第17話

一歩でも前進し続けたい、あらゆる事の打開策になる何かを見い出したい。


そう考えた私は、精霊達とも話し合った上で古代文字の書物を開き、自室で光と闇の中級精霊の召喚を試みる事にしたのよ。これこそが私の決意なの。


必要なのは、それに見合う生命力と親和力。


「私と共に生きる盟友とならん、世界樹より生まれたもう尊き者よ、今ここに現れ、私の求むる力をもたらしておくれ──」


すると、ものすごい勢いで体中から力が湧いてきては召喚陣に吸い込まれてゆく。体が熱くなって、あっという間に汗がにじんできた。


まるで、サウナで熱風を浴びるような、真夏の炎天下で日射しを受け続けるような、形容しがたい熱を帯びて汗がしたたり始める。


そうか、生命力の限界との戦いなんだ。高位精霊の召喚をする事って……。


──それなら、尚のこと負けられない。


私は、ありったけの力をイメージして具現化するよう集中した。


私の心には今生の光と前世の闇がある。輝かしい幸福に包まれて、明るい日向に生きながら、前世で失意し絶望して死を選ぶ程に味わった辛苦を、忘れられはしないでいる。


そこに精霊が共鳴してくれるなら、きっと出来るはず。


そして、召喚陣の向こうの世界へ必死に呼びかけた。


「どうか、力をお貸し下さい。私はもう、守られているだけの生き方ではいけないのです……」


そうして、どれだけの時間が過ぎただろう?


