第141話 三つ首竜ムドファラク
―――朱の大峡谷
「グギャッ!」
「くそっ、見えな…… グハッ!?」
「どこだ? 敵はどこにいる!?」
岩竜を通り過ぎたリオンとアレックスは、エフィルの
『ケルにい、やっぱりこの黒剣凄いよ! 本物の手足みたいに僕の思い通りに動かせる!』
『アクラマを気に入って貰えたようで良かったよ。それより、そろそろ敵の幹部格の場所だ。油断するなよ』
『戦闘で油断するなんて、そんなもったいないことはしないよ。ね、アレックス』
『ガウガウ(そんな奴、戦士の風上にも置けないよね)』
『そ、そうだな。油断することはいけないことだな。うん……』
『『?』』
古傷を抉られたのか、ケルヴィンの声のトーンが少し下がる。そんなこととは露知らず、リオンらは目の前に視線を移し、102体目となる次なる獲物に斬りかかるのであった。敵兵が地に落ちようとした丁度そのとき、奥から危なげな雰囲気を察知する。前方には敵兵や竜の姿はなく、道だけが広がる空間がポカンと出来上がっていた。彼方より飛来する火炎放射。真赤なそれは道全体まで広がり、まるで煉獄の津波のようである。
「よっと」
しかし、リオンらは大して焦ることもなく天歩と影移動を使って火炎を回避。そのまま大渓谷の壁を道代わりに走り出した。
「なっ…… これを避けるだと!?」
三つ首の竜に騎乗する大隊長が驚愕する。姿を捉えることが難しいのならば、道一帯を焼き払ってしまえばよいという思惑が彼にはあった。だが、壁を走るなどという荒業を披露されることになるなど夢にも思っていなかったのだろう。彼の思惑は見事に圧し折られてしまったのだ。
(奥に大きいのがいるなーとは思っていたけど、やっと出てきたね。囮の兵を使って範囲攻撃の準備をするのは良かったけど、ちょっと時間かけ過ぎかな。それに不自然に兵が引いちゃったから、何かあるってバラしてるようなもんだよ。で、あれが古竜かな?)
リオンが見据える先にいたのは赤、青、黄のそれぞれ異色の角を持つ三つ首の竜。岩竜ほど巨大ではないが、それでも通常の成竜よりかなり大きい。角以外はラピスラズリを思わせる色合いの鱗で覆われており、胴体は四足歩行である。敵兵が騎乗する竜の背には翼もあることから、この三つ首も飛行が可能なのだと思われる。
『目標を発見したようだな。俺もそろそろ動くから、一度念話を切るぞ』
『うん。ケルにい、また後でね』
ケルヴィンとの会話を済ませ、リオンとアレックスは接近戦に移行する。三つ首の背後を見れば、敵地上部隊の残存勢力である竜騎兵の軍勢が陣を組んで待機していた。開戦当初と比べればおよそ半分ほどにまで減ってしまっているだろうか。退路はなく、退くことは許されない。兵の顔はどれも張り詰めていた。
「迎え撃て、ムドファラク!」
「「「グオォォオーーー!」」」
そのような不安を打ち払うように、大隊長が声高々に次なる攻撃を宣言。許しを得た三つ首竜ムドファラクの各首の角が輝き出す。光の集束と共に放たれるは炎・氷・雷の3属性混合のブレスであった。超スピードで迫るリオンらに、今度は三色のブレスが襲い掛かる。第一波の
「大隊長とムドファラクに続け!」
「面で攻撃するんだ! 僅かな空間も残すな!」
後方に控えていた竜騎兵達も各々でブレス攻撃を開始する。ムドファラクと数百の竜によるブレスの一斉放射は文字通り壁となって放たれた。一方でリオンは壁から道中央へ飛び移り、自身の影からアレックスを呼び出していた。
『避けれないこともないけど、これは後ろのゴマちゃん達にも届きそうだなー』
『ガウ?(あれ、やってみる?)』
『練習中のあれ? うーん、そうだね…… エフィルねえの炎で成功したことはまだないけど、やるだけやってみようか!』
眼前に迫る極彩に向かい、リオンとアレックスは地を駆けながら剣を構える。二振りの漆黒の剣と、美しくも残酷な劇剣が交わり、同時に刀身が姿を消した。
「
三位一体となった剣から放たれるは、咲き誇る花を模る斬撃。リオンらの前方に余すところなく放出されたそれは、竜の混合ブレスを打ち払い悉く無効化していく。先程まで壁と認識していた奥の手は、今やその形相を失っていた。
