第74話 魔王と勇者

 ―――ケルヴィン邸・地下修練場


「やるではないか、セラ! 以前よりも技にキレが増しておるぞ!」

「相変わらず、本っ当ーに頑丈ね! どれだけ能力低下を重ねてると思ってんのよ!」


 轟く爆風。交差する剣と拳。ここは屋敷の地下に存在する修練場。元々は貯蔵庫であった地下室を俺が緑魔法で拡張し、今では本丸である屋敷よりも広い空間となっている。アダマント鉱石でコーティングされた体育館程度の広さがある修練場を始め、俺専用の鍛冶工房などの趣味部屋が数多く存在する…… 予定だ。


「ジェラールとセラも随分と強くなりましたね。このような模擬試合はよくするのですか?」

「ああ。ビクトールを倒したあたりから、対等な相手が見つからなくってな。時折こうやって腕を磨き合っているんだよ。基本は総当たり戦だな」


 トラージでの遠征もそうであったが、A級程度の実力では最早敵にすらならないのだ。かと言ってS級モンスターなんて早々現れる訳もなく、自然とこの形に収まった訳だ。


「ジェラールが押しているようですね」

「ステータスが頭ひとつ抜けているからなー。戦闘経験も俺等の中で一番重ねているし、まあ当然かもな」


 普段は直線的な格闘技のみで戦うセラも、ジェラールを相手するときは技を駆使し、魔法も使う。されど勝率は芳しくない。つまり、まだまだ力に差があるということ。セラが己の力に慢心しないよう、ジェラールにはこれからも頑張ってもらいたいものだ。


「それにしても、勇者の召喚ねぇ……」

「何かご不満ですか?」


 今朝、メルフィーナから授かった加護の効力のひとつである、勇者の召喚。正直なところ、俺はこの権利をどうするべきか迷っていた。


「そもそもさ、勇者って何なんだよ。魔王を倒す者っつっても、それは勇者じゃない奴でもいいじゃないか? 例えばS級冒険者とか。ガウンの獣王でもいいな」

「それはですね――― あら?」

「……メルフィーナ、避けるぞ」


 俺達の方向にジェラールに吹き飛ばされたセラが突っ込んできていた。俺とメルフィーナは左右に逸れることで回避する。


「もうっ! あと少しで崩せたのにっ!」

「ガハハ! 惜しかったのう」


 地面に大の字になって悔しがるセラ。常勝を重ねていた普段の姿からは思い浮かばない、なかなかレアな光景である。まあ、ここでは結構見慣れているけど。


「もう一回、もう一回勝負よ! 次は負けないわ!」

「ほれ、大回復ライトヒール。頑張って来い」


 セラの背中を叩きながら回復してやる。


「ありがと! ケルヴィン、私の勇姿を見てなさいよ!」

「ああ、期待してるよ」


 セラは弾けるようなスピードでジェラールの元に戻っていった。そして再開される激しい戦闘。特別製の修練場に破損が生じ始めるのも時間の問題か。何にせよ、鉄は熱いうちに打て、だ。ジェラールには悪いが、セラの気が済むまでやらせるのが通例だ。その後に反省会も待っているんだけどね。


「話を切ってしまったな」

「いえ、お気になさらず。なぜ勇者でなければならないか、の話でしたね」


 メルフィーナが手のひらに光を集める。やがて光は人の形を模っていき、宙に浮かぶ。


「以前、魔王の出現は変える事のできない事象だと説明しましたね」

「ああ、確かビクトールと戦う前くらいだったか。覚えてるぞ」

「更に詳細を話しますと、その事象にはとあるスキルが関係しているのです。歴代の魔王は例外なくそのスキルを所持していました」


 手のひらをスッと返すと共に、光の人形が四散する。


「そのスキルの名は『天魔波旬』。不思議なことに、生まれながらにしてこのスキルを会得している者はおりません。いずれの魔王も力を持つようになった段階で、いつの間にか所持しているのです。その原因はまだ解明されていません」

「何かたちの悪い病気みたいなスキルだな」

「ふむ、言い得て妙ですね。あなた様、座布団を一枚どうぞ」


 どこから取り出したのか、メルフィーナが座布団を渡してくる。素直に敷いて座ってやろう。


「よっと…… んで、そのスキルの効果は何なんだ?」

「ひとつが人格を変えるほどの、その身に秘める悪意の膨張、拡大。もし、誰が魔王となったとしても、それはもう別の何かだとお考えください」

「また物騒な……」

「ええ、厄介この上ないです。条件は不明ですが、傾向的には悪意ある者がなりやすいですね。あなた様は大丈夫かと」

「神様のお墨付きがあれば安心だな。で、ひとつはってことはまだあるんだろ?」

「ダメージの無効化です」

「……はい?」

「ダメージの完全無効化、常時無敵状態ってやつです」


 おいおい、そんなのどうやって倒せっちゅうねん。


「そう思われるのは当然ですね。そこで活躍するのが勇者、より具体的に申しますと、異世界人の力なのです。異世界人が持つ異質の力は、この世界において無敵である魔王の性質を中和させる働きがあります。パーティに一人でも異世界人がいれば、そのパーティ内のメンバーによる攻撃は無効化されません」

