第16話

アウロラ様のお茶会に参加した後は、家族との日常を大切にしていた。


そんな中で、ある日の晩餐の事だった。お母様がお兄様の食事を見て注意したのよ。


「またサラダを残して。いけませんよ、好き嫌いをしては」


「ですが、母上。生の野菜は青臭くて食べにくいです」


お兄様は生野菜の香りが苦手でサラダをほとんど残してしまう。それには気づいていたけど、考えてみれば好き嫌いをするのは栄養バランスが崩れるよね。


どうにかして、美味しく野菜を食べてもらえないかな。前世での私は肉が苦手な家族に、野菜炒めをよく作っていた。野菜炒めにすると、苦手な肉を混ぜても食べてくれてた。


それと同じで、生野菜が苦手なら野菜炒めにすれば食べやすくなるかも。


野菜炒めに必要なサラダ油は、この世界の植物の種子から作れる。菜種と大豆にヒマワリ、あとブドウの種から油を搾るの。一緒に使うゴマ油も、セサミを搾って作ってもらえばいい。


お醤油がないのは残念だけど、料理に使うお塩を燻製してもらえば香り付けと風味になる。


そこに薄切りの豚肉を加えて炒めれば、味わいが深くなって野菜の青臭さは感じなくなると思う。


剥いた皮は、きんぴらにしたら美味しいけど、お醤油やみりんどころか唐辛子もないし……別物になるものの、ゴマ油で炒めて、白ワインと薄めたオイスターソースを絡めて……ひとつまみのお塩とお砂糖で味を整えてみても良いかもしれない。


よし、作ってみよう。お兄様でも美味しく食べられる野菜炒めときんぴらもどき。


善は急げ、私はさっそく必要なものを揃えて欲しいと、料理長のもとへ行って頼んだ。


そして数日して材料が揃い、メイドに頼み込んでエプロンを借りて厨房に入らせてもらった。


油も精製されて澄んでいるし、お塩も良い感じで、野菜も新鮮なものが彩り豊か。豚肉も脂身が程よくて、これなら旨味を出してくれる。


「お、お嬢様……お嬢様が厨房に立つだなんて、旦那様がお知りになりましたら……」


エプロン姿で現れて調理場に立とうとした私に、厨房の人達はうろたえて目を白黒させている。


まあ、侯爵家令嬢が厨房で料理するとか、普通はありえないよね。


「いいのよ、お父様には後で私から話すから。私の手に合う大きさのナイフを出してくれるかしら?」


懐かしいとさえ感じちゃうな、料理するの。


でも、前世の感覚を思い浮かべながら作業してみると、案外難しくない。むしろ慣れた手つきで野菜を扱い、調理が進む。


野菜は焦がさないように、汁気は程々にして多く出ないように。


ゴマ油の香りと燻製のお塩が食欲をそそる匂いを生み出すのが楽しい。


「これは……お嬢様、何のお料理ですか?」


「お嬢様、料理なんて経験もないはずですのに……何かの魔法でもあるんですか?」


心配そうに見つめていた人達も、出来てゆく野菜炒めときんぴらに、段々と興味津々な顔つきをし始めた。


「魔法じゃないわ、お兄様への気持ちをこめてるの。苦手な野菜も美味しくなりますようにって。──このお料理を晩餐で、始めにお出ししてちょうだい。私はこれで失礼するわね」


