第4話 趣味です!

 まあいい。じじいがこいつを押し付けようとしているのは分かった。年頃の村娘にも及ばない異世界の英雄様を進呈するとは、なかなか粋な仕事をしてくれる。


「お前のステータスは把握した。で、だ。仮にお前が俺に弟子入りしたとして、その上でどうしたいんだ?」

「どうしたい、と言うと……?」

「深読みするな、そのままの意味だ。自分を見捨てたお友達への復讐か? それとも、これから健気にも強くなって、魔王討伐への戦列に加わりたいのか?」

「私は―――」


 どっちにしたって、俺はお断りだけどな。弟子入りの願いを受けたとして、一体俺に何の利益がある? 無駄に時間を浪費して、俺の暇がなくなるだけだろうに。体を差し出したところで、こんな青二才のぺちゃんこに興味ないしな。せめて、俺の興味をそそらせるような答えを用意してもらわないと。


「―――まず、皆をぶちのめしたいですね」


 ……復讐か。まあ、そうなるよな。


「で、ドヤ顔を決めたいです! ふふん、私はお前を超えたぞ、と! できるだけ相手の再戦意欲を掻き立てながらするのが理想的ですね。こう、こなくそーって思わせるような感じで」


 ドヤ顔――― ん、んん?


「待て。それは復讐、なのか?」

「違いますよー、ただの趣味みたいなものです。私、昔からジャイアントキリングが大好きなんです。色んな競技に参加して、無名のまま、大番狂わせを巻き起こして――― 前の世界では私の名前だけが有名になっちゃって、ここ最近は欲求不満だったんです。だからこの世界に来て、更にこの状況…… とっても理想的なんです。あ、でも千奈津ちゃんは別ですよ? 千奈津ちゃんは親友だし、最後まで私を庇ってくれましたから。当面の目標は一番の高笑いを決めてくれた晃一派ですね。是非とも最高の高笑いを決めてやりたいです! はい!」


 こいつ、最高に爽やかな笑顔で何言ってるの? というか、この状況を楽しんでいるのか? 村娘以下のステータスなのに?


「お前さ、よく馬鹿とか言われない?」

「馬鹿みたいに前向きとは言われます!」


 オーケー、なかなかにぶっ飛んでいる娘が来てしまったもんだ。運が悪い事に面白い人材なのは認めてやろう。だがな、それだけで俺を煩わせられるとは思わない事だ。


「その澄んだ瞳で俺を見詰めないでくれ。おじさんには眩し過ぎる。君が実に意欲的なのは十分に分かったよ。でもな、それにしたって俺に実入りが少な過ぎる」

「デリスさん、まさか夜の世話をしろとか良からぬ事をさせる気では―――」

「ねぇよ! きっぱり断ろうとしてんだよ!」


 俺がカノンの胸ぐらを掴んで揺らしていると、それを見ていた村娘未満がビシッと手を挙げた。何やら発言を求めているらしい。とても綺麗な挙手である。


「今度は何だ? 例えこの馬鹿の考えをやるっつっても、俺は頷かないぞ。自分の体はもっと大切にしろ」

「いえ、そうじゃないです。私、料理洗濯掃除が一通りできます! 特に料理は美味しいと弟達から評判でした!」

「……は?」


 それはもしや、自己アピールなのか?


「あ、なるほど。良いじゃないですか、デリスさん。家事力が死滅しているデリスさんの家に住み込みで働いてもらって、その報酬にデリスさんはハルナさんに弟子としての修行を授ける。うん、どちらにも利益があって完璧ですね。よし、決定!」

「お前が決めるな……!」

「ちょっ、痛い痛い痛い痛い痛いっ!」


 メキメキとカノンの頭部にアイアンクローを食らわせてやる。タップなど無視だ、無視。しかし、家事手伝いか。確かに俺にとって家事は死活問題、ここ最近引きこもりがちで美味い飯にもありつけていない。全ては街にまで外出する時間を惜しんでの事だったが、家の中で料理ができるとすれば別だ。ぶっちゃけ、家事をしてくれる人材は欲しい。見たところ、大分自信があるようだし……


「―――俺の弟子への扱いはかなり厳しいぞ。それも、修行と同時に家事全般の仕事もしなければならないんだ。弱音を吐く時間もないと思え。ただ、必ずお前を強くすると約束しよう。 ……お前は俺について来られるか?」

「もちろんです! 1に努力、2に努力! 全てにおいて死ぬ気で当たって砕けるのが私のモットーですから!」

「……最後は砕けるのか?」

「自爆も多いと専らの評判です」


 いかん、やっぱり不安になってきた。調理の最中に火で家が全焼とかになったら、確実に号泣ものだぞ。


「試用期間を設けよう。1週間、その間にお前の働きぶりを見極める。もちろん、試用期間中は弟子として扱ってやるから安心しろ。ドヤ顔する為の修行も積ませてやる」

「ほ、本当ですか!?」

「但し、やる気と家事の腕次第じゃ弟子は試用期間で取り止めだ。その時はドヤ顔を諦めて、大人しく街で働くんだな。お前の器量なら嫌な顔はされないだろ」

「は、はいっ! その、頑張りますっ!」


 良い返事だ。元気さは百点満点だな。


「デリスさん、さり気なく器量を褒めて…… 間違いは起こさないでくださいね?」

「ほう、今日はやけに挑戦的だな、カノン君。君が俺をどう思っているのか理解できたよ」

「これでも仲介役なんで一応の注意で、あいたたたたっ! 頭は、頭は駄目っ!」


 追撃のアイアンクロー。ふーむ、これは後で団長様にこっぴどく叱ってもらわないとな。それにしても、俺が師匠ねぇ……


「あの、改めて自己紹介してもいいですか?」

「ん? ああ、そうだな。これから最低でも1週間は顔を合わす事になるんだ。俺からもしておこう。俺はデリス・ファーレンハイト。呼び方は好きなようにしてくれ」

「では、師匠で!」

「そのままだな」

「はいっ!」


 ……少しくすぐったい。


「私の名前は桂城悠那です。悠那の悠はどこまでもどこまでも、果てしなく頑張れる。悠那の那はたっぷりと沢山頑張れるって意味です! 師匠、よろしくお願いします!」

「ああ、取り敢えずはよろしく頼む」


 名前の由来が頑張るしかないってどうなんだろうな。どんだけ頑張らせたくてその名前を採用したんだ、こいつの親。


「あの、早速ですが質問してもいいですか?」

「何だ?」

「師匠はどのような立場の方で、どんな仕事をされているんですか? 私、全く説明されてなかったので」

「………」


 俺がゆっくりとカノンの方に視線を移すと、奴は冷や汗をかきながら明後日の方向を向いていた。お前さ、流石にその説明くらいはしてから来いよ。この不始末は今度あいつに会ったら言ってやろ。うん、手土産が増えたな。そうしよう。


「……ちょっと腕の立つ、お前と同じ魔法使いだよ。今は無事に試用期間を乗り越える事だけ心配しておけ」


 とまあ、なし崩し的に現代から召喚されてしまった少女、桂城悠那を弟子(仮)に迎えてしまった。まずはこいつの分の部屋を確保してやらないとなあ……

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