勘が良いな、その通りだ。ここから重要な話だからメモっとけ。レベルは職業とスキルにそれぞれあって、モンスターを倒したからといって上がるもんでもないんだ。特に職業レベルは滅多に上がる事はないと思え。ハルの不幸話に出ていた勇者君や空手娘はレベル5だった訳だが、そこまで上がれば人間としてはトップクラスの力があるかな。当然、レベルが高いほど次のレベルアップも遠くなる」
「ふむふむ」
「あと、職業のレベルが高いほどステータスにプラス補正が働くな。ハルのだとMPと魔力が微量アップだ」
「ふ、ふむふむ…… 師匠、質問です!」
ハルの挙手は相変わらず綺麗なものだ。猫背な俺も見習いたい。
「おう、何だ?」
「先ほど、レベルはモンスターを倒しても上がらないと言っていましたが、それではどうすれば上がるんですか?」
「当然の疑問だな。だが、その前にスキルについて説明しておこうか。ハルのステータスの下部、そこにスキルスロットの項目があるな?」
「ええと、未設定と書かれているのが2つあります」
「そこ、指で軽く押してみろ」
首を傾げるハルは言われるがまま、宙に向かって人差し指でボタンを押すような仕草をした。
「師匠、何か凄い数の文字の羅列が並んでしまったんですが……」
「その画面はスキル設定の選択肢を並べたものだ。今までハルが経験した事のある技能が記載されている筈だな。武道をやってたんなら、『格闘術』やら『剣術』、『回避』とかがあるんじゃないか?」
「あ、ありますね。あれ? 魔法使いでも武術系のスキルって覚えられるんですか?」
「そこが面白いところでな、覚えられる。ただ職業レベルを上げる為には、その職業に関連したスキルのレベルを上げないとならないから注意しろ。言い換えれば、関連したスキルレベルを一定まで上げれば、職業レベルも上がるって事だ。魔法使いなら『炎魔法』や『水魔法』とかだな」
「ちょ、ちょっと待ってください。今、頑張ってノートにとります!」
ハルは必死に今の話を纏めている。ま、この辺が最初は取っ付きにくいもんな。頭から出る煙がやや黒くなりかけているが、大丈夫だろうか?
「ちなみに、ハルは魔法を使った事はあるか?」
「ないです!」
「うん、正直でよろしい。それじゃあ、スキルの選択肢にも?」
「ないです! ……あっ、ないっ!? 師匠、職業レベルが上がらない危機に遭遇してしまいました! 我が人生一生レベル1の危機っ!」
ハルの脳が限界に達したのか、煙の他に湯気が出てきている。これ以上は止めておくか。飯食いたいし。
「落ち着け、今はなくとも基礎を学べば選択肢に並ぶから。取り敢えず、今説明した事を纏めたら飯にしよう。飯を食ったらハル向けの鍛錬をしてやる。お前、たぶん実践向けだからな」
「ふぁ、ふぁい……」
……飯、盛り付けくらいは俺がしといてやるか。
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昼食はまさかの炒飯と卵スープだった。一応、この世界にも米はあるのだが、買い出しの際に購入していたんだな。まだこちらの金銭感覚が分からないであろうハルに、最低限の知識を授け1週間分の食費を丸投げした俺の判断は間違っていなかったようだ。厳つい店のおっさん相手に値下げ交渉をしてたし、十分な量の食材に余分なお釣りまで持ってきていた。まるでオカン並の生活力である。
「お口に合いましたか?」
「……うめぇ」
この世界に来てから久方ぶりの炒飯ってのもあるが、マジで美味い。初めてみる食材も多かっただろうに、よく異世界のものだけでこのパラパラ炒飯を作れたな。いや、これは本当に驚いた。卵スープもふわふわ卵に旨味が絡み合って良いアクセントになってる。スープを飲めば、また炒飯を食いたくなる。炒飯を食べれば、またスープを―――
「―――ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
