第68話 転移門
トラージ城の地下に続く階段を下りて行く。ツバキ様の護衛が先導し、俺達とツバキ様がそれに続く。向かう先は転移の間。ファンタジーによくある、便利な瞬間移動ゲートが存在する部屋だ。
「転移門、ですか。そんな物があるなんて知りませんでしたよ」
「ケルヴィンも冒険者なら知っておると思うたが…… 御主、変なところが抜けておるのう」
「仲間からもよく言われます。何分、田舎の出でして」
クスクスとセラが陰で笑う。仕方ないだろ、本当に知らなかったんだし。リオの奴もそんな便利な移動手段があるのなら、前もって教えてくれれば良かったのに。
「まあ、一冒険者が気軽に使える代物でもないからのう。転移の間まではもう少々かかる。仕方ない、その間に妾が説明して進ぜよう」
心なしか、少しばかり嬉しそうだ。
「転移門とはその名の通り、門をくぐった者を転移させる装置のことじゃ。転移場所は転移門が設置されている場所であればどこでも可能…… なのじゃが、幾つか制限がある。まず、転移門を起動させるには莫大な魔力が必要じゃ。その量は転移先の距離に比例する。此度の転移先はパーズじゃから、まだ消費量としてはマシな方じゃろうな」
「なるほど…… 転移門は各街にあるのですか?」
「いや、各国の首都や大きな街だけじゃな。何分、今は失われた技術が組み込まれておって、使うことはできても新たに作ることはできんのじゃ。そのような経緯で、転移門は各国が厳重に管理しておる。これも冒険者が扱うことができない要因のひとつじゃな」
まあ、そんな物があったら悪用する奴も出てくるだろうしな。城の内部に敵がいきなり現れるようなものだ。
「転移門を利用することができるのは、ある一定の身分と実績が認められた者のみ。冒険者のケルヴィンに分かりやすく説明するならば、A級冒険者以上の階級かつ、その出発地点と到着地点それぞれの転移門の管理者から許可を得た者が対象じゃ。以前、少しばかりギルド証を借りたことがあったじゃろ? あの時にトラージの許可印を施しておいた。つまり、御主はその資格がある。何より、トラージ国王である妾直々の印じゃ。これを提示すれば転移門だけでなく、トラージ国内で様々な恩恵が得られるぞ」
よくよくギルド証を見てみると、トラージの国章とその右下に『椿』の文字が刻まれていた。この世界の文字ではなく、まんま漢字だ。ギルド証が身分の証明、ツバキ様の許可印が認められた証になるのか。しかし、それだけでは転移門は使えないはずだ。
「待ってください。ツバキ様が認めてくださるのは光栄なのですが、私はパーズにある転移門の管理者から使用を認められていませんよ? それでは起動しないのでは?」
そう、俺はパーズでそんな話を聞いていない。そもそもパーズでそんな門見かけた覚えないぞ。
「何を言っておる? そのギルド証には既に刻まれておるではないか。パーズの転移門管理者である、リオギルド長の許可印が」
「え?」
もう一度、ギルド証をまじまじと見る。やはり、許可印らしきものは見当たらな…… あ。
「もしや、この翼のマークですか?」
「うむ」
「こ、これですか……」
おいおい、何の疑いもなく冒険者ギルドの紋章かと思っていたが、この翼がパーズの許可印だと? ギルド証を貰ったときから刻まれていたぞ!? いくら何でも認定が甘すぎるだろ……
「ふふ、珍しく驚いた顔をしているな。安心しろ。リオギルド長も誰彼構わず許可している訳ではない」
「どういうことですか?」
「翼の刻印はパーズ冒険者ギルドの紋章。我がトラージのギルドであれば盾を模る。その紋章は確かに新人冒険者の持つF級ギルド証にも刻まれているが、それが真に効力を発揮するのは魔力を込めた時。試しに魔力をギルド証に込めてみるといい」
ツバキ様に言われるまま、俺は少しばかりの魔力をギルド証に送る。
「ほう……」
「わぁ、綺麗です……」
ジェラールとエフィルが思わず声を漏らす。俺の持つギルド証の翼の刻印が、黄金色に輝き出したのだ。
「これはリオギルド長に認められた者の刻印でしか起こらない現象じゃ。彼奴は偏屈じゃからな。認めたはいいが、そのことを御主に伝えておらんかったのじゃろう」
「ええ、一言も。転移門の話さえ聞いていませんでしたよ」
「くははは。大方、昇格した時にギルド証に仕込んだんじゃろうて」
ツバキ様は愉快そうに笑う。そうしている間に大扉が見えてきた。
「着いたな。ここが転移の間じゃ」
扉が開かれた先には、天井まで届きそうな高さの門があった。これならゴーレムも通れそうである。転移門の周りには魔法使いらしき人達が7人いる。
「国王、お待ちしておりました。既に転移門への魔力補給は終えてあります。どうぞ御使用ください」
魔法使いの長らしき翁が、ツバキ様にこうべを垂れる。他の者も追従するが、ぜいぜい息を切らしてそれどころではなさそうだ。MPを使い果たしているのか?
