第14話 ジェラール

 どうしてこうなった。今俺は黒霊騎士と向かい合いながら座り、談笑している。談笑と言っても、黒霊騎士が一方的にくっちゃべってるだけなのだが。


「モンスターとして自我が生まれたのはつい此間のことだ。いや何、ワシは元々国に仕える騎士長だったわけなんだがな、要は人間だったんじゃよ。それがどうしてモンスターになってしまったのか! ……はて、何でじゃろうな、よく分からんがこの世に未練でもあったのかもしれん! 何の未練だかは知らんがな! ともかくそれからはこの城を護り続けたのだ! にしても、そのスライム珍しいのう。なんと言う種族なのじゃ? いやいや、禁秘の事柄であれば無理に話すことはない。誰だって秘密の1つや2つ持っとるもんじゃ。ところで飴食うか?」


 こんな調子で話し続けているのだ。完全に近所の気のいいおっちゃんだ。おい、この飴いつのだよ、溶けてふやけてるぞ!


『そう言いつつ食べないでください』

「え、本当に食べるのかそれ? 流石のワシも引くわ……」

「よし、お前表に出ろ」


 何か俺疲れてきたよ…… 真面目なのはクロトだけだ。常に黒霊騎士を警戒し、俺の横に控えている。


「そっちのスライムは物ともしないで飴食っとるのう。大した奴じゃわい!」


 と思ったらさっきの飴を吸収中だった。クロト、お前もか。


『あなた様、契約の話、契約の話』

「ああ、そうだった。それで、俺と契約してくれるのか?」


 クロトをツンツンしてる黒霊騎士に改めて問う。


「ああ、そんな話じゃったな。最近はワシの姿を見るなり斬りかかってくる者が多くてな。会話に応じてくれたのは小僧が初めてだった。そりゃワシのテンションも上がるし話も弾むわい」

「弾んでいたのはお前だけだろ……」

「お前じゃないわい。ジェラールじゃ」

「俺だって小僧ではなくケルヴィンだ。呼び名は…… いや、どちらにせよ契約してからの話だな」


 ジェラールはふと立ち上がり、後ろにあった王座を向く。


「契約、か。ワシが仕えていた王、そして国も、もうこの時代にはない。新たな主に仕えることも、吝かかではないのじゃが……」

「話の中で、この城を護り続けていると言っていたな。なぜだ?」


 先程からの明るい雰囲気とは打って変わって、場が重苦しくなるのを感じた。


「ワシが仕え、そして滅びた国の名はアルカール。決して大きくはなかったが、農作が盛んな緑豊かな国じゃった。国王も争い事を嫌う方でな、遠方で戦があっても常に中立を貫いていたわい」


 この世界には東西に大陸が2つあり、俺たちが拠点としているパーズの街は東の大陸の中央に位置する。悪霊の古城もその付近だ。


「ワシは立場からすれば、まあ田舎騎士団の騎士長を務めておった。平和な国と言えど、モンスターは当然現れる。それを討伐することがワシ等の主な職務じゃった。他の騎士団にも引けを取らないよう鍛錬もしてきた。万が一、戦が起こった場合に備えてな」


 ジェラールは黒剣を握り締める。


「ある日のことじゃった。西の大陸から来たという旅人がアルカールを訪れた。しかし、そやつの正体は帝国の将だったのだ。名はジルドラ。アルカールに死の病を振り撒いた男じゃ」

「死の病だと?」

「詳細は知らんが、一度罹ると生気が徐々になくなり、一晩で死に至る怖ろしい病じゃった…… その病が伝染病のようにアルカールに広まり、数日で国は他国から隔離された。ジルドラがアルカールを訪れて数日経った深夜、奴を街で見掛けた者がおる。恐らく、その時に何かしたのじゃろう」

「待て待て、それだけでそのジルドラって奴がやったとどうして判断できる? そもそも帝国の将だと、どうやって知ったんだ」

「病が広まる前日に、ジルドラがこの城まで来たのじゃ。どこから入ったのかは分からん。突然奴は王の前に現れた。そしてこう言ったのだ。神皇国デラミスを亡ぼすのに協力しろ、さもなくばアルカールに明日はない――― と」


 神皇国デラミス。確かメルフィーナが勇者を転生させた国だ。


「当然、王は断り…… あとは話した通りじゃ」


 鎧越しで顔は見えないが、ジェラールの怒気が嫌と言うほど伝わってくる。


「この世に残した未練のことだが、知らんと言ったのは嘘じゃ。この国の敵討ちをするのがワシの未練、お主にこの未練を晴らせるのならば、ワシは喜んで配下になろう」


 それが俺を認める条件か。いや、ちょっと待てよ……


「待て、ジェラールが死んだのは何十年も昔の話だろ? この城の有様を見れば100年レベルだ。その帝国のジルドラって奴も寿命で死んでるんじゃないのか?」

「奴はエルフだったんじゃよ。エルフの寿命は500年を超える。たかが100年で死ぬ玉じゃないわ」

「エルフ、か。まだ出会ったことはないが、それがお前の条件なんだな」

「召喚術は配下を強化すると聞く。敵討ちには絶好の機会じゃわい。ただし、お主にも実力を見せてもらいたい」

「まあ、そうなるよな」


 最終的には戦って実力を示せってことか。いいだろう、元からこちらはそのつもりで来てんだ。


「ワシ程度に勝てないようでは、とてもじゃないが帝国には対抗できん。実力がなければ、ワシに斬り倒されるのみ……!」


 俺とジェラールはお互い後方に下がる。


「いいぜ、了解した。全力で来てくれよ、でなければ意味がない!」

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