第34話 バトルジャンキー

 重風圧エアプレッシャーを耐え切ったビクトールは、魔王の娘の隣に並び立つ。


「ひとつ、面白いものをお見せしましょう」


 ビクトールは右手をモンスターの骨山に向ける。


黄泉の軍勢ヘイディーズアーミー


 黒い魔力が骨山に放たれ、骨々に同化するように混じり合う。それから数秒もしない内に、変化が訪れた。


 ―――ガシャン。


 なんと、バラバラであった骨々が集合し、次々と人型のモンスターを作り出していく。どこから取り出したのかは不明だが、各々剣や槍などの武器まで手にしている。初めて見たが、これが黒魔法か。


「なかなか洒落たことをしてくれるじゃないか」

「クフフ、これで数の分はなくなりました。それでは、お手並み拝見といきましょうか」


 ビクトールが軽く手を振るのを合図に、モンスター達は一斉に襲い掛かって来る。鑑定眼で見たところ、どれもB級モンスターに準ずる能力値だ。素材がD級モンスターの骨だというのに、かなり高位の魔法のようだな。だが所詮は足止め程度。俺達の敵ではない。


『近づかれる前に一掃するぞ!』


 全方位の敵をカバーできる烈風刃ショットウィンドを放つ。烈風刃ショットウィンドは人型となった骨モンスターの頭部を正確に切り裂いていく。が、それでも物量が多過ぎる。隠者の潜窟に存在するモンスター全てをこの部屋に集中させたかのようだ。


『悪魔の女子おなごを避けて攻撃せねばならんとは…… 骨が折れるのう! 相手が骨だけに!』


 俺と入れ替わりで、ジェラールは斬撃を飛ばす剣技である空顎アギトを、横一文字型に範囲を広げた広域殲滅版の地這守宮ゲコウを斬り放つ。その剣技を放つ様は実に洗練されている。親父ギャグを口走らなければ。


『洒落はともかく、効果覿面です! 洒落はともかく!』


 親父ギャグはともかく、メルフィーナさんも納得の威力であった。放たれた地這守宮ゲコウは文字通り地を這いながら、目標であるモンスターを次々に貫通しながら撃破していく。敵が密集している状況下において、この剣技は多大な成果を挙げるのだ。その上、器用にも魔王の娘の手前で斬撃は地に潜り去っていく。


『王よ、斬り逃しは頼むぞ!』

『任せろ』


 地這守宮ゲコウが消えると同時に、更にジェラールと入れ替わって残党を烈風刃ショットウィンドで全滅させる。


『フム、上手くいって良かったわい。これで雑魚は殲滅完了じゃな』


 黒魔法の素材となるモンスターの残骸はもうない。前哨戦がようやく終わり、いよいよ本戦開始だ。


「益々素晴らしい。個々の戦力もそうですが、何よりもその連携力…… 長年を共にした熟練の戦士に通じるものがありますね。お若いのに大したものだ」


 意思疎通を全開で使っているので当然である。


「それでも、まだ余裕があるようだな。それは上からの発言だぞ」

「いいではないですか。その方が貴方は楽しいようですし」


 ビクトールは若干呆れるように溜息をついた。


(この黒ローブの男、相当の戦闘狂のようですねぇ。対峙してからずっとこの調子ですよ……)


「ああ、これは病気みたいなもんだ。楽しくて仕方なくてな。」

「ならば、その笑みを消してみましょうか」


 そう言葉を吐くと、ビクトールは魔力を籠めた拳を地面に叩き付ける。部屋一面に轟音が鳴り、この一突きで部屋の出口側に小規模な陥没が引き起こされる。また、衝撃により塵埃が舞い上がり、ケルヴィン達の眼前から悪魔の姿を消し去ってしまった。


『クッ、煙幕代わりか!?』

『落ち着け、ジェラール。奴の気配は覚えた。土潜のスキルを使って真っ直ぐ下から向かって来るぞ』


 いくら姿を消そうと、気配察知にマーカーを付けた俺からは逃げられない。エフィルの本気の隠密状態は例外だが。


 塵埃が舞う中、土中を高速で前進するビクトールはジェラールの目前で地上に飛び出す。姿を現すと同時に繰り出されようとしたのは、土潜スキルで加速し、凶悪な威力を誇る悪魔の右腕。今にもその拳が放たれようとしていたその瞬間、ビクトールの視界が黒で塗り潰される。


「ふんぬっ!」


 ジェラールによるシールドバッシュだ。ジェラールの怪力から繰り出されるそれは、唯でさえ馬鹿にならない威力を有する。更に使用する盾は俺の製作物である最硬の戦艦黒盾ドレッドノート。正直俺がまともに喰らったら死ぬ自信がある。更に更に、ビクトールは土の中を猛スピードでジェラールに向かって来た。自らの速さもダメージ増加に一役買ってしまった訳だ。心眼スキルによる、瞬間的な状況把握に長けるジェラールだからこそできた技であろう。


「ぐっ!?」


 この攻撃はビクトールも予想だにしなかったのだろう。奇襲する算段が逆にされてしまったのだ。反対に押し出されてしまったビクトールは、直後に体勢を立て直そうと左手を地面に向けようとしている。


「逃がさんよっ!」


 追撃の空顎アギトをジェラールがすぐさま放つ。


 よし、これに合わせて攻め立て…… いや、何か向かってくる!?


 俺は風脚ソニックブーツの効用を全力で使い、回避行動に移る。すると、突如地面から奴の腕が飛び出してきた。伸縮と土潜の合わせ技か! 腕は尚も俺を追撃しようと迫ってくる。


「これは先程の速度の比ではありませんよ」


 空顎アギトをかわしたらしいビクトールは、左腕を地面に潜り込ませながらジェラールと右腕だけで接近戦を演じていた。拳と黒剣が交わる度に火花が散る。ジェラールは近接攻撃を弾く装甲と斬撃半減のスキルを持つビクトールと相性が悪い。それでもジェラールは戦艦黒盾ドレッドノートを巧みに扱い、防戦一方ではあるが何とかもっている。が、それも時間の問題だろう。


『クロト、巻き付け!』


 サイズを縮小させて身を潜めていたクロト(分裂体)に指示を出す。逃げることに専念した俺を追うことで無防備になっている左腕に、取り付く瞬間に容量最大まで巨大化させて巻き付かせた。


「スライム!? 一体どこから!?」


 突然現れた巨大なスライムにビクトールは狼狽する。


「物理的な攻撃はあまり効果がないようだからな。これならどうだ?」


 クロトの魔力吸収が始まった。

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