十四話 劣等感

 神社で仕事をしていると、望緒はふと気になることができた。


「いつまでいるんですか?」


 彼女は様子を見に来ていた徳彦に質問した。


「うーん、あと一、二週間ぐらいかなあ?」


 どうやらほかの村に行くには四家の許可が必要らしく、そのためには文を送らねばならない。それを向こうが確認して、返事を待つ。


 風の村には既に文を送ったのだが、まだ返事が返って来ないらしい。


「え、なんでです!?」


「風宮の人たちは気難しいから。子どものほうは嫌いじゃないけど、大人たちは大嫌い」


 隣に座っていた千夏が、ムスッとしながらそう言った。


 望緒はここ数日過ごしてわかったが、千夏は物事をハッキリキッパリ言う性格らしい。望緒は逆にそこが好きだった。


「風宮は八下の右脚を祀ってるんだっけ?」


「そうやよ。最初のうちは『なんでうちが右脚なんだ』って騒いどったらしい」


「へえ」


 そんな話をしていると、伝書鳩が鳴きながら飛んできた。当主を見つけるなり、急降下して降り立った。


 望緒たちも内容を確認すべく、当主がいる場所へ向かった。


「村に“念”が現れたらしい。この間のものよりも力が強いそうだ。あおと爽玖、徳彦くんと飛希くんは“念”の退治を、千夏と真澄くん、望緒くんは村民の避難を頼む」


 出水の当主はそう指示を出した。

 ちなみに碧仁というのは、爽玖と千夏の父親であり、次期当主。パッと見爽玖そっくりである。


 千夏は当主の指示を聞くなり、納得していない表情をした。声には出さなかったが、顔には出ている。



 村に着くと、村人たちのどよめきが聞こえた。逃げ惑う者、腰が抜けて逃げられない者が数多くいる。


 まずは、退治に当たった四人が村人たちから“念”を遠ざける。

 そして、救助に当たった三人が、“念”に近い場所にいる村人から、安全な場所まで避難をさせた。


 望緒は避難させている時に後ろを振り返り、飛希たちを見た。四人は各々霊力を駆使し、“念”に攻撃を与えている。

 が、それはなかなか当たってくれない。“念”は軽やかに水も火も避けている。


 ––––私は、何も出来ない……。


 その時に初めて、彼女は己の無力さを自覚した。いや、正確に言えば無力ではない。村民の避難も立派なことだ。


 だが、霊力面では自分は何もしてやれないのだと、悔しい思いがあった。


 確かに彼女の体内なかには霊力がありそうだった。しかし、使い方も何もわからない今、望緒が出来ることなど一つもない。


 避難場所まで着くと、千夏もちょうど一人連れてきていたところだった。お婆さんに優しく声がけをし、微笑む。

 くるっと身体の向きを変えると、優しい表情から一転、悔しそうな、怒りのような表情に変わった。


 望緒は声をかけるべきか迷い、だが、まずは村人の避難が先だと考え、また村の方へ向かった。



「いない人などいますかー?」


 真澄は避難させた村人たちに、大きな声で訊いた。彼らはお互いの顔を見合わせたり、キョロキョロと周りを見る。

 どうやら、避難し遅れた人はいないようであった。三人はそれを知って安堵する。


 そして、望緒は先程の千夏の顔が忘れられないでいた。横目でチラッと彼女の方を見る。先程より穏やかな表情だっだが、やはりどこか悔しそう。


「あ、あの……千夏ちゃん」


 望緒が声をかけると、千夏はびっくりした顔で彼女の方を見た。


「な、何……?」


「あ、ごめんね? なんか、悔しそうだったから」


 千夏はパッと下を向いてしまった。恐らく、自分では顔に出ていると思っていなかったのだろう。


「––––私はさ、お兄ちゃんより霊力ないんよ。別にみんなはそれほど気にしとらん。霊力が限りなく少ないわけじゃないし、どちらかと言えば結構ある方やから」


 彼女の表情は寂しそうだった。でも……と続ける。


「やっぱり強めの“念”の退治に当てられるのはお兄ちゃんばっかでさ、私が当てられることは少ないの。それが悔しいん」


 千夏の年齢は十五歳、望緒の一個下。そんな彼女は今強い劣等感を感じている。


 その気持ちは、望緒にもよくわかった。自分より頭もよく運動もでき、人から愛される、そんな弟が身近にいたから。


 だけど、こういう時なんと声をかければ良いかまではわからなかった。


 しばし沈黙が続く。それを切ったのは真澄。


「はいはい、私たちがそんな顔しちゃダメでしょ〜。笑顔笑顔」


 彼女はそう言って人差し指で自分の口角を上げた。それを見て二人は目をぱちくりさせる。


「……そうですね。村人を助けるためにいるのに、こんな顔してちゃダメですね」


 言うと、千夏は頬を両手で叩く。ぺちぺちと可愛らしい音がした。

 望緒もつられてにこやかな表情になった。


 別に、暗い表情をせず明るい表情をしていたとしても、村人の活気が戻るわけじゃない。けど、不安は連鎖するもの。少しでも不安を払拭ふっしょくするために、助ける側が暗い表情をしていてはいけないのだ。


「お兄ちゃんたちが退治し終わるまで、私らは村人に被害が無いようにせなあかんねん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る