第127話 贈り物
―――パーズの街・会食会場前
「それではケルヴィン様、私はこれで失礼させて頂きます。名残惜しいですが、明日の早朝にはデラミスに戻らなければなりませんので……」
「寂しくなりますね。デラミスへはいずれ訪れたいと思っています。その際にまたお会いしましょう」
「ええ、その時を楽しみにしております」
会食を終え、俺たちとシルヴィアのパーティ、そしてコレットとその護衛の皆さんが店の前に集まり、別れの挨拶をしているところだ。コレットはメルフィーナの指示通り、周囲に不審がられないようこれまでと同様に振舞っている。これなら問題なさそうだな。
「私としてはデラミスへの転移門使用許可を与えたいのですが、こればかりは教皇の許しが必要ですので…… ですが、次回お会いするときまでには必ず教皇を説得するとお約束します!」
コレットが俺の手を取り、目を潤ませながら見詰めてくる。
「え、ええ。嬉しいことですが、あまり無理はしないでくださいね」
あ、あれ? 問題ないよね? この子伝えた意味分かってるよね? 背後でヒソヒソと内緒話をする男組が気になるが、ここで俺までボロを出す訳にはいかない。何とか堪える。
「お気遣い、感謝致します。それでは皆様方、またお会い致しましょう」
「あ、待って。コレットさん」
街道に用意された馬車に乗ろうとするコレットをシルヴィアが呼び止めた。
「何でしょうか、シルヴィアさん?」
「個人的に聞きたいことがある」
「聞きたいこと、ですか?」
「えっと、少し二人きりで話したい」
「……ええ、構いませんよ」
コレットは護衛に待機命令を出し、シルヴィアの申し出を了承したようだ。
シルヴィアがチラリとこちらを見る。二人きりで、と言うことは誰にも聞かれたくない相談ってことだな。俺たちは先に帰るとしよう。
「それでは私たちは先に行くとします」
「ケルヴィン、ありがとう。また明日ね」
シルヴィアが手を小さく振る。
「お、おい! また明日ってどういう意味だ!?」
「ナグアがの・ぞ・き・み! していた時にエフィルさんと約束したのよ。明日は私たち、ケルヴィンさんのお屋敷で料理の指導をしてもらうの。そうなれば、必然的にケルヴィンさんにも会うでしょう?」
「な、なぁ!? 俺は聞いてねぇぞ!」
「ナグアは黙っていなさい! エフィルさん、明日はよろしくお願いしますねー!」
賑やかな喧騒を背後に受けながら、俺たちは帰途に着く。ふう、途轍もなく長い一日だったな。
「さ、帰りましょうかん! 我が家へぇ!」
「……プリティア、なぜ自然な感じで俺たちに混ざっているのかな?」
危うく普通に流すところだったぞ。
「途中まで帰り道が一緒なだけよん。それに、まだちょーっとばかし、心配だしねん!」
「何のことだ? セラ、何かあったのか?」
「え、ええ!? いやいや、何もなかったわよ! うん、何にもないってば!」
この大袈裟な振る舞い、見誤りようもないほど動揺している。これ以上追及はしないが。
「ご主人様。会食の最中にご報告した通り、明日はシルヴィア様、エマ様、アリエル様が午後にいらっしゃいます。調理場と食堂をお借りしますね」
「ああ、料理教室をするんだったな。シルヴィア達がパーズに滞在するのもあと僅かだ。持て成してやってくれ」
「はい! 宜しければご主人様もご一緒してください」
エフィルはエマとアリエルに明日料理を教える約束をしている。エマはシルヴィアの為に、アリエルは片思いの想い人の為に。ちなみにシルヴィアは味見係だそうだ。
『それにしても王よ、奥手だとばかり思っておったが、なかなかやりおるのう!』
ジェラールが肘で俺の脇腹を突っつきながら念話を送ってきた。コレットから帝国の情報を聞き出せたことを言っているのかな? 様子を見るに、ジェラールも気が気でなかったようだ。
『まあ色々あってね。お陰で有益な情報も手に入ったし、これからはコレットの助力を得る機会があるかもな』
『なるほど、その為に巫女殿を…… しかし、まさかあんなことを巫女殿に、しかもあんな場所でさせるとは…… 我が王ながら貴方が恐ろしいぞ』
『ん? そうか?』
確かにメルフィーナへの信仰心を利用したのはあまり褒められたことではないか。だが、ああでもしないと更に状況が悪化しそうだったしなぁ。蹴ってくれ弄ってくれと懇願しながら俺の足に絡み付いてくるコレットを諭すので俺は精一杯だった。最後は無理矢理俺から引き剝がしてしまったが、ちゃんと怪我をさせないよう気をつけたんだぞ。
『ケ、ケルヴィン!』
今度はセラからの念話を受信。先ほどと同様、なぜか緊張気味だ。
『あ、あの、寝る前に私の部屋に来てくれない? 渡したい物があるの!』
意思疎通による念話ではあるが、セラの必死さが伝わってくる。渡したい物、先日貰い損ねたプレゼントのことだろうか? ふと、横を歩いていたプリティアと目が合い、なぜか重厚感溢れるウインクをされてしまう。絶対に何かあるなこれ。
『分かった。必ず行くから待っていてくれ』
『―――うん! 約束よ!』
俺が答えると、セラは屈託のない笑みで返事を返してくれた。
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―――ケルヴィン邸・セラの私室
屋敷に戻り、セラとの約束の時間となる。部屋の前までやってきたはいいが、ちょっと緊張してきたな。軽くノックし、声を掛ける。
「セラ、俺だ。入っていいか?」
「ど、どうぞ……」
