話さないで/離さないで/はなさないで

@kuramori002

話さないで/離さないで/はな さないで

■day01 話さないで


 校門で華ちゃんを待っていると、三木さんが通りかかった。数人の女友達と歩いていた中から、すっと離れて僕のそばに立つ。


「お、さては噂のはなちゃんを待ってるね? 放課後デートですか羨ましいですなぁ?」


 うざ絡みである。


「噂なのか?」


「噂だよー、堅物の副会長を1年生が射止めたって話でもちきりもちきり」


「てか、僕って堅物だと思われてるんだ?」


「笑っちゃうよね〜。ちゃんと、もともと片桐副会長は俗物スケベ野郎だって訂正しておいてあげたら安心してね?」


「いや、おかしいだろ! 極端過ぎるよ!」


「けっけっけっけ」


 三木さんは不気味な鳥みたいな変な笑い声で僕を嘲る。


「おーい、三木ちゃん、片桐くんと遊んでないで行くよ」


「片桐くん‘と’じゃなくて、片桐くん‘で’だよ!」

 友達の呼びかけに、なんだか失礼なことを言い、振り返ってこちらに顔を近づける。


 そして小さな声で

「ひとり暮らしだからってすぐに連れ込んだりしたらダメだよ」

 などと言った。


「しないよ!」


「けけ、どーだかね。そんじゃ、またね!」

 と手を振って三木さんが去って行く。


 僕がそれに対して手を振り返していると、突然、

「先輩……」

 と背後から声が聞こえ、振り返る間もなく手のひらをガシっと掴まれた。


「誰です? あの女の人?」

 怒った声。この声は―――

「えっと、華ちゃん?」


「わたしの質問に答えて下さい」

 昨日、モジモジと恥ずかしがりながら告白してくれた「僕の彼女」と同じ人物とは、到底思えない声が言う。

「あれは、去年同じクラスだった三木さんって言って―――痛いッ!」

 桜色のきれいな小さい爪が僕の手の甲に食い込む。


「やっぱり名前なんてどうでもいいです。ま、とにかくもう話さないで下さいね。わかりましたか?」


 何を言っているんだろう、この子は。


「話さないで下さい、ね?」


「―――わかったよ。だから、手を離して、華ちゃん」


 きっと、何か誤解があるんだろう。

 そう思って、とりあえず彼女の意見を受け入れた。


 それが、大きな間違いだった。




■day 05 離さないで


 華の―――「華ちゃん」ではなく、「華」と呼べと言われた――身体が僕の腕の中にある。


 いや、あるいは僕が抱きかかえられ包まれているのかもしれないと思う。


さとるくん」


 華が僕の名前を囁く。


「なに? 華?」


「智くん、絶対にわたしのこと、離さないで下さいね。絶対ですよ」


「うん、離さないよ」


 まどろみの中でキスをされる。


「わたし、智くんだけが居ればいい。他には何もいらない」


 僕もだよ、と言うべきだと僕はわかっている。




■day 63 はな さないで


「やぁやぁ、片桐くん。きみ、ひとり暮らしだからって部屋をちょいと散らかしすぎじゃないかい? てか、久しぶり。元気―――じゃないよね、どう見ても」

 このひとは……誰、だったか。


 華以外のひとを見るのはいつ以来だったか。


「あたしのこと、分かる?」


 ああ、そうだ。このひとは……


「みき、さん……」


 喉が枯れている。


「良かった。忘れられてたらどうしようかと思ったよ。ところで―――一応聞いておくけど、助けがいるよね?」


 小さくうなずく。


 腕が少し揺れて、手錠の鎖がじゃらりと音を立てる。手錠の先はベッドにつながっている。


「きみの彼女は相当ヤバいやつみたいだね、どうやら。鍵の場所わかる?」


 首を振る。


「玄関横、青い、箱、ペンチが……華が動かしてなければ」


「おーけー、待ってて」

 足早に三木さんが歩いていく。


 いかないでくれ、という考えがよぎる。


 華は、僕を僕のアパートに閉じ込めた。


 僕はいつの間にか、なぜかそれを受け入れてしまっていた。


 あれから、何日経ったのだろう……。どうして、こんなことに……。


 なぜ、三木さんは僕を助けに…………考えがまとまらない。


「あったよ」


 三木さんがペンチを片手に戻ってくる。


「急ぐよ。華ちゃんが戻ってくるとマズい」


 三木さんがペンチで手錠の鎖を挟み、力を込めている。


 僕にできることは何もない……。


 ―――と、


「あ、ああ、は、な、……」


「え?」


 三木さんが振り向くのとほぼ同時に殴られて転倒する。

 玄関の工具箱から持ってきたらしいゴムハンマーで、華が三木さんの後頭部を殴ったのだ。


「やっぱりこいつ最悪ですねわたしの智くんに色目使ってたんだ最悪の害虫ですよやっぱりあのときにすぐ決断して殺しておくべきだったんだ智くんもそう思うよね?」


 ハンマーと三木さんの頭に同じ赤色。

 

 うめき声がして、まだ三木さんが生きていることがわかる。


「何を、言って」


「待ってて智くん今すぐこのごみを処分するからまったく二人の家に勝手に上がり込むなんて最低のゴミくずだよね」


「は……な」

 うまく声が出ない。


「ころ、さないで……そのひとを……」


「なんでそんなこと言うの?わかったこの女になにか変なことを吹き込まれたんでしょう?智くんだってわたしがいればそれで満足でしょ?ねぇ?そう言ったよね?」


 華が早口でまくしたてながら僕に近づいてくる。


 その身体を、


「ああ! 智くんわかってくれたんだね、そうだよね、わたしが居ればそれでいいよね!」


 決して、離さないで、強く強く抱きしめる。


 手錠の鎖を壊すことにぎりぎりで成功していて、僕の両腕が自由になっていることに、どうやら華は違和感を持ってはいないみたいだ。



 ―――視界の端で三木さんがゆっくりと動き、スマートフォンを取り出している。


 流石に通話したら気づかれるので、話さないで、テキストメッセージか何かを入力している。


 もう少しの辛抱だ。


 すぐに警察がやってくるだろう。


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