「さて、話の通り魔力の補給は済ませておる。後は転移先を指定し、その承認を待つだけじゃ。あれを見よ」
指差す先にあるのは石造りの台座。
「その台座にギルド証を置いて、転移先を思い浮かべるのじゃ。御主にその資格があるならば、転移門が開かれるじゃろう」
まさにファンタジー機能だな。よし、やってみるとしよう。台座にギルド証を置き、パーズの街並みを思い浮かべる。
―――その瞬間、転移門のゲートが開かれた。
「今じゃ、走れ! 門は僅かな間しか開かんぞ!」
「な、何ですと!?」
そういう大事な情報も先に言ってください!
「ご主人様、念の為、私が先行致します。ツバキ様、また御会いしましょう」
「うむ。エフィルの料理を楽しみにしておるぞ」
グネグネと渦巻く光の中に、エフィルは躊躇することなく飛び込んでしまった。更にツバキ様がパンパンと手を叩きながら俺達を急かす。
「ほれほれ、御主らも早く行かんか! 門が閉じるぞ?」
「全く、こんな忙しない別れになるとは。それでは私達はパーズに帰国します」
「ああ、また何かあったら妾を頼るがよい。できる限りのことは協力しよう。何なら、今からでもトラージに仕えてくれても……」
「ではまたっ!」
話の途中だったが、ゲートが閉まり始めていたので、俺は急いで光の中に飛び込んだ。
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光が一面に広がったのは一瞬、次の瞬間には地面に着地していた。背後に二人分の着地音がしたところで、ゴゴゴとゲートが閉まっていく。
「転移門を使ったということは、トラージでも活躍したようだね、ケルヴィン君」
「いえ、いつも通り好きなことをしてきただけですよ、ギルド長」
転移門を出た俺の前には先行していたエフィルと、リオの姿があった。なぜ待ち伏せしている。
「私が戻ってくることを知っていたんですか?」
「ああ、トラージ王から直々に連絡があったからね。随分とご機嫌なご様子であったし、私が出向く他ないだろう?」
「ははは、それもそうですね」
「ふふふ、当然だよ」
二人の間に奇妙な笑いが木霊する。
『何だか、ケルヴィンの様子がぎこちないけど…… どうしたの?』
『王はギルド長が苦手なのじゃよ。何度も嵌められておるしな』
そこ、俺に聞こえるようにヒソヒソ話するな。当たってるけど!
「それで、トラージでのバカンスはどうだったかな?」
「堪能しましたよ。土産も大量に貰えましたし、国王とも知り合えましたからね」
「うんうん、デラミスの勇者にも手をかけれたしね」
「そうそう、あいつらまだてんで雛っこで、え……?」
リオの片眼鏡がキラリと光った気がしたのは、たぶん気のせいではないだろう。
「事情は把握しているよ。黒風のアジト内で幹部と間違えられ、仕方なく応戦。勇者に大した怪我を負わせることもなく迎撃に成功。うん、流石はケルヴィン君だ」
なぜ既にそこまでの詳細を掴んでいる!?
「でもね、本当にこれは勇者の勘違いなのかな? 誰かが仕組んだことじゃないのかな? 仮にそうじゃないとしても、デラミスの密偵から情報を晦ませるのに、どれ程の労力と費用がかかるか知っているかな? 勇者に何か起こりでもしたら、クリストフどころじゃない外交問題になるって考えていたのかな?」
ああ、駄目だ。こいつの情報収集能力は計り知れない。帰還早々、俺は自然と土下座体勢になってしまっていた。
仲間がいる中での試練に耐え切った俺は、最終的にリオから莫大な報奨金(?)をなぜか受け取り、「以後、気をつけるように」との口頭での注意のみで済まされた。これがリオからの信頼の証なのだろうか?
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