これ、出来れば作りたてを食べて欲しいから、あえて晩餐の支度をしてる厨房にお邪魔させてもらったんだよね。


それに、食事は野菜から食べ始めるのが健康的なのよ。


「は、はい。かしこまりました」


「ありがとう、よろしくね。また何か思いついたら作りに来させてね」


私は久しぶりの料理が不思議と楽しくて、お兄様の反応も楽しみで、エプロンを外して軽い足取りで家族の揃う食堂へ向かったの。


「ダフォディルが最後に来るのは珍しいな、何かあったのかな?」


「お父様、私お兄様へプレゼントを用意してましたの」


「僕に?誕生日でもないのに?」


「はい。日頃優しくして下さるお兄様が、健やかでいられるように」


そこで晩餐のお料理がサーブされ始めた。私が作った野菜炒めときんぴらだ。家族全員が奇妙な料理に戸惑っている。


「……これは?」


「はい、お嬢様がお坊ちゃまの為にと、手ずからお作りになられましたお料理でございます」


「この料理を?ダフォディルが?」


「あら、目に鮮やかな艶と彩りだわ。それに初めての香りね。異国の料理かしら」


異国の料理ではあるけど、野菜炒めときんぴらって、庶民に浸透するのはわりと近代なんだよね。新鮮な野菜は、畑を持ってない庶民には入手しにくいから。


「野菜が苦手なお兄様へのプレゼントです。これなら大丈夫かと思いました」


「……驚いたよ。まさかダフォディルが料理をプレゼントしてくれるなんて」


「これは、ダフォディルが思いついた料理なのか?──いや、とりあえず冷めないうちに、ダフォディルの気持ちを受け取ろう」


「はい、ぜひ召し上がって下さいませ」


前もって味見はしながら作ったから、不味くはないはず。味覚がこの世界に合えばだけど。


私は息を呑んで家族の反応を待った。


「──美味しいよ、青臭くない。これなら苦手な野菜も残さず食べられる」


お兄様が感嘆の声を上げた。楽しそうにフォークを進めているから、お世辞でもなさそう。良かった。


「本当に美味しいわ。味付けがしっかり染み込んでいて、それなのに野菜の食感が程よく残っているわね」


「ダフォディル、料理なんて未経験だったろうに……お前の才能には驚かされてばかりだよ」


「あの、書庫の書物に書いてありましたお料理です。レシピは所々が空想ですけど……皆のお口に合いましたら嬉しいですわ」


適当にごまかしたけど、家族が喜んでくれたのは嬉しい。


前世では一度も「美味しい」と言ってもらえた事なんてなかった。「ありがとう」なんて言葉はいらなくて、ただ一言「美味しい」と言ってもらえていたら、私の家族に対する萎縮もなかったと思う。


どんなに丁寧に作っても、味見しながら美味しくなるように作っても、料理に文句を言われずに済めば御の字だったのは、どれだけ私を卑屈にさせただろう。


「ダフォディル、本当に美味しいよ。この料理の作り方を、料理長にも教えておいて欲しいくらいだ。苦手な野菜がこんなに変わるなんて」


お兄様が手放しで褒めてくれる。前世の私が、今になって報われる気持ちがした。


こうして、この世界流の野菜炒めときんぴらもどきは受け入れられて、料理長にもレシピを伝える事になった。


後は料理長も工夫を加えてくれて、アレンジメニューも生まれたのよ。お兄様が野菜を残す事はほとんどなくなった。


それをきっかけに、私の心も更に軟化してゆくのを自分でも感じ取れた。


今生きる世界は、これから何が起ころうとも、きっと乗り越えられる。


平坦な道は、きっと歩めないだろう。でも、女神様から与えられた力と、温かい家族の存在は私を救ってくれる。


誰かを信頼出来て、裏切られる事なく絆を深められれば、孤独という絶望には苛まれない。


前世は絶望や失望の連続だったけど、でもそれは一度どん底に落ちても、這い上がって何かを掴み取る事、原動力にして何かを叶える事や得る事に繋げられていたのも事実ではある。


最後は本当に諦念と絶望に力尽きたけど、それでも当時の絶望は、今に繋がってもいると思うのよ。


確かに私は前世で苦しくて悔しくて悲しくて、耐え抜く事に疲れ果てて、もう終わらせたいという選択をした。


でも、今は違う。生きる事を選び続ける限り、希望が見えてくると信じさせてくれる存在がいる。


生き直す事で、前世で渇望した家族からの愛情に恵まれ、自分の人生を大事にして良いという自由に恵まれた。


人は絶望しても失望しても、そこから希望を生み出す力があると信じたい。


現に、カタロン殿下もアイオーン殿下も、心に重荷を抱えながらでも、こんなにも生きる事を諦めてない。何かを成し遂げようと足掻いて頑張ってるから。


……前世の私も、あそこで諦めずに頑張って生きる事を選んでいたら……また何かの希望が、何かを掴み取ろうという意欲が見えてきたのかな。


もう、終わってしまった人生だから、やり直せはしないけれど。それを少し悔やむ今は、確かに悔やめる程には生きる意欲がある。


ならば、前を向いて自分の足で人生を歩む。


その為にも、今に妥協しないで、甘受してばかりでもなくて、歩む為の足場を作ろう。山あり谷ありの人生の、足がかりを作ろう。


そう考えた私は、古より存在してきている精霊達に相談する事にした。


精霊達は契約者の私に寄り添い、親身になって忌憚なき意見をくれるから。


私が、こう思っていると全て正直に打ち明けると、精霊達は頷き合い、一つの提案をしてくれる事になった。


「我が主よ、この方法は御身が危うくもなりかねませんが……ですが、主の今持てる力を最大限に活かすならば、これ以上の方法はありますまい」


「この世界には存在し得ない存在……我が主は、そうした者とも思われるようになるやもしれません。しかし、この力は搾取される事なく主に栄光をもたらすでしょう」


「ありがとう、皆。──決めたわ。これは私の意思で決意した事、だから皆に悔やませない」


それは、私の運命を大きく左右する諸刃の剣でもあり、私の力で幸せを取り込む為の、呼び水にもなるものだった。

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