二話 住まう条件

 部屋を移動し、客間に来た。望緒の隣には飛希、彼女の真正面に真澄、その隣には赤い髪に黄色の瞳を持った男性が座っていた。


「まずはお名前、それからここに来た経緯を話してもらえるかしら」


「えっと……神和住望緒です。廃神社に行って、お賽銭箱に五円玉を投げ入れたら灯篭に火がついて、火に囲まれたと思ったらここに…………」


「なるほど、それが引き金となってここに来たわけだね」


 男性にそう言われ、望緒はこくりと頷いた。


「今まで来てた子たちはどうしてたかしら?」


「各々どうしたいかを聞いて、自由にさせてたよ。……中には、元の空間に戻った子もいた」


「……!」


 戻った。それは地獄に戻るのと同じことであり、望緒が最も選択したくない事である。


 彼女が黙っていると、隣に座っている飛希が優しく問いかけてきた。


「望緒はどうしたい?」


「––––か、帰るのは……いや、です」


 望緒がそう言っても、この場にいる誰も責めたりはしなかった。むしろ、優しい笑みを浮かべている。


「なら」


 真澄が手をパチンと叩いて、一つ提案をする。


「ここに住む?」


「えぇ!?」


「ちょ、母さん……!?」


 思わぬ発言に二人は驚く。が、隣の男性だけは真澄の方を見て、柔らかく微笑んでいる。


「ね、いいでしょう?」


「うーん、じゃあ一つだけ条件を設けようか」


「「条件?」」


 二人の声が重なると、男性は人差し指を立てた。


「僕らの神社の巫女になること。それが条件」


 ––––巫女? 巫女って、あの巫女さん?


 その巫女以外考えられないが、突然のことに驚きを隠せない。


 神社というのは、恐らく先程望緒の目の前にあった神社のこと。そこの巫女をすることが、条件になるということだが、望緒は巫女の助勤なんてしたことがない。


 が、このまま断って外に出されることより、右も左もわからぬままやった方が幾分マシである。


「よ、よろしくお願いします!」


 彼女は最悪の事態を想像し、勢いだけでそう答えた。


「じゃあ、すぐに部屋を用意するわね。飛希、案内してあげて」


「うん、わかった」



 一般的な家よりも幅が広い廊下を歩いている時、望緒は隣を歩いている飛希に話しかけた。


「あの、すみません、居候しちゃって……」


「大丈夫だよ。こっちこそ、父さんが急にごめんね」


「お父さん? ……ああ」


 彼の父親は、真澄の隣に座っていた赤い髪に黄色い目の男性だろう。


「あの、飛希さん」


「呼び捨てでいいよ、敬語もなくていい」


「わかった。あの、この空間は何? 飛希たちはどういう立場なの? 私以外の人たちは今どうしてるの?」


 望緒が質問攻めをすると、飛希はあわあわと慌てる。


「待って待って、順に答えるから。でも、そんなに詰め込んで大丈夫? こんがらがっちゃわない?」


「平気。それに、今知らないとモヤモヤして寝れないと思うし」


「……わかった。じゃあ、それも含めて部屋で説明するよ」



 望緒の部屋となる場所へついた。彼女が想像していたよりも広く、少し興奮している。


「それで、何から聞きたい?」


「えっと、この空間は……? どうして飛希たちは普通に受け入れてるの?」


「うん、まず、この空間は創造神であるくだり様が創ったんだ。でも、彼は千年前から眠っていてね。彼が残した書物と、実際に来る人々からの情報で、受け入れることができてる」


 眠っているという単語に少々引っ掛かりはしたが、質問したことは答えてくれたので、望緒は次の質問にうつった。


「じゃあ、飛希たちはどういう立場の人なの?」


「僕たちは、望緒が現れた神社に奉職する身なんだ。村の頭領みたいな感じ」


 そこまで言うと、飛希はそれでと続ける。


「石火矢家だけじゃなく、他に三家ある。出水いずみ家、風宮かぜみや家、らい久保くぼ家。それぞれ使える属性があってね、僕らから順に、火、水、風、雷。それぞれの村を治めていることから、四家しかとも呼ばれてる。これらはさっき言った、八下様を祀っているよ」


 一気に情報が流れてきたからか、望緒は頭の中がこんがらがってしまった。飛希が言ったことを復唱しているが、あまり理解出来ていない様子。


「まあ、これはおいおい知っていけばいいよ。で、確か最後の質問だったよね」


「あ、でもちょっと待って」


「ん、どうしたの?」


 望緒は一旦頭の中で言いたいことを整理し、口を開く。


「別に私が巫女にならなくても、家の人がやったらいいんじゃないの? あそこ、そこまで広くなかったよね?」


 質問し終わると、飛希は「ああ……」とつぶやき、話し始めた。


「えっとね、四家に生まれた者は、必ず奉職しないといけないんだけど、男性が神職、女性が巫女になるんだ」


 望緒は飛希の話を真剣に聞き、うんうんと何度も頷く。


「けど、うち––––本家には僕以外の子供がいない。つまり、巫女になってくれる人がいないんだ。村の子どもたちは作法を身につける段階でへこたれちゃったし、いとこなんかはせっしゃとかに奉職するから、無理なんだ」


「なるほど……」


 と、言っているが、内心そんなにわかっていない。彼女は神社で働くことなんて何も知らない、理解もしがたかった。


「今は母さんが少し巫女のような仕事をしてくれてるけどね。でも、そのうち若い巫女は欲しいみたい」


「そう、なんだ。……最後の質問いくね。私以外の人も来てるんだよね、その人たちは今どうしてるの?」


「火の村に転移してきた人たちは、一旦僕らの家で望緒に言ったみたいに誘うんだけど、あんまりやりたくないみたいでね。そういった人たちは、村に住んでもらってるよ」


 望緒はさっき「お願いします」と言った。断っていないから、村に住むのではなく、石火矢家に住まわせてもらうというわけ。


 申し訳ないことをしてしまったとも考えたが、望緒が断ったら巫女をやる者がまたいなくなってしまうため、断らなくて良かったとも考えた。


「他に質問したいことはある?」


「えっと––––」


 彼女は狐の面のことが気になったが、まだ聞いてはいけないような気がしたので、特にないと答えた。


 答えると、真澄がふすま越しに声をかけてきた。


「あらかた話し終わった?」


「うん、言えることはだいたい」


「望緒ちゃん、部屋に欲しいものはある? 一応机と布団は部屋にあるんだけど」


 そう言われ部屋を見てみると、押し入れと背の低い机が置かれていた。

 先程は広さばかりに着目していたため、気づかなかったらしい。


「今のところ、特に」


「わかった、またいつでも言ってね。それで、急ではあるけど、明日から巫女として働いてほしいの」


「あ、わかりました」


 望緒が答えると、真澄はそれじゃあと言って、飛希と共に部屋を後にした。


 彼女はだだっ広い部屋で一人、寝転がる。


 ––––私は向こうでは生きられない、かあ。


 この場所で上手くやっていけるのか、巫女の仕事はきちんとできるのか、そんな懸念が頭の中をぐるぐるとかき乱してくる。


 何の音もしない静寂のなか、望緒は静かに眠りについた。

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