不意に体が軽く楽になって、味わった事のない昂揚感に包まれた。


「これ、──」


私の力を吸い込んだ召喚陣から、目を開けていられない程の光が発せられる。


あまりのまばゆさに目を閉じても、瞼越しに赤く明るく光が届く。太陽を直視してるみたいな強烈な光は渦になり、──それは人ならざる者の姿をかたどった。


「力と呼びかけの強さに応じてみれば、まだ子供ではないか」


「でも、強さは本物だったでしょう。──そなたが私達を召喚したのね?」


「あ……はい、そうです!あなた様方は……光と闇の……」


漆黒の髪と瞳に、褐色に肌を持つ存在と。白銀にわずかな黄金色を混ぜた髪と収穫期の小麦畑みたいな色の瞳に、抜けるような白い肌を持つ存在が、目の前に立っている。


「我は闇の中級精霊、名乗る名は持たぬ者」


「私は光の中級精霊、私も個としての名はないわ」


──召喚、出来たんだ。でも、脱力してる場合じゃない。契約を交わせるまで、気は抜けない。


「私はダフォディルと申します。精霊様。あなた方のお力が必要で、召喚に臨みました」


「私達と契約を望むと?」


「はい。どうか、お願い致します」


精霊達は私の中身さえ暴くように見つめてくるけど、私は力強く言い切った。


緊迫した空気──その息苦しさに気圧されないよう見つめ合っていると、光の中級精霊が表情をやわらげた。


「ならば、私達に名を与えなさい」


「あっ……はい!」


気がつくと、闇の中級精霊も心なしか興味深そうな面持ちに変わっている。


私は少し考え込んでから、口を開いた。


「光の精霊様には、エーオース……闇の精霊様には、ヌーメーニアーと名付けます」


「ほう、我を新月と呼ぶか。これは面白い」


「私は暁と名乗るわけね。──いいわ、契約の証に私達から……ダフォディル、あなたに輝ける力を与えましょう」


「ありがとうございます……!」


私が感極まってお礼を言うと、精霊達は交互に私の額へと唇を寄せた。


柔らかく温かい感触。それから、どっと精霊達の力が流れ込んでくる。


体内の気が循環するように、全身の血がつかの間熱を帯びて、そして体に馴染んだ。


「ダフォディル、これからは私達が共にある。あなたの短く儚い人間の人生を、実りあるものとしましょう」


「そなたが道半ばで力尽きんとする時、我が冥府への道を通らせはせぬよ」


「はい……はい!エーオース様、ヌーメーニアー様」


「私達は中級精霊よ、様は必要ないわ。あなたは既に私達と契約を交わした対等な者。呼び捨てでいいの」


「あの、……はい、分かりました。エーオース……」


「──さて、この後が大変になるぞ。覚悟はあるな?」


「──元より、覚悟して召喚に臨みました」


私の持つ力を意味する髪と瞳の色は、これで隠しきれなくなる事だろう。


でも、守られて包まれていた幸福の日々は、傷だらけの魂だった私を確かに癒した。


これからは、私が力になる番だ。


「私は全力を尽くし、為せる事を成し遂げてみせます」


「これは頼もしい主だ、そうだろう?エーオース」


「ええ。私達の力は存分に発揮出来そうよ、ヌーメーニアー」


「これから、以前召喚した精霊達とも仲良くして下さい。よろしくお願い致します」


「齢わずか十歳にして全属性の精霊を召喚した事なら知っている。まさか、我を召喚しうる程の親和力を備えていたとは思わなかったがな」


魂に共存する光と闇の事だろう。


いずれはヌーメーニアーも知る事となるかもしれない。私の力の根源でもあるから。


「──それより、日も傾いてきたわね。ダフォディル、部屋に戻りなさい。屋敷の者達が心配するでしょう」


「あっ……!」


気がつけば窓の向こうに見える太陽は西に傾いている。朝餐のすぐ後から召喚を始めたから、ほぼ一日中かけていた事になるんだね。


興奮のせいか空腹感はあまりないけど、喉は渇いたな。何しろ召喚するのに熱中して、汗みずくになったからね。


「すぐに部屋へ戻ります。エーオースとヌーメーニアーは……」


「契約を交わしたからには共にあるが、不都合なものは見たりしない。安心して湯浴みでもするといい。その姿を家族が見たら何事かと思われる」


「……はい」


プライバシーは守られるみたいだね。他の精霊達とも、そこは変わらないみたい。良かった。


私は上手く力が入らない足で何とか立ち上がり、気力で部屋に戻った。


「まあ、ダフォディルお嬢様!御髪が濡れておりますのは、全て汗なのですか?」


さっそくメイドから心配された。


ここは笑顔で押し切るしかない。


「少しね、頑張った事があったのよ。湯浴みの支度をお願い出来る?晩餐までには間に合わせたいの」


「ええ、もちろん大丈夫でございます。……まあ、お肌にもドレスが張り付いておいでですわ。どれほどの汗をかかれましたか。すぐに飲み物もご用意致しましょう」


「ありがとう。冷たいレモネードに、お砂糖とお塩をひとつまみ入れてちょうだい」


「かしこまりました、お嬢様。……ですが、あの……」


「?どうかしたの」


「いえ、何やら……私の見間違いでございましょう」


メイドは何か言いたげにしてたけど、すぐに飲み物を用意しに行ってくれた。


何を見間違えたんだろう?


首を傾げると、エーオースが耳元で囁いた。


「光と闇の精霊は、中級精霊になると他の者にも感じ取れるのですよ」


「えっ……ええ……?」


「今夜は騒がしくなりそうだ。ダフォディル、今はまず飲み物を口にするといい。湯浴みもゆっくり済ませて、それからだな」


──ヌーメーニアーが嵐の前触れを告げて、私はベッドに腰掛けて呆然と精霊達を見ていた。


これは、覚悟していた以上に更なる覚悟が必要だよね……。


何しろ、精霊達を従えているところも隠せないんだから。


力を誇示するつもりはないけど、否が応でも私の力は誰にでも分かってしまう。


「ダフォディル、私達はあなたの害にはならぬ身。安心なさい」


なだめてくれるエーオースの声は、私に気を遣ってくれていた。


そうだよ、仇なす存在じゃないんだ。私が私らしく生きる為に召喚した精霊達なんだから。


「ダフォディルお嬢様、レモネードでございます。湯浴みの支度も進めておりますので……」


「ありがとう、──美味しいわ」


からからの喉に流したレモネードは爽やかで、口内もすっきりする。わざわざ氷を使ってくれた冷たさが心地いい。


私はようやく一息つけたところで、気を取り直して前向きに考えてゆく事にした。


お父様、お母様、そしてお兄様──屋敷の皆。


彼らは私を拒絶しない事を信じているから。


そう信じられるだけの積み重ねが、絆として存在しているから。

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