20:赤い警備員 雲隠れ編

 俺は4階を爆走ばくそうしていた。


「うわあああぁぁぁ!?」


 椅子を土台に廊下を駆け抜けて一心不乱いっしんふらんに前へ前へ進んでいく。

 懐中電灯はさっき転んだ時にどこかへ落としてしまうし……夜音よねさんのスマホはカコが持ってるし……何よりもう水鉄砲の残りが4分の1程まで無くなってしまったのだ。


「オイテケェェェエエエエエエエ!!」


 もう赤い警備員なのか怪異かいいの置行堀(おいてけぼり)なのか……訳がわかんなくなりそうな背後の恐怖はさらに恐ろしさを増している。


「何なんだよ一体! 魚じゃねぇんだぞ俺が持ってるの!!」


 そう、置行堀おいてけぼりと言う怪異は確か……釣った魚を置いていけぇ! と言う話だった。

 いろいろと今回自由研究をやるにあたって調べたんだ……って胸を張りたいけど!? そんな場合じゃないんだよ!!


「ソレハオイテケボリダァァァ!!」

律儀りちぎに突っ込んでくるぅ!?」


 大騒おおさわぎの逃走劇はすでに4階を何周もしている、時には階段を駆け下りて本気で引き離そうとしたけど……なぜか赤い警備員は先回りやショートカットなど学校の地理にやたらと詳しい。


 何度も捕まりそうになりながら俺はすんでの所で逃げ惑っていた。


「ワタシノカツラァァァァァ!!」


 もう何度もこのかつらを捨てたいと思っているんだけど……これ、絶対返したら今度は『秘密を知った者は消す』とか言い始めるのは目に見えている。

 それ位、鬼気迫ききせまった追跡をしてくるんだよ!!


「だ、誰か助けて!!」


 いい加減、走りっぱなしで足が疲れてきた。

 カコも何処にいるのか分からない、どこかに身をひそめたいけど……そんな余計な事を考えていたせいで俺はある事を忘れてしまう。


 ――ずるっ!


 廊下をしっかり掴んで、俺の身体を前に前に押し出していた足が滑って宙に浮いた。

 汗じゃない……これは!


「墨汁!? しまった!」

「やっと引っかかったなぁ!」


 ……もしかして4階に追い詰められていたって事か!?

 意外と頭も良いぞこの赤い警備員……いや、本当に警備員なのか!?

 しかし、そんな事を考える暇はない。


「うわぁぁ!!」


 俺が進んでいく方向はちょうど階段で、降りる方向だった。

 そこで転んでしまうとなると……そのまんま階段から落っこちてしまう。それを理解した上で手を床に当てて止まろうとしても一向に速度は緩まない。


「!? いかん!」


 なんで俺の心配してるんだよ。あ、警備員だから当たり前か……でも赤い警備員だしなぁ。

 これが矛盾と言う奴なのだろうか???

 なんにせよ、警備員の声を聴きながら俺は下りの階段に飛び込んでしまう。一瞬の浮遊感、きっと段差に全身をしこたま打ち付けるんだろうな。と覚悟を決めて身をちぢこませる。


 ゆっくりと流れる廊下の景色、ほんの一瞬……垣間見かいまみえた手を伸ばす赤い警備員の顔は……なぜか良く見知った顔な気がした。


 ――おっとあぶない。


 ふわり、と階段へ投げ出された俺の身体を……何かが抱き留める。

 白と黒の帯が俺を柔らかく包み……俺は意識を失った。




 ◆◇―――◆◇―――◆◇―――◆◇




「あれ?」

「お、目が覚めた。いやぁ、危なかったわねぇ」


 眼を開けると、にんまりと笑う白と黒の髪をした美少女の顔が目の前にあった。


「あれ?」


 頭は柔らかい何かに乗っていて……花の香りがする。


「冷や汗かいたわ全く……追いついてみたら階段から転げ落ちる所だったんだから」

「え、あ……そうだ、俺……なんで?」


 頭が追いつかない。

 確かに俺は赤い警備員に追いかけられて4階の階段から転げ落ちそうになったんだけど、ここはどこだ? 首をひねって周りを見渡すと最初に目に入ったのはへそだった……。


「首回すのなら起きてやってくれる? あたしのへそしか見えないわよそのままじゃ」


 ……どうやら膝枕されているみたい。

 夜音さんに言われた通りに起き上がって改めて見回す。


「うおっ!?」


 ぐるりと見渡したらいきなり目の前に真っ白な男の顔が出てきて、思わず声が出てしまった。


「あっはっは、それ石膏像せっこうぞうだよ。目は覚めた?」

「石膏像って……ここ、美術室?」


 左手にこつんと当たるライトを灯して、教室の中を見渡すと描きかけの絵にモデル代わりの石膏像やマネキンが整然と並んでいる。

 でも、なんでここに?


「さすがに階段から落ちたら危ないから、一番近いこの部屋に跳んだのよ。懐中電灯も回収してあげたんだから感謝しなさい」

「あ、これ……」


 確かに俺が握るその懐中電灯はさっきの逃走中で落としたものだった。


「ぼーやの幼馴染ちゃんに頼まれたから合流するところだったのに、危うく怪我させちゃうところだったわ」


 ひやひやしたわよ、と夜音さんは手を振りながら俺に現状を説明してくれる。

 どうやら助かったらしいのは間違いない、本当に夜音さんには感謝しかなかった。


「ありがとうございました」

「素直でよろしい、で……何に追いかけられてたの?」

「赤い警備員……だと思う」

「赤い警備員って……何それ」

「学校の不思議……です」


 深夜十二時、学校を徘徊する赤い服と帽子をかぶった警備員。

 それに出会うと笛を吹きながら追いかけてきて、捕まると死んでしまう……運良く逃げられたとしてもその眼を見てしまうと7日後、不自然な死を遂げてしまう。


 唯一の撃退法げきたいほうが『墨汁』をかける。

 その赤い服を真っ黒な墨汁で汚れるのを何よりも嫌う警備員は逃げ出す……そう言った説明を掻い摘んで夜音さんに答えた。


「ふぅん……私は初耳だけど。最近の怪異なのかな?」

「後は八尺様とか、四次元婆とか……トイレの太郎さんとか」

「……それ、花子じゃなくて? 初めて聞いた時は訳わからなくて聞き違いなのかと思ったわ」

「トイレの花子さんの彼氏がトイレの太郎さん……うひっ!?」


 なぜかトイレの花子さんの事を話した瞬間、背筋につつーっと冷たい何かが通り過ぎる感覚に襲われた。


「花子に彼氏ねぇ……さすが令和。知らない不思議話ばかりだわ」

「昔は走る二宮金次郎とかもあったんだって父さんからは聞いてるけど……二宮金次郎の像って見たことない」

「……そう言えば見ないわねアイツも」

「ベートーベンって目が光るの?」

「……それだけで怖がる子、今どきいないわよねぇ。LEDの豆電球で簡単に作れちゃうからテレビのドッキリ企画扱いだし、世知辛せちがらいわぁ」


 そう言って夜音さんは頬杖ほおづえをついてため息を吐く、俺がどけたので床に胡坐あぐらをかいているが相変わらずのパンクファッション。

 

「で、夜音さんは怖い話の癒し枠……座敷童なんですね」


 もう認めるしかない。

 あの状況で赤い警備員をけむに巻くように逃げ出せるのは……ただの人には無理である。

 そんな俺の言葉に、夜音さんは耳元まで裂けるような笑みを返した。


「やっとわかったようね、ぼうや」

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