第67話 魅惑の料理

 ここはトラージ城の調理場。刀哉達がダンジョンでの修行でヘトヘトになって休んでいる間、ツバキ様の許可を得て、俺とエフィルは暇を見つけてはここに出入りしている。目的のひとつはエフィルにトラージの料理を学ばさせる為、次にツバキ様と交流を計る為だ。


「それにしても、エフィルの料理は真に美味じゃの。今や、我が城の料理長が教授される側になっておる。ケルヴィンよ、どうしてもエフィルを妾に仕えさせてはくれぬか? そうだ、御主達全員トラージに仕えるといい! 邪竜を倒したその実力、妾の下で使ってほしい!」

「何度も断ったはずですよ、ツバキ様。エフィルは私の大事な仲間なんです。私自身も自由を愛する身、初めにお会いした時に申したはずですよ」


 始めのうちは料理を学ぶ為だけに来ていたのだが、何度か訪れている内にツバキ様がエフィルの料理に興味を持ったのだ。たぶん、城の兵隊や女中さん達に出来上がった料理を振舞ったのが原因だ。今やS級の調理スキルを持つまでに成長したエフィルの料理は、トラージ城お抱えの料理長のそれを遥かに凌駕している。最近になって味の匙加減ができるようになったが、それまでは一口食べれば涙が溢れ出す美味さだった。そんな超越料理の話をツバキ様がどこかで耳にしたのだろう。振舞った翌日に調理場へ来るなり、エフィルを勧誘し始めた。どうやら、美食を求める日本人の心はこの国にも引き継がれているらしい。


 ちなみにエフィルは調理場の人間を絶賛指導中だ。料理を学ぶ為だったこの時間は、今やエフィルが料理人達に指導を行う時間となってしまっている。普通であれば反抗する者もいると思うのだが、エフィルの可憐な容姿と懇切丁寧に教える姿勢、そして圧倒的な料理力に皆心を鷲掴みにされてしまっているようだ。中には頬をほのかに染めている者もいる。最早ただのファンである。


「むう、やはり駄目か。いや、無理なのは承知の上だったのじゃがな。真に残念じゃ……」

「そんな顔をしないでくださいよ。私達が滞在している間は毎日ちゃんと来ますから」

「本当か!? 約束じゃぞ!」

「はい、約束です」


 謁見の際はただならぬ雰囲気を纏っていたツバキ様であったが、何度か話しているうちにすっかり仲が良くなった。執務時とプライベートのオンオフを区別しているようで、平時は年相応の女の子といった感じだ。今では普通に友達感覚である。前に「呼び捨てでよい。畏まる必要もないぞ」とまで言われたことがあったが、流石にそれは遠慮させてもらった。いかに親しくなったと言えど、他の目もある。また試されたのかもしれないが、立場の違いによる最低限の礼儀は何事にも必要なのだ。これでも大分くだけてるけどさ。


「とは言ったものの、もうそろそろパーズに戻る頃合なんですよね」

「何と…… 勇者といい、御主も唐突よのう」

「あまり長い間は離れられないんですよ。最近はパーズ一帯にも危険なモンスターが現れますから」


 警戒を強めているが、未だパーズの冒険者ギルドには最高でもC級冒険者までしか所属していない。いくらリオのお墨付きで遠出してきたとは言え、あの街にはアンジェやクレアさん、ウルドさん、それに冒険者の皆がいるんだ。あれからメルフィーナからの連絡もないし、そろそろ戻らないと俺が気になって仕方がない。


「パーズは静謐街の名の通り、4国の平和の象徴の街。ケルヴィン達に護られるなら心強い。 ……少々もったいないがの」

「ツバキ様の御意向に沿えるよう、頑張りますよ」

「うむ。気が変わったらいつでもトラージの門を叩くがよい」


 今のところその気はないが、一国の国王とここまで親しい関係になれたのは収穫だな。ツバキ様は立場上、同世代と話す機会が少ない。これからも良き友人として付き合っていきたいな。


「ツバキ様、試作の和菓子を作ってみたのですが、ご意見を頂けないでしょうか?」

「え、エフィルの新作菓子じゃと!? 食べる、食べるのじゃ! 是非も及ばず!」

「ツバキ様、一応臣下の前ですよ……」


 しかしこの国王、プライベートは緩過ぎである。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「帰ったぞ~」

「ただいま戻りました」


 ツバキ様との挨拶を終え、宿泊している宿へと戻る。ジェラールはまだ不在のようだが、セラは既に部屋に戻っていた。


「あら、おかえりなさい。今日も城に行っていたの?」

「ああ。セラは何をしていたんだ?」

「全力で釣りをしていたわ! ちゃんと言われた通り、要らない分はキャッチアンドリリースしてきたからね」

「そ、そうか……」


 先日の約束通り、時間の合間にセラに釣りを教えたのだが、ここでも変な才能を発揮してしまった。察知系スキルに富んでいる為か、瞬時に獲物の場所を把握。的確な竿さばきによる誘導とその細腕からは考え付かない力強さにより、変幻自在かつパワフルな釣りを披露してみせた。しかも釣りスキルを取らずにだ。今では謎の美女釣り師としてトラージ内で有名になってしまった。


「今日の相手はなかなか手強かったわ。3メートルくらいはあったかしら?」


 それ、クロマグロレベルじゃね? 市販の釣竿で何釣ってるの君?


「ははは…… それは良かったな。俺も見てみたかったよ」

「安心しなさい、ちゃんと今日の夕食のメインとして持ち帰ったから!」


 君、それを要る分として判断したのね……


「……それ、誰が捌くの?」

「もち、エフィルが。厨房に置いてるからね」


 厨房にそのサイズを置かれる宿屋も迷惑だろ。流石にマグロレベルの解体はエフィルでも無理なんじゃ……


「拝見してきました。刺身に煮付け、叩きにするのも良いですね。今捌いてきます。ご主人様、何か御要望はありますか?」

「ああ、うん。エフィルのお任せでいいよ」

「承知しました。腕によりをかけます」


 どうやら俺の知らぬ間に捌き方もマスターしていたようだ。トラージ城の料理長、そんなことまで教えていたんかい。


「王よ、厨房のアレは何じゃ!? 新手のモンスターか!?」


 ジェラールも戻ってきた。そして見てきたか。


「失礼ね。私が釣ってきた歴とした魚よ。巷では高級品らしいわ」

「ほ、本当か?」

「はい。竜海に住むグローマと呼ばれる高級魚です。調理のし甲斐があります」

「大丈夫だよ。たぶん物凄く美味いから」


 もう俺は何も突っ込まんぞ。連絡だけ済ませてしまおう。


「ああ、そうだ。全員集合したついでに連絡しておく。三日後にはパーズに戻ろうと思う。各々帰る準備をしておいてくれ」

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