21:赤い警備員 おかわり編

 それは悲鳴ひめいだった。

 しかも……今まで聞いた事の無い声。カコや先生たちのではない、もちろん赤い警備員の声でもない。


「な、なんだ? 3階から?」

「北の方……まずいわね。ちょっと予想外だわ……ぼーや。ちゃんと幼馴染ちゃんは家まで送り届けるから、荷物を持って家に帰りなさい。自由研究はこれだけ体験すればもう十分でしょ?」


 真剣な声音で夜音さんが俺にくぎを刺す。

 しかし、それに対して俺はうん、とは言えない!!


「だめだ! カコも一緒じゃないと!!」

「そうは言ってもねぇ……」


 髪の毛をくるくるといじりながら夜音さんは眉根まゆねを寄せて悩んでいるようだった。

 

「それに、まだ赤い警備員が……」


 俺を探しているから、カコに万が一出くわしたら危ない。


 ――ここかぁ! 


 ものすごい勢いで美術室の引き戸が開け放たれる。


「あ、ヤバい……鍵かけるの忘れてた」


 もはや赤い警備員とは? と思えるほど真っ黒に染まったその人影は……肩を上下に震わせこちらをにらんでいた。

 

「とりあえずぼーやは逃げなさい! 私は3階に向かうわ」


 そう言って夜音さんはふところから小さな球を取り出して、床に叩きつける。

 その瞬間、けたたましい破裂音と濛々もうもうとした煙が美術室に立ち込めた。


「な!? 癇尺玉かんしゃくだまだと!?」


 かんしゃくだま!? 何それ!! 腕で煙を防いでいる赤い警備員の直ぐ脇を、俺は身をかがめて通り過ぎる。

 

「あ、こら! いい加減逃げるのをやめんか!」


 やなこった!! どうせ夜音さんは消えたりして無事に逃げられるんだろうし、俺は俺でカコを探すだけだ!


「いーやーだーねー!!」


 捨て台詞を残して再び俺は廊下へ飛び出す。

 腕時計を見るともう午前2時を過ぎていた……もうこんな時間!? 俺は階段に向かって一目散いちもくさんけた。その背後にはもちろんあの赤い警備員がぴったりと追いかけてきていて……本当にしつこいな!?

 ポケットには相変わらずカツラが残されていて……いよいよの時はこれをおとりにしようと決断けつだんする。


 しかし、俺はある事を思いついて考えを変えた。

 ここは4階……いわゆる最上階なんだけど……屋上がある。

 普段は生徒が立ち入れない様に屋上のドアは鍵がかかっている……だからこの階段、上には基本的に生徒はいかないのだ。

 もしかして……ここで何か囮を使えばやり過ごせるのではないだろうか???

 一階の所でカコが使った手と同じだが、状況を考えたら割とうまくいくんじゃないか。


 そう思いついた俺は回収してもらったばかりの懐中電灯をつけて、階段の下り側に置いた。

 そしてそのまま引き返して屋上へと向かう。折り返しの所にしゃがみこんでそっと階段をうかがうと……俺の置いた懐中電灯を見つけてうまい具合に下の階へとゆっくり降りていく。


「む、また下か……まったく……なんで今日はこんなにも……もうすぐ空調服くうちょうふくのバッテリーも切れてしまうではないか」


 ……あのこもった空気音、空調服だったんだ。

 まあ確かに……今日の夜はマシだけど、ここ最近暑いもんなぁ……。

 ぺたぺたと赤い警備員が降りていく足音に交じって、その愚痴ぐちも俺の耳に届いてくる。


「それにしてもすばしっこい……わが校の生徒は元気があって良い事なんじゃが、それがあだになるとは」


 ……わが校の生徒???

 あんな先生居たっけ……うちの学校の先生みんな髪の毛ふさふさなんだけど?

 でも、この声……妙に聞き覚えが無い訳でも無いんだよなぁ。

 

「それに、あの不良少女も何処に行ったのやら……学校の周辺だけならまだしも校内に入り込んでるなんて」


 夜音さん、絶対捕まらなさそうだな……このままやり過ごしてカコの所まで行ければいいんだけど……。

 3階に降りる赤い警備員を見送り、俺は屋上の扉の前で一度座り込む。

 さっき転んだ時に首から下げているカメラが壊れてないか確認しなきゃ……そう思っての事だったんだけど。


 ――からん!


 座り込むお尻に何かが当たり、転がって結構な音が鳴り響く。

 その感触と音から……多分空き缶か何かだ!! まずい!!


 ――まさか! りもせずまた同じ手か!? 


 ですよねー!?

 流石に何度も使ったら警戒されますよねー!! それ以前になんでこんなところに空き缶が……と思ってよく見たら、周りには大小様々な缶や鉄パイプ……工具の箱が並べられている。

 その道具類には〇×工務店、と書かれていて……学校で何か工事をしている事はすぐに思いついた。


 その人たちの缶だ……きっと片付け忘れていたんだろう。


「見つけたぞ! 屋上に逃げ込もうとしても無駄だ! 鍵がかかっておるからの!!」


 赤いライトが俺の隠れている周りを照らし出し、いよいよ逃げ道が無くなった。

 でも……ここに道具や空き缶があるという事は……屋上の鍵が開いている可能性だってある。

 一か八か、どの道このままじゃあ捕まって死んでしまう……事は無いかもしれないけど。怖い目には会うかもしれない!

 そう思った俺は屋上へと続く扉のドアノブを掴んで思いっきり捻る!!


 ――カチャ


 思ったよりもあっけなく、ドアノブが下がってドアが開く。


「やった!!」


 これで屋上に出て外から鍵を掛ければ少なくとも追いかけられはしない。

 もちろん赤い警備員にも気づかれているけど……この距離なら俺の方がはるかに速いはず!

 飛び込むようにドアを身体で押し開け、俺は屋上へ飛び込んだ。


「こら待たんか!! 生徒は立ち入り禁止だぞ!!」

「しってるよ!!」


 首だけ振り向いてあっかんベーを返し、大急ぎでドアを閉めようとするけど。思ったより屋上の床はつるつるで踏ん張りがきかなかった。

 

「うおっ!」


 そのままドアから手が離れ、まっすぐ突っ込んでしまった先に……人影が見える。

 それも……暗闇の中でもはっきりわかる白いワンピースに真っ白なベレー帽……ただし。

 でかい!!

 俺の父さんが身長180cmだけど……明らかにそこから頭二つ分は背が高い女の人が驚いたようにこちらを見ていた。


「ぽ!?」

「うわわわぁ! どいてどいてどいてぇ!!」


 前のめりになった俺は成す術無すべなくその女の人に真正面から突っ込んでしまう。

 丁度、その人のお腹のへそ辺りに頭突ずつきになるような形で!!

 そして、予想通り俺はその人の鳩尾みぞおちに一撃をお見舞いしてしまう。


「ぐぽっ!?」


 とても酷い悲鳴を上げてその女の人は身体を苦の字に曲げたのがわかってしまった。

 だってものすごい勢いでぶつかったもん、俺。

 丁度柔らかいお腹のクッションのおかげで、痛くもかゆくもないけど申し訳なさと甘い香水の匂いで顔が熱い。


 ――ごちん!!


 ……ん?

 

 ごはっ! と濁声だみごえが聞こえたとほぼ同じタイミングで俺はその巨大な女の人にのしかかられて潰れた。 

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