了承を得て、扉を開ける。看病の際にも訪れた、セラの部屋。前回はセラの私物が散乱し散らかっていたが、今は綺麗に整理が成されていた。ベッドにネグリジェ姿のセラがちょこんと座っている。
「えっと…… ここ、座って」
「ああ」
ポンポンとベッドの隣を叩くセラに招かれ、そこに座る。
「………」
「………」
それからは互いに何も発することができず、しばしの沈黙が続いた。「セラ、俺を呼んだ用件は?」 と言ってしまえば、直ぐにでも状況は動くだろう。だが、ガチガチに緊張するセラを、意味深なプリティアの行動を、そしてこの雰囲気を考えれば鈍い俺だって察してしまう。ほんの少しでも手を伸ばせば肌に触れる距離。そしてその緊張は俺にも移ってしまう訳で……
「「あのっ」」
こういったベタな遣り取りをしてしまうのだ。
「悪い、セラから言ってくれ」
「う、うん。これ、この前酒場で渡そうとした、私からのプ、プレゼントなんだけど」
プルプルと手を震わせながら、突きつけるように渡される小箱。セラの顔は逆側を向いて見えないが、たぶん真赤になっている。だって湯気が出てるもの。
「ありがとう。開けてもいいか?」
「い、いいわよ。気に入ってくれるか、分からないけど……」
丁寧に包装された小箱を大切に開けていく。蓋を開くと、そこには首飾りが入っていた。銀色のロケットペンダントだ。シンプルながら円柱型のそれに彫られた模様は見事なものだった。鑑定眼で確認すると、驚くことに等級はAランク。普通に購入しようとすればかなりの額になる。と言うよりも、市場ではまず御目にかかれない代物だ。
「これ、セラが見つけて買ってくれたのか?」
「半分正解。見つけ出してくれたのはゴルディアーナよ。お金は依頼の報奨金で何とかなったわ」
「……そっか。気に入ったよ、明日からは絶対着けないとな」
「本当!? よ、よかった……」
買おうと思えば、セラが以前から欲しがっていた高価な楽器類を幾つも買えただろうに。それを我慢してまで贈ってくれたこのペンダント、大切にしないとな。正直に言う、滅茶苦茶嬉しい。
「このペンダント、かなり小さな小物限定だけど、中に入れられるんだろう? 何か入ってるのか?」
ペンダントのロックを見る。かなり厳重に施錠されているな。
「うん! スキルで圧縮した私の『血』が入っているわ! あ、間違っても開けないでね。大変なことになるから」
「……そ、そうか」
い、いや、嬉しい気持ちは変わらないぞ。
プレゼントを渡したことで安堵したのか、セラは普段の調子に戻ったようだ。いつものように他愛もない雑談をし、時にはからかい合い、笑い合う。そんないつもの関係だ。
―――だけど、このままの関係に満足していない自分がいる。天真爛漫な彼女を、如何なるときも俺のことを考えてくれていた彼女を、好きになってしまっていた。それこそ、エフィルと同じくらいに。時折目が合うと頬を赤らめるセラも、きっとそうだろうと思う。
「……ケルヴィン。私ね、貴方に伝えたいことがあるの」
ふとした瞬間に発せられたセラの言葉。気がつけば手は重なり、互いの指を絡め合っていた。
「俺から先に言ってもいいか?」
「えっ?」
ここでセラから言わせたら、男じゃないよな。
「セラ、好きだ」
「―――!」
告白と共に、セラに近づく。やがてセラも瞳を閉じ、みずみずしい桜色の唇が徐々に―――
ガツン。
静寂が支配した部屋に響く鈍い音。おかしい、唇に柔らかい感触はなく、何故かおでこが痛い。凄く痛い。
「えっ……?」
「なっ!?」
驚くセラと俺の間に、紫色の障壁のような壁が形成されていた。障壁はセラをちょうど中心に置いて円形のサークルを描くように展開されている。
「魔法? いや、これは……」
「父上の、加護!?」
セラが先にツッコミを入れてくれた。鑑定眼で確認したところ、この障壁の正体は『魔王の加護』であった。詳細は以下の通り。
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魔王の加護(魔王グスタフ)
対象を卑猥な行為から守護する。この効果は対象の意識がなくとも強制的に発動し、MPを消費しない。ただし対象が認め、自ら行為に及んだ相手であれば加護は発動しない。
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魔王、親馬鹿もいいが死して尚それを貫き通すか。
「もう…… 父上ったら、いっつもいっつも……!」
あ、セラさんの瞳が段々と赤くなっている。
「ケルヴィン!」
「は、はいっ!」
思わず返事をしてしまった。だが、本当に驚いたのはセラの次の行動だった。
「―――!」
障壁が、ガラガラと崩れ去る。口元には驚くほど柔らかな感触。鼻を通り抜けるセラの香り。俺は、セラにキスをされていた。
「……これで、父上も邪魔できないはずよ」
「……そうだな」
軽く触れただけのバードキス。あまりに唐突だったので、なかなか目を合わせられない。セラも俯いてしまっている。いやいや、ここで多少なりに経験のある俺がリードしなければ駄目だろうが! 中学生か!
「セラ……」
セラの頬に手を当て、こちらを向かせる。顔を上げたセラは若干涙目で―――
「ケルヴィン…… 私を、食べてぇ……」
その瞬間、理性が吹き飛んだことは覚えていた。
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