「ば、馬鹿な…… 最強種である竜の、古竜の一斉放射だぞ……!? 本当に人間なのか……?」
「失礼だなー。歴とした人間だよ」
「―――! ムドファ……」
声を出した瞬間、大隊長の視界が暗転した。次に瞳に映ったのは、大渓谷の高き壁とその間に覗く夕空。足に激しい衝撃を受けたのを感じる。一呼吸置いて、自分が地に倒されたことを理解した。眼界を横に動かすと、そこには黒衣を身に纏う少女の姿があった。
(娘ほどのこの少女に、我らは翻弄されていたのか……)
獣人の素早さどころの話ではない。古竜の感知能力をも置き去りにし、眼前に現れ刹那の間に大隊長は無力化されたのだ。自身の背に乗られたムドファラクも目を疑っている。
大隊長が手足を動かそうとするも、体の感覚が全くない。だが、不思議と恐怖はなかった。リオン持ち前の朗らかな雰囲気がそうさせているのかもしれない。
「
人差し指の先に小さな電気を生じさせながら、リオンはにこやかに笑みを浮かべて傍らに立つ。その笑顔を見るとひどく安心してしまいそうになるが、状況はそれほど生易しいものではなかった。首に突きつけられたのは黒剣アクラマの剣先。「断れば、分かっているよね?」と言われているようなものだ。古竜も下手に動こうとはしない。
「……私を倒したところで、この竜は止まらんぞ?」
大隊長の言葉を聞いたリオンは申し訳なさそうに言う。
「んー、そっちも今終わったかな。夕暮れ時で良かったよ」
「何だと?」
ズゥン……!
次の瞬間、三つ首竜ムドファラクが力なく倒れ込む。ムドファラクの体には手のような形をした影が、縛り付けるように幾重にも絡み合っていた。しかも、ムドファラク自身の影からそれは伸びている。
『クゥン…… ガゥガウ、ガウ(やっと追いついた…… リーサルで五感奪っておいたよ。あと、一応影で拘束しておいた)』
『お疲れ! 電撃で麻痺させるのも良かったけど、黄角の竜には効きそうになくってさー。ケルにいとの約束もあったし……』
『ガウガウ(でも、これで捕獲完了だねー)』
後方の竜騎兵とリオンの間に割って入るように、巨大な黒狼、アレックスが姿を現す。リオンのときと同様に、兵達にはいきなり現れたかのように見えただろう。しかも可憐な少女であるリオンとは違い、今度は見た目的にもS級モンスターの凄味があるアレックスである。兵や竜はド肝を抜かれ、恐怖状態に陥った。
「ム、ムドファラクが倒されたぞ!? 何だあの化物は!?」
「後退、後退するんだ!」
「これ以上は無理ですっ! 氷の壁が!」
「ぐあああっ! 腕が、腕が凍っちまった!?」
「馬鹿野郎! こんな密集状態でブレスを吐かせるんじゃねぇ!」
最早、戦闘どころではなかった。リオン達から何かしなくとも、勝手に混乱が混乱を呼んでいる。
『ガゥ?(これ、どうする?)』
『収拾つかなそうだね…… 仕方ないなー』
黒剣を鞘に仕舞ったリオンは大隊長の首根っこを掴み、持ち上げる。
「な、何をする!?」
「大丈夫、命までは取らないから。アレックス、危ないからちょっと退いてね」
「それ絶対大丈夫じゃなーーー!?」
リオンは喚く大隊長を、そのまま混乱の渦の中へポイッと投げた。そして、両手に魔力を集中させる。
「
―――バリバリバリ!
竜騎兵がいる一帯に流し込まれる電撃の洪水。A級赤魔法【
「「「………」」」
一見、死屍累々ではあるが。
『よーし、静かになったね! アレックス、『這い寄るもの』で古竜とこの人数分、城塞まで引っ張れる?』
『ガウガーウ、ガウ(僕の筋力基準だから大丈夫。引きずる形にはなるけど)』
アレックスは竜騎兵の影を操作し、古竜と同じように囲って一纏めに固定する。更に自分の影をそれぞれに伸ばし貼りつかせると、ずるずると引きずり出した。
『ガウー(古竜もいまいちだったね)』
『三つ首と言っても、普段からそれ以上のと訓練してるからねー。僕の固有スキルも、こっちでは結局使わなかったし。あ、噂をすればエフィルねえだ』
リオンは城塞の上空で八つ首の炎竜が出現しているのを指差した。
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