10:職員室の黒電話 応用編 赤い警備員

「ユリちゃん先生!」

 

 薄暗うすぐらい学校の中をユリちゃん先生の悲鳴を頼りに追いかけると、3階の理科室に鍵をかけてユリちゃん先生が隠れていたのを発見した。

 多分、目黒先生が出てきた時に開いてたのを見つけて立てこもったんだろうな。


「由利崎先生、大丈夫かい? なんかすごい声出してたけど」

 

 理科室の電気をつけて目黒先生が駆け寄ると、ユリちゃん先生は理科室のすみっこに体育座りしておびえていた。その様子から何かあったことは間違いなさそう。でも……一体何が?


「み、みみ、みんなぁ!! めぐろぜんぜいぃぃ!!」

「うわっぷ!?」


 小柄な目黒先生がユリちゃん先生に抱き着かれてひっくり返る。


「由利崎先生! ぐるじ……い!!」


 ……ユリちゃん先生力強いから痛そうだな。

 

「ユリちゃん先生! それ首をめてます! ユウキ、目黒先生が死んじゃう!」

「はいはい……」


 俺は問答無用でユリちゃん先生の背後に回ってわきに狙いを定める。

 悪く思わないでくれ、ユリちゃん先生……正面からじゃ絶対に勝てないんだ……。


 両手でユリちゃん先生の脇腹を全力でくすぐる俺、これ、一昨年の体育祭でユリちゃん先生が生徒皆にやられて最大の弱点だと自分で言ってたので間違いなく効くだろう。

 

「ひヴっ!? にゃははは!! やめ! あはははははは!!」


 あっという間に目黒先生の拘束こうそくを解いて泣きながら笑い始めるユリちゃん先生。

 カコがなんてひどい事を、と非難ひなんしながら、自分の両脇りょうわきを腕を抱える様にガードする……大丈夫、お前には絶対しない。だって遠慮えんりょなくなぐって来るもん!!


「いやぁ、助かった……死ぬかと思ったよ」


 けほけほとむせながら目黒先生は白衣についたほこりを払って立ち上がる。

 まあ俺もすぐにユリちゃん先生をくすぐるのをやめたのに、すごい顔でにらまれているんだけど……助けてくれるよな?


「私も死ぬかと思いましたぁ」


 ガシッと俺の頭をつかんでぎりぎりと万力の様に力を加えるユリちゃん先生。

 何気なにげに痛いんですけど!?


「まあ、コーヒーでも飲みながら何があったか聞こうかな。先生のクラスの生徒さんだろう? この二人」


 のどをさすりながら苦笑して目黒先生が提案ていあんしてくれる。

 そんな目黒先生にユリちゃん先生はじろりと俺を睨んでから説明した。


「ええ、ウチのクラスの薄情者はくじょうものとお目付け役の名物コンビです」

「「酷くないそれ!?」」


 この場合、薄情者って俺だよな……心当たりしかない。

 お目付け役は……なぜかまんざらでもない顔してんじゃないよ……突っ込みづらいじゃんか!!


「……(三人であんぽんたんって呼ばれているのは内緒にしておこう)」

「目黒先生? なんか失礼なこと考えてません?」

「気のせいじゃないかな? 由利崎先生はカフェオレ、君等は……ラッキーだね。ラムネサイダーがあるよ(由利崎先生、こういう時#だけは__・__#鋭いんだよねぇ)」


 理科室の薬品保存用の冷蔵庫からペットボトルのコーヒーと俺達用に……何あれ。


「先生、このびん何? なんかガラス玉で塞がってるんだけど……どうやって取るんだよコレ」

「え!? 今の子もしかしてやったことない!? 由利崎先生!!」

「目黒先生落ち着いてください、私の子供の時はまだポピュラーでした!!」


 なんか途中で細くなって変なくぼみがある……確かに中にはしゅわしゅわと泡を立てる炭酸ジュースが入ってるけど……どうやっても取り出せなさそうだ。

 そんな俺を先生たちは信じられない!! と言う顔で見てくるけど……わかんない物はわかんない。多分カコだってわかんないだろうと思ってとなりを見ると……ぽん! と良い音を立てて瓶の頭を両手で押さえていた。


