清き者、穢れの者

榊 雅樂

序章 火

一話 いつも通り

 いつもの道、いつもの風景、いつもの時間、女は学校から帰る。一般的に、学校が終わると学生たちは開放感に満ちながら帰る。

 しかし、彼女の顔は学校にいる時よりも遥かに憂鬱そうであった。


 死んだ顔をしたまま家に帰ってきた。中に入り、ただいまと小さく言うが、返事は無い。人の気配はある。

 家族が家にいない訳では無い、が、彼女のことがまるで見えていないかのように、誰も気に止めようとしない。


 母親は無視して料理、弟はテレビを見ながらポテトチップスを食べている。もちろん、女がリビングに入ってきたことなど、確認しない。

 まるで、初めから彼女がいなかったかのように過ごしている。


 ––––いつものこと。


 彼女はそんなふうに思いながら、二階にある自室へ行った。ブレザーを脱いで、ブラウスのまま、気が抜けたようにベッドに倒れ込んだ。これも、いつものこと。


 その日はご飯を適当に食べてそのまま寝た。


 翌日は土曜日であった。女は家にいることがつらく、意味もなく制服を着、意味もなく外に出た。


 その辺をぷらぷらと歩いていると、あるものが目に入った。それは、廃れた石階段。これは、山の上にある廃神社に繋がる階段である。もうそこに人は立ち寄らない。

 だが、女は何を思ったのか、その階段を淡々と登り始める。


 上がっていく事に砂利や枯葉を踏みつける音がする。

 上がって行った先にあったのは、ヒビ割れが酷い、石でできたみょうしん系の鳥居であった。


「……思ってたよりボロボロ」


 呟きながら、女は耐え切れず倒壊したやしろへ足を進める。そしてボロボロになった賽銭箱に五円玉を投げ入れる。

 普段はしなければいけない二礼二拍手一礼、お祈りなどはしなかった。


 彼女は意味もなく投げ入れた五円玉が底に着く音を確認すると、踵を返した。一歩、踏み出したその瞬間––––


「!?」


 廃れてはいるが整列した灯篭に火が灯り始める。鳥居の方から社の方まで順に灯されていく。


 完全に火が灯されると、周りは真っ暗になる。女を取り囲むようにして火が燃え盛る。熱風が止み、彼女が目を開けると、そこは全く知らない光景だった。


 目の前は鳥居がある。が、先程の鳥居とは全く違い、きちんと手入れがされた鳥居。ボロボロなんかじゃなかった。


「……え、いや……どこ? ここ…………」


「あれ、どうしたの、こんなところで」


 へたり込む彼女に話しかけてきたのは、黒髪黒目の青年男性。とは言っても、少女より数個歳上なぐらいだろう。彼は白い狐の面で片目を隠すといった、風変わりな少年であった。


「…………」


 彼女は困惑と警戒が入り交じった表情で彼を見つめる。彼はそれを察したかのようににこやかに微笑み、彼女の目線に合わせるようにしゃがんだ。


「ごめんね、怪しいよね。僕はいし火矢びや飛希とき、18歳。こんな見た目だけど、一応怪しい者じゃないよ」


 ––––一応って……


 女はそう思うが、ここで黙っていてもどうにもならないと考え、大人しく彼と同じように挨拶をした。


「……かみずみ望緒みお。16歳、です」


「そう、よろしくね。望緒はどこからきたの?」


「……どこから?」


 望緒は質問の意味がわからず、オウム返しをした。


「……望緒はこの空間の子じゃないね」


「え、なん、空間?」


 空間、その意味が望緒には全くわからなかった。飛希が何を言っているのか、何を言わんとしているのかが理解できなかった。


「どういう意味ですか」


「君が住んでいた場所は日本だよね?」


 飛希の質問に、望緒は黙って頷いた。


「ここは日本だけど日本じゃない。異空間って言ったらいいのかな」


「異、空間……?」


「うん。望緒みたいな転移者は珍しくないんだ。そういった人たちは、決まって向こうの空間では“生きられない”と、この空間に判断された者」


「…………」


 彼の言葉に何も返すことができなかった。“生きられない”、その言葉に心当たりがあったから。

 親からは愛されず、学校もさほど楽しくない彼女にとっては、それが図星であった。


「––––一度、僕の家へおいで」


 そう言われ、彼女はもうどうにでもなれと飛希について行った。



 連れてこられたのは広いお屋敷のような場所。塀を見ると石火矢と書かれた表札があるので、恐らくここが彼の家。


 中に入ると使用人らしき人が出迎えてくれた。望緒は軽く会釈をして、歩いていく飛希について行く。


「ただいま、母さん」


「おかえりなさい……あら、その子は?」


 部屋に入ると、飛希によく似た女性がいた。長い黒髪がたおやかで美しい。


「向こうから来た子」


「あら」


 彼女は少し驚いた表情を見せたあと、望緒の方へ近づき、少しかがんで目線を合わせる。


「急に知らない場所に来て大変だったわよね。私は石火矢すみ、飛希の母親よ。良かったらお話、聞かせてもらえない?」


 母親の優しい笑みに安堵し、望緒はこくりと頷いた。

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