手すり
竜田くれは
アナウンス
「ステップの、黄色い線の内側にお乗りください」
駅の改札へと向かうエスカレーターのアナウンスが反射して響く。人気の無く静かな駅内部で最も大きな音を立てているのはこのアナウンスだ。電気は消え、電車は走っておらず、エレベーターに自動改札も機能していないこの駅で、ただ一つ動き続けているのがこのエスカレーターである。
利用されなくなって久しいこの駅を訪れる者はほとんどいない。十年前のある出来事によってこの駅が放棄されることとなった為である。ここに来るのは調査を行う役人かよっぽどの物好きかであろう。
今宵訪れたのは後者であった。一人の男が今時珍しいハイブリッド車に乗って訪れた。外見から二十代だと思われる男はビデオカメラを持って車から降り、立ち入り禁止と書かれた看板を無視して駅構内へ入った。
「子供から目をはなさないでください」
エスカレーターのアナウンスが響く。
「噂は本当だったんだ……」
男がここへ来た理由、それはこのエスカレーターが動いているかを確かめることである。電気の供給が無くなったはずのこの駅で何故か動いているエスカレーターがある、その噂を聞きつけたのだ。その様子を記録に残して、あわよくばインターネット上でバズりたいという思いでここまでやって来た。彼はエスカレーターに近づき、実際に動いていることを確認した。アナウンスの音だけでは疑われるためである。ここまで来たし実際に乗ってみよう、男はそう考えた。
慎重に一歩踏み出し、手すりに掴まる。男はいつもの癖で右側に乗った。左側を歩く人間は、ここには居ないというのに。上の階に着く直前、男はつい気を抜いてしまい手すりから手を離した。
その瞬間、ステップが音速を超えた速度で移動し始め、男はその勢いで壁に叩きつけられ、絶命した。この駅が放棄された理由を男は、噂を流した者も知らなかった。
ルールを守らない者を処刑する死のエスカレーターの存在は十年前のエスカレーター大粛清以降政府によって秘匿されている為、一般人には知る由もなかった。
「手すりから御手をはなさないでください」
手すり 竜田くれは @udyncy26
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます