世界崩壊憂懼危機(後編)
ゲストが研究医療団体サナバリティアの者だったからか、今回のコマーシャルはすべてサナバリティアの商品やサービス、セミナーの広告であった。
このコマーシャルタイムは十二分ほどと通常の二倍の時間が費やされ、問い合わせが殺到したほどのものだった。その問い合わせの回答がどのようなものだったのかは、都市部に根付くソーシャルメディアにすら現在まで不明のままである。
「ルーカス・ミラーです。特集は『歴史の塵』の第三部『
「よろしくお願いします。では、簡単におさらいしていきますね」
パテルは魅惑的な唇を微笑ませてカメラに向いた。
「『世界憂懼危機』『憂懼危機』などとも略される人類最大の汚点とされる『世界崩壊憂懼危機』は、埋没遺物から発掘された鉱物資源によってもたらされました。
その他様々な要因が複雑に絡み合い、自分たちで解決することができなくなった状態でもあったのです。その要因の一つが怪獣と呼ばれる未知の存在です」
饒舌に語るパテルに合わせて背景のスクリーンが動き出す。怪獣による襲撃を報道する見出し記事や、激しい戦闘の様子、戦場となった地域の凄惨な様子がいくつも映し出された。
パテルはミラーに促されるまでもなく語り始める。
「実は世界中で勃発した人類の戦争は、怪獣によって終結したという説が存在するほどに、彼らの襲撃は凄まじいものでした。
軍事力や戦闘力は指導者や司令部があってこそ成り立つものです。しかし敵味方が入り乱れる中にさらに怪獣の襲撃が入ることで、戦場は複雑化していきました。
怪獣の圧倒的な力もさることながら、人類側も自身の上長を撃つ、自身の司令本部を爆撃する、避難民を敵兵と見誤り掃射してしまうなどして大混乱が巻き起こったのです」
怪獣が人類の前に初めて姿を現した時期は定かではないものの、初の撮影記録は残っている。当時の人類は怪獣に対してどのような対策対処をすべきかを把握していなかった。
怪獣を刺激してしまう行動、陽動してしまう行動、成長を促してしまう行動。現代では適切な処理がマニュアル化されているが、当時はもちろんそのようなものなどない。
文字通り血で書かれたマニュアルである。
「この時代で人類が討伐に成功した最大のものは、尾を含む全長三八メートルに達するものだったと記録されています。
しかし激化する怪獣の襲撃に対し、人類は戦闘状態を続けることができなくなりました。
当時を生き延びた者たちの中に戦場の指揮を取っていた者はいなかったとされています。もしかしたら正体を隠して生き延びていたかもしれませんが、少なくともこの状況の責任を負うことができる者は誰もいなかったようです」
「義務教育で語られている部分ですね。いつの間にか戦闘指示を出していたものがいなくなったこと、それでも怪獣は各地に現れ襲撃してくることから、なし崩し的に戦争状態は解除されたと学びました。
多くの人々は住んでいた故郷を離れ、森や山などに一時的に避難をした。戦争用のシェルターに逃げ込めたのはごく僅かであることも共通認識です」
背景のモニターに当時の様子を描いた絵巻物や、撮影された画像が映し出される。十分な備えを蓄えてシェルターに避難した者の多くは、鉱物資源を多く持っていた者たちだ。それが今の勢力図の源流となっている。
パテルは美味そうにビネガードリンクを口に運んだ。
「怪獣は我々が認識している動物とは全く異なります」
背景のモニターが次の情報を提示する。一般的な哺乳類や鳥類などの動物と比較するように鉱物資源である黄金のエルオウと漆黒のバルクが映し出され、次に四枚の怪獣の画像が表示される。
「まず、彼らは生殖をしません。何らかの要因で『大量発生』し、そのまま群れという形を取り一斉に活動を開始します。
写真が出ていますね。これは出現頻度の高い小型に分類される怪獣です。単体での危険度は低いですが観測では最大で三十体からなる群れを作っています。
そして特徴的なのは外皮や体毛がそれぞれの鉱物資源に近しい色味をしていること。体つきは肉食獣のような爪を持ち四つ足で機敏に動くものと、コウモリのような皮膜と発達した足をもつものに二分されています」
「ここは我々も必修科目ですね。怪獣は鉱物資源のエルオウかバルクを心臓部にもち、外皮や体毛は宿した鉱物資源を示している。つまり討伐に効果的なエネルギーも観察によって明確にわかるということです」
パテルは静かに頷いた。
鉱物資源のエルオウを心臓部に宿して出現した怪獣は黄金、黄橙、褐色などの色味を持った体を持ち、バルクを宿した怪獣は漆黒、紫紺、群青などの色味を持つ。大きさが一メートルに満たない小型に分類される怪獣ならば特殊な武器など必要ないが、中型以上に分類される怪獣の場合には鉱物資源由来の武器を用いる。
その際、黄系統の色味ならバルク武器を、黒系統の色味ならエルオウ武器を用いる必要がある。同系統の武器による攻撃は吸収され、怪獣を成長させてしまったり過剰に興奮させてしまう要因になってしまう。これが武器の溢れていた大戦争時に怪獣を倒せず被害を大きくした要因であった。
パテルはチラと背景のスクリーンを見やった。