「何やってんだカコ」

「え、ビー玉落としてるんだけど?」


 そんな何言ってんのみたいな顔で見ないでほしい。

 よく見ればカコの瓶の中にビー玉が落ちていて、くぼみの所でころころと往復していた。

 ……これじゃ飲むとき瓶の口がふさがるじゃないか。


「それじゃ飲めないじゃん」

「……ユウキ、これ飲んだことなかったっけ?」


 しばらく両手で押さえたままの瓶から手を放し、丸いふたに出っ張りが付いたもの俺に差し出すカコ。

 よく見たら俺の瓶にもそれは乗っかっていて……そっか、これを押し込むと球が落ちるんだ。


「これを使って押し込んでみて」

「わかった」


 でっぱりをビー玉に当てて力いっぱい押し込むと、案外あんがい簡単に落ちる。

 

「何だ簡単じゃ……ああああ!」


 するとしゅわしゅわと泡がき出てきてせっかくのサイダーがこぼれてしまった。

 慌てて口を当てて吸うけど……時すでに遅し……Tシャツが……。


「あはは! やっぱりやると思った!!」

「あ! カコ!! だからお前押さえてたのか!?」


 さっきのカコの様子を思い出して俺は自分の失敗を知る。


「……勇樹君、本当に見たことなかったんだ」

「世代だねぇ……まだ若いと思ってたんだけど」


 なんか先生2人が心にダメージを負っているけど……それはさて置き。

 ここからどうすればいいんだろう?

 首をかしげる俺にカコが手本を見せてくる、ニコニコ笑いながら瓶のくぼみにビー玉をうまくひっかけて飲んで見せた。


「なるほど……」


 真似をしてみるけど、偶に玉が口元に転がってきて塞いでしまう。

 

「の、飲みづらい」

「慣れれば簡単だよ、でもぶきっちょユウキじゃ無理かなぁ」

「良いんだよ、初めてなんだから……所でユリちゃん先生。何に怯えてたの?」


 話題を逸らすためにユリちゃん先生に話題を振った。

 お……なんかいつものサイダーよりおいしい……気がする。それはどうでもいいけど、思い出したかのようにユリちゃん先生がコーヒーを飲みながらその原因を話し始めた。


「それが……黒い影に追いかけられると思って思いっきり走ってたの。一階に降りて一周して、それから三階に上がってまた下がろうかと思ってたんだけど……」

「「「けど?」」」

「北校舎の三階に美術室あるでしょ? あの前を通った時につまづいて転んだの……ほら、ジャージのひざの部分こすれて溶けちゃった」

「溶けるほどスピード出てたんだ」

「さすが体育教師」

「廊下の床無事でしたか?」


 俺、目黒先生、カコの順で感心してみたり学校の床の無事を心配する。

 そんな俺たちの発言が不満なのか、ユリちゃん先生のこめかみに青筋が見えてきた。


「とにかく! その時にね……真っ赤な服を着た男の人にぶつかって……こう、なんか警備員みたいなきっちりした服で……その、つい驚いて叫んだらその人に追いかけられちゃって……逃げてたの」

「顔見てないの?」

「さっきまで暗くてよく見えなかったし、帽子もかぶってたし……怖くてすぐ逃げちゃったし」


 若干申し訳なさそうなユリちゃん先生だけど、それは仕方ないと思う。

 でも、それを聞いて目黒先生ぽつりとつぶやく。


「それ、赤い警備員けいびいんじゃない?」


 遠くの方で落ちた雷の音がその言葉と共にずんと俺達にのしかかった。

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