第29話 悪魔

「悪魔、ですか?」


 ギルド長のリオに呼び出され、用件を聞く。予想していた通り、今回も特別討伐依頼の要請であった。


「ああ、目撃場所はD級ダンジョン【隠者の潜窟】だ。このダンジョンを探索していた冒険者が偶々隠し部屋を発見してな。そこに悪魔がいたと言うのだ」


 ―――悪魔。竜、天使と並ぶこの世界最強種の一角。メルフィーナ曰く、神と対を成す存在。上位の者が魔王となることも歴史上、幾度かあったと言う。危険度は折り紙つきであるが、発見されることは極々稀であるため、生態的に不明な点が多い。未発見の大陸から渡って来た、魔王が尖兵として魔界から送った、等といった諸説がある。


 ひょっとして、巷で話題の魔王だったりする?


『魔王の出現条件は様々です。モンスターの進化による暴走、狂王の台頭、異世界からの転移者。理由はどうであれ、世界を破滅させるだけの力を持ち、その意思がある者を魔王と呼称します』


 なるほど。想像ではRPGでよくある魔界の王とかだったんだが、そういったものじゃないんだな。


『ええ。ですので、次の魔王がどういった形で現れるかは私も分かりません。ただ1つ分かることは、例え魔王を倒したとしても、時を越えて周期的に現れるということです』


 復活するのかよ…… で、そのサイクルは取り除けないのか?


『これはこの世界の摂理と言いますか、変えられない事象なのです』


 事象、ね…… メルフィーナにしては歯切れが悪いな。まあいい、話を戻そう。


「よく生きて帰って来れましたね」

「どうやら悪魔は隠された部屋に封印されていたようなのだ。かと言って、変に攻撃して封印を解く訳にもいくまい」


 リオは顔を軽く振る。まあ、D級冒険者には荷が重いだろうな。目の前にドラゴンが眠っていたようなものだ。


「それで私達に依頼を持ってきたんですね」

「正直なところ、今回はケルヴィン君に依頼するか迷ったのだ。この悪魔の力は未知数、下手をしたらS級クラスの討伐になるかもしれん。君が断るのであれば、S級冒険者を召集しようとも考えている」


 リオがこれほど心配するとは珍しい。暗紫の森の討伐の時だって涼しい顔で送った奴だというのに。それ程危険な相手なのか。


『悪魔は個体差が激しい種族ですからね。下位の者でもB級といったところでしょうか』


 弱い悪魔でもその強さか。さて、これは受けるべきか、断るべきか……


「ところでケルヴィン君。先日、トライセンのタブラ王子に会ったんだって?」


 ギクッ!


「え、ええ。会ったような、そうでもないような……」

「そうなのかい? いやいや、誰なのか分からないのだがね、王子に手を出した不届き者がいたそうなのだよ。その後の事後処理が大変でね~。ギルドの者も働き詰めでクタクタなのだよ」

「そうだったんですか。大変でしたねー」


 この流れはもしや……


「危うくトライセンとの信頼問題になるところだったからね。色々と根回しもしたんだよ。金額的に言うとだね、これくらいになるのだが…… おっと、話が逸れてしまったね。それで、依頼を受けてくれるかな?」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「あいつ、悪魔だわ……」


 結局リオに気負けしてしまい、俺達は依頼を受けることになってしまった。今はギルド内の俺専用鍛冶工房で作戦会議中である。


『過ぎたことは仕方ありません。それよりも、悪魔への対策を万端にしましょう』


「私、悪魔を見たことがないのですが、それほど手強いモンスターなのですか?」

「そうじゃのう。生前、領土に出現した下級悪魔レッサーデーモンを討伐したことがある。最下級の悪魔であったが、騎士団の精鋭数人掛かりでようやく倒せたわい。今ならワシ一人で勝てるが、アレの進化した奴がどれだけ強いのかは想像できん」

「わ、私達で勝てるのでしょうか……?」

「あまり気負うな。幸い、悪魔は封印されているんだ。俺の鑑定眼でステータスを見て、勝てそうになければ即時撤退すればいい。メルフィーナ、悪魔の情報は何かないか?」


 俺だって悪魔とはまだ会ったことがない。万全を期す為に、こんな時はメルフィーナに聞くに限る。


『悪魔の姿形は個体により異なります。古典的な悪魔の風貌をした者もいれば、限りなく人間に近い容姿の悪魔も存在します。人間に近いほど高等な悪魔と言えるでしょう』


「ワシが戦った悪魔は肌が紫色で翼が生えておったな。人間と言うよりはオークに近い顔じゃった」


『典型的な下級悪魔レッサーデーモンですね。外見上の違いも様々ですが、その特性も多岐に渡ります。種族として強靭な肉体と潤沢な魔力に恵まれていますので、どのスキルにも適応できるのです。対処法も個体により変わるでしょう』


 対応策としてセオリーがないってことか。本当に厄介なモンスターだ。


「尚更、何が起こってもいい様に準備しないとな。まずは、装備の確認をしようか。ジェラール、お前の装備完成させたぞ」

「おお、本当ですかな! 待ちわびましたぞ!」


 クロトの保管から黒塗りの大盾を取り出す。出した瞬間ズシンと重みで地面に突き刺さってしまった。


「相変わらずくそ重いな。俺の腕力じゃ持てないが、ジェラールなら使いこなせるだろう」


 盾の名は戦艦黒盾ドレッドノート。極限まで打たれ強くした、文句なしのA級品だ。ちなみに俺が命名した訳じゃない。鍛冶スキルで勝手に名前が付いてしまうのだ。決して俺が付けた訳じゃない。


「ほお……! 不思議と手に馴染みますな。より一層、皆の盾として武勲を挙げてみせましょう!」


 ジェラールの場合、剣と鎧が体みたいなものだからな。そこは鍛冶スキルではどうにもならん。ならば新たに盾を、と言う訳だ。


「ジェラールさん、私からも贈り物があります」


 エフィルは真っ赤な生地をジェラールに手渡す。


「これは…… マントですな! これをエフィルが作ったか、大したものじゃ!」

深紅の外装クリムゾンマントです。ジェラールさんは最前線で戦われますから。少しでも助けになれば幸いです」


 ふむ、属性耐性を兼ね備えたマントか。エフィルの裁縫スキルもかなり上達したな。特に火属性に対しては半減効果まである。物理攻撃に対して頑強なジェラールが装備すれば、更に粘り強くなるだろうな。俺が装備しているこの賢者の黒ローブも、実はエフィルが作成したものだ。MPの自動微回復や魔力の強化といった特殊効果がある。あのクリムゾンマントと同じくB級装備だ。


『裁縫のスキルランクもそうですが、エフィルは普段から練習を怠りませんからね。スキルを抜きにした技術力も相当なものです』


 ああ、俺も負けていられないな。


「次はクロトだな。クロトの場合、保管にだな――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る