「なるほどな。だからデラミスの巫女は異世界人を召喚するのか。でも、それなら別に勇者と名乗らせる必要もないんじゃないか? 今の話だと俺の攻撃も通じるんだろ?」

「それはそうなのですが、何事にも建前は必要なのですよ。政治的にも、宗教的にも…… 異世界人はこの手の話を好む傾向にありますし」

「面倒な話だな」

「それに従うかは異世界人次第です。召喚されたからと言って、その後の行動に強制力が働く訳ではありませんから」


 その辺りは王族や貴族の領分か。まあ俺には興味の欠片もない話だ。いいように利用されるのは気に入らない。


「何か、迷われているようですね」

「……本当に勇者の召喚なんてしていいのかと思ってさ。要は刀哉達のように、この世界の勝手なエゴで強制的に召喚させるってことなんだろ?」

「……そうですね。そこに対象の意思は反映されません」

「なら―――」

「そんなあなた様には、転生召喚をお勧め致します」


 ―――転生?


「勇者の召喚には2つの手段があります。デラミスの巫女、コレットがしたような異世界人の召喚。そしてもう1つが、異世界の死んでしまった魂をこの世界に転生させる召喚です」

「ええと、何が違うんだ?」

「順に説明しましょう。まず、勇者の召喚には任意の魔力が使われます。この魔力量によって勇者の力が決定されるとお考えください。召喚する人数に制限はありませんが、その人数分力も分割されます。この権利は一度しか行使できず、加護を持つ者の魔力しか運用できませんのでご注意ください」


 仲間の魔力を使うことはできず、俺自身の魔力だけで召喚しなければならないってことだな。


「異世界人の召喚は転移させるだけですので、転生召喚に比べて魔力消費がローコストです。ただし、召喚した際に与えられるスキルは適性によって自動配分され、特典を自身で選択することはできません」

「刀哉達の召喚がそれだな」


 ローコストね。だからデラミスの巫女は4人も召喚したのか。それにしても欲張ったな。


「一方で、転生召喚は一度死んでしまった魂を転生させる必要がある為、魔力消費が著しく、多人数の召喚には向きません。その代わり、スキルと特典を自由に選択することができ、能力も高いのが特徴です。容姿や歳も変更することができますね。ちなみに、あなた様はこちらの転生になります」

「えっ、俺の容姿って生前と違うのか?」


 何その新情報。かなり複雑な心境なんだが……


「ご安心ください。あなた様はそのどちらも変えられませんでした。何分、それをしてしまうとスキルポイントが消費されますので」

「そ、そうか」


 その条件でなら、確かに俺はしないだろうな。


「こちらの転生召喚でなら、召喚に対する抵抗もないと思われますが」

「そうだな。それなら問題ないか…… 聞くが、転生させる魂は選べるのか?」

「異世界人の召喚は神によって選出されますが、転生召喚は完全にランダムです。実際に召喚するまで、どのような人物が召喚されるか分かりません」


 ランダムか、鬼が出るか仏が出るか。ぶっちゃけ、刀哉のような主人公体質の奴がもう一人召喚されたら、俺や刹那がストレスでハゲる。それだけは勘弁願いたい。そう考えるとこれは物凄い賭けなのだろうか。そもそも召喚させる必要があるのだろうか? 魔王と戦うにしたって、異世界人である俺で事足りそうだし……


「結論を急ぐ必要はありませんよ。権利が消失することはありませんので、迷いに迷ってください」

「そうするか」


 あまり気負わず、一度頭を空にして考えてみるか。エフィル達の意見を聞いてみるのもいいかもしれない。


「……あなた様」


 座布団を持ち上げ、メルフィーナに目配せする。


「ああ、まただな。そろそろ昼時だ。これを避けたら引き上げるとしよう。飯を食べながらセラの反省会だ」


 吹き飛ばされたセラを避けながら、すれ違いざまに回復魔法をかけてやる。今日もこっ酷くやられたからな。反省会では相当悔しがることだろう。

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