完食。気が付けば、俺は完食していた。ああ、まさか炒飯でここまで感動する日が来てしまうとは。俺はハルを侮っていた。そして、美味いものを食うという食文化の何と素晴らしい事か。
「正直、ここまで家事ができるとは思っていなかった。文句の付けようがない」
「ど、どうしたんですか、急に?」
「いや、弟子云々を抜きにしても、これなら普通に家事手伝いとして雇いたいくらいだ。ハル、職に困ったらうちで働け。城の使用人より高給で歓迎する。というか住め」
「あ、冗談じゃなくて真面目に言ってます?」
「言ってます。かなり真面目です」
「か、考えておきます……」
褒められて照れてしまったのか、ハルは頬をやや赤くしながら炒飯を口にかき込んでいる。うーむ、これは試用期間いらなかったかもなぁ。弟子としての様子を見てオーケーであれば、もう条件を十二分にクリアしているし――― 何より、こいつは見ていて面白い。
「ハル、飯食って皿を洗い終わったら、カノンが持ってきた運動着に着替えて庭に来い。お待ちかねの鍛錬だ」
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我が家は最寄りの街からもそれなりの距離がある。人気のない山を登り、鬱蒼とした木々の中にポツンと建っているのだ。カノンなどはここ最近よく街、城と往復しているが、それだけでも結構な運動になったりする。俺があまり街に出たくない理由でもあるな。一見不便そうにも見えるが、こんな場所だからこそできる事もある。ちょっとした結界を周りに施してやれば、ちょっとやそっとの爆音では外部に漏れず、誰にも迷惑を掛ける事もない。まあ、多少は馬鹿しても大丈夫って意味だ。
「さ、午後はこの庭でスキルのお勉強をするとしようか」
「え゛!? べ、勉強ですか……?」
「そんな待てを食らった犬みたいな顔すんなよ…… 言葉のあやみたいなもんだ。実際やるのはスキルのレベル上げ、その体験をしてもらう。ハルの場合、言葉で説明するよりもこっちの方が良いだろ?」
「その方が良いです! 是非に!」
必死か。
「ハル、武道系のスキルを1つ会得するなら何が良い?」
「武道、ですか? うーん、さっき見た中だとやはり格闘術でしょうか。私、結構自信あるんですよ」
そう言いながらハルが構える。これは何かの武術の構えだろうか? その辺り素人の俺には分からないが、やたらと様になっている。
「よし、それじゃ格闘術のスキルを会得しちゃおうか」
「良いんですか? スキルスロット、2つしかないですけど?」
「格闘術を覚えても、もう1スロットあるからな。そっちは魔法系のスキル枠として使う。まずは得意分野から覚えていった方が、ハルの自信にも繋がるだろ。だから遠慮なく覚えてしまえ、話はそれからだ」
「押忍、分かりました!」
ハルはそんな武道系な挨拶をして、意気揚々とスキル設定をし始める。やっぱり嬉しかったのか。格闘術スキルの設定も無事にできたようだな。
「じゃ、試しに武道の技を練習してみてくれ。できるだけ集中して、1つ1つ丁寧にな」
「えっと、それじゃあ正拳突きをしますね。フゥー……」
スキルレベルは関連した動作をする事で上げられる。『調理』であれば料理を重ねるほどに、『剣術』であれば素振りや模擬戦をするといった具合だ。しかし、ただやればいいという訳ではない。より濃厚な内容が伴うほど、レベルアップも早いのだ。逆にダラダラとサボりながらは最悪の極み、スキルに嘘は通用しないからな。武術系で最高に効果的なのは最も意識を集中するであろう、命をかける実戦なんだが…… まあ、レベルが低いうちは型の練習だけでも十分に―――
「師匠! 1回突いたら、スキルのレベルが上がりました!」
―――いや、いくら何でもそれは早過ぎる。
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