11:小森家のカレー 母騙し編

 結局、あの後学校からは帰された。

 男の先生も呼び出されて不審者狩ふしんしゃがりが始まったのである。当然だが小学生の出るまくは無い。

 昨日はガラスが割られて、次の日は不審者……なんか変だよなぁ。

 なんとなく、あやふやな考えだけど……カコの意見が聞きたかった。


「どうなってると思う? カコ」

「わかんないけど……これ以上は危ないんじゃない? 白と黒の髪の女の子の上に赤い警備員、後……もしかしたら2階の窓を割った犯人も別にいるかもしれないんだし」

「……そこなんだよなぁ」

「何が?」


 カコが不思議そうに俺の顔をのぞき込む。

 今日はカコは俺の家にお泊りである、カコのお母さんがゲリラ豪雨で道路が冠水かんすいした場所で足止めをされてしまい……帰れなくなってしまった。

 母さんがそれなら久々にとまっていきなさいと半ば強引に決めてしまう。


 まあ、そのおかげで晩御飯は大好きなカレーライスなのだから文句はない。

 

「カコ……2階の窓が割れてたところ見たか?」

「え?」


 父さんは仕事で学校に行っていて、母さんは洗い物をしている。

 丁度俺とカコは居間で今日確認した黒電話についてまとめていた。

 

「見て……ないかな」

「だよな……」


 声を小さくして、台所をうかがいながら俺はカコに確認する。

 なんでこんな事を思ったかと言うと……今日の帰りの時だった。


 学校の三階から俺たちは降りてきたのだが、その時に妙な事に気づいたんだよ俺。

 三階から降りる時、職員用出口に行かなきゃいけないからって二階の渡り廊下を通るんだけど……あれだけ激しいゲリラ豪雨ごううがあったにも関わらず、どこも濡れてなかったんだ。

 業者さんが直したって先生は言ってたけど……本当に? 一日足らずで直る物なのかな?


「実は……」


 俺はつまんで気づいた事をカコに話して、絵に描き起こす。


「なるほど。さすがユウキ……実は結構見てるよね」

「だろ? で、やっぱりなんか変だよな?」

「うん、二階の窓が……割れてないんだとしたら……」


 カコが母さんの方をこっそりとのぞき見る。

 俺は怪しまれない様にそこにはれずに小声でひそひそ話を再開した。


「すすり泣くプールも職員室の黒電話も……先生が不思議の始まりだったじゃん」

「そうだね……」

「もしかしてさ……何かをかくすために、わざと流したんじゃないかなって思うんだ」

「……ユウキって時々おじさんとおばさんみたいに鋭いよね。普段あんなに鈍感どんかん太郎なのに」

「……お前、なんか夏休みになってから言いたい放題じゃね?」

「気のせいだよ。ほらほら、どうするの?」


 そんなの決まっている。


「こっそり忍び込む。夏祭り前にこの自由研究含めて宿題を終わらせる」

「忍び込むって……真夜中じゃないと確認できない不思議だってあるよ?」


 そう言ってカコは俺が描いた学校の不思議の絵をクリアファイルから取り出して並べる。

 時間順にまだ調査していない3つ。


 1:踊る人体模型 発生時刻は21時21分

 2:赤い警備員 発生時刻は夜の12時ちょうど

 3:トイレの太郎さん 発生時刻は午前3時33分

 

「この3つ……全部夜中じゃない。だからユウキと私、ユリちゃん先生と一緒に保健室に泊まるって事でOKもらったよね?」

「一日で3つは無理かな?」

「……時間的にはできなくなさそうだけど、ばれたら大目玉だよ? どうしてもこの自由研究じゃないと駄目かな? 幽霊はいないって証明したいんだよねユウキは」


 やんわりと、もうこれはあきらめて別な事やろう? とカコは俺に言う。

 でも、これは絶対にやっておきたいんだ。


「じゃあ誰がこの不思議……伝えるんだよ」

「伝えるって……」

「俺たちの学校、俺たちが卒業したら無くなっちゃうだろう?」

「うん」

「新しい学校に……と言うか隣の学区の学校と一緒になるんだって、そうしたらあの学校の建物無くなっちゃうじゃん。せめて……残しておきたいなあって、幽霊なんて怖い物じゃなくて……先生や俺たちが『作った』不思議をさ」

「ユウキ……」


 これが俺の自由研究の目的、だってこれ優秀賞ゆうしゅうしょうだったら卒業アルバムに乗るんだってユリちゃん先生も言ってたんだ。これしかないと思ったんだ。

 そんな俺の決意を聞いて……カコがしばらく悩んでいる。

 

 かちゃかちゃと母さんが食器を洗う音と、テレビのバラエティ番組の笑い声……そして食後のジュースの入ったグラスの氷がからり、と音を立てたころ。

 一口ジュースを飲んで、カコがにたり、と笑う。


「どうせ勝手にやろうとするでしょ。ユウキは……なら、ちゃんとお目付け役がいないと駄目だよね。しょうがないなぁ……私も一緒に怒られてあげる」

「へへ、ありがとな」

「あーあ、夜の学校に忍び込むなんて不良なんだから。おばさんとおじさんになんて言われることやら」

「お前のお母さんに拳骨げんこつ貰いそうだな俺」


 カコのお母さんはカコをそのまま大人にしたような雰囲気で、すごく綺麗きれいな人だけど……なんか俺には偶に辛辣しんらつなのでちょっと怖い。

 

「ユウキ、そんなに怖がらなくても……」

「え? 顔に出てた?」

「この世の終わりみたいな顔してたよ? こう」


 カコが両手で目じりを下げて口を縦に開いて……俺そんな顔してないだろう。絶対。


「ほらほら二人とも! もうこんな時間なんだからお風呂入っちゃいなさい。華子ちゃんは着替え預かってるので良いわよね? 勇樹は自分で用意する! ごーごー!」


 いつの間にか母さんは食器洗いを終えて、台所から声を上げて俺たちをお風呂に入れようとする。

 テレビの時刻を確認するともう夜の8時半、そろそろお風呂に入る時間だった。 


「さすがに俺は後で良いよ。カコ、上がったら教えてくれ……部屋に居るから」

「はーい、おばさん! 一緒に入ろう!」

「あら! 華子ちゃんとお風呂は久しぶりねぇ! まってて、すぐ準備するから!」


 ちょろい母さんを華子が見事に誘導ゆうどうする。

 これで家の中で自由に動けるのは俺だけだ。上手くやったカコに俺はこっそり親指を立てて笑顔を返す。

 カコも当然それを承知しょうちで母さんをお風呂に誘ったので、よろしく! とばかりに左手をおでこに当てて敬礼のまねごとをしてきた。


 そうして俺は居間のテーブルの不思議を描いた絵を集めて部屋に持って行く。

 カコも俺の分のジュースのグラスまで流し台に持って行って母さんと楽しそうに話しながらお風呂場へ向かっていった。


 さあ、準備の時間である。

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