「この事実は、怪獣と鉱物資源とに何らかの因果関係があることを示唆していると考えられています。実際、怪獣はその身に宿したものと同じ鉱物資源を狙って襲撃するケースが多く記録されています」
発電所や燃料加工施設、通信の中継地点などがそれにあたる。怪獣は小型のうちに駆除すれば被害を抑えられるため、あえてダミーの設備を作りトラップを仕掛けているのが、現代の都市部では一般的な対策の一つとなっている。
「そういった設備があるところに人間がいることも理由にあると考えられていますが、宿した鉱物資源と同じエネルギーを受けると成長や興奮を促すことから、彼らにとっての成長は同系統のエネルギーを摂取することにあると考えられています。
成長とともに怪獣の群れは小さくなり、大型にまで成長する頃には単体で活動するようになります。これは群れで強い個体が弱い個体を捕食しているのではないかと考えられていますが、その様子が観察されたことはありません」
ちなみに一メートル以上、五メートル未満を中型、五メートルから十メートルを大型と分類している。それ以上の大きさに成長した個体は超大型、巨大、超巨大と分類されるものの、そこまでの個体は極めて稀有な存在である。大きく成長するにつれて攻撃性が増すばかりか、大型怪獣からは特殊な攻撃を可能にするものもいるため、怪獣の駆除は最優先事項だ。
背景のスクリーンの画像が変わり、今度は捕獲された小型怪獣の様子が何枚か映し出された。
「サナバリティアでは、怪獣の研究を進めることで彼らに対抗するための技術開発を行なっています。
しかし怪獣は生命活動を停止すると霧散してしまい、血液はもちろん骨格や爪、体毛の一つすら採取ができなくなります。鉱物資源には再生能力があり、怪獣も高い再生能力を有しますが、その速度は緩慢なものです。難しいミッションですが、人類の未来のために誇りある仕事をしています」
番組の進行はすっかりパテルのペースになっている。あからさまな態度にこそ示さないものの、ミラーはチラと視線を一瞬だけ横に外した。そしてまたぎゅっと一文字に口を結んでから質問を投げかける。
「怪獣の能力は多岐に渡りますが、現在ではどのようなものが観測されていますか?」
「一つは発火、放火です。口から炎を吐き出すというスタンダードなものから、外皮からの発火、触れたものを燃やすなどです。炎の色は鉱物資源によって変化します。延焼する場合があり、周囲環境によっては極めて広範囲への被害が懸念される能力です。
次に放電、帯電があります。特に放電は一瞬のうちに広範囲に影響をもたらすだけでなく、設備やシステムのダウンなどをもたらします。……他にもありますが、長くなるのでここでは割愛させていただきましょう」
補足情報は背景スクリーンの役割だ。スクリーンが表示したのは凍結と毒、身体の一部の異常発達である。いずれも甚大な被害をもたらすため、怪獣の発生が確認されたら可能な限り即座に対処することが求められる。また、発見した場合の報告は一般住民の義務である。
パテルは満足そうにビネガードリンクを飲み干した。
「熱くなってしまってすみません。語りすぎてしまったようです」
背景スクリーンが戻っていく。静かなホテルのラウンジの様子に少しずつフェードインしていった。
「とんでもございません。いま、改めて現代人が把握すべき情報が凝縮された、とても有意義な時間でした。ありがとうございます」
「皆様、いかがでしたでしょうか。これをもちまして、特集『歴史の塵』も幕を下ろします。今の我々の生活は、歴史あってこそのものです。正しく理解し、そしてより良い未来のために。我々にできることを今一度考えるきっかけとなりましたら幸いです」
番組終了を知らせるテーマソングもフェードインし始めている。
「ここまでお付き合いいただきありがとうございました。司会は私、ルーカス・ミラーがお送りしました。またの番組でお会いしましょう」
スタジオが盛大な拍手に包まれる。パテルは再び礼を見せ、ミラーもそれに倣った。番組はその後、研究医療団体サナバリティアの特別セミナーの案内に入った。
この特集『歴史の塵』は結果として高視聴率を叩き出し、視聴者から再放送を強く望まれたものの実現に至っていない。問い合わせは数多く寄せられていたが、関係者は揃って何も言わずに首を横に振った。
結局、民間人の間で録画していた者が違法にアップロードしては取り下げられ、法廷に連れ出されることになるばかりであった。繰り返しダウンロードとアップロードを繰り返した映像は画質の荒い状態になり、今や音声すら聞き取りづらい状況にある。
しかし文字起こしされたものは劣化しない。背景スクリーンの様子までは再現できないものの、どのようなトークが交わされたのかを知ることはできた。
番組放送当時は、番組関係者はもちろん、視聴者の誰もが出演者やその関係するものたちの未来を予想などしていなかった。現代はそれだけ、流動的なものだったのである。
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