5.妻と幼馴染
「今日はマジでありがとな」
すっかり暗くなった駅までの道を心奈と一緒に歩く。
「いえいえ。あーあ。せっかく
頬を膨らませた心奈が
母親である久美子はどうやら残業が長引いているらしく、19時を回っても帰ってこなかった。
「母さんにはハンバーグを作った人が会いたがってたって言っとくよ。ま、あのハンバーグ食べたらぜひ会いたいって絶対言うと思うけど」
「えへへ。気に入ってくれたようだね」
「ああ。今日からオレの好きな食べ物がハンバーグになるほど美味かった」
「そう言ってもらうと作った甲斐があるよ。京ちゃんが良ければまたいつでも作ってあげるよ」
「マジ!? っしゃ!」
本気のガッツポーズなんてしてしまったのはいつぶりだろうか。
ちょっと恥ずかしくなって隣に視線を送ると心奈が笑っていた。
「およ?」
そんな心奈が気の抜けた声を上げて足を止める。
「どした?」
「や、あれ......」
心奈が指差した先、前から歩いてくる少女に鼓動が跳ねる。
揺れる黒髪、凛とした
歩くだけで絵になる少女もこちらに気づいたようではたと目が合う。
「あっ京介」
飛鳥の格好は制服で、背中には部活道具が入っているのだろう大きなリュックを背負っている。
「よ、よう......今帰りか? 遅いな」
「うん。練習試合の後の反省練が長くなっちゃってね」
久しぶりに片思いの相手と話したせいか、声が裏返ってしまって恥ずかしい。
それを見逃さない心奈が吹き出したので、軽く肘で脇腹を小突くと、飛鳥の視線が京介から隣の心奈に移る。
「えっと、その人は......彼女さん?」
「はあっ!? 違う違う! なんでそうなる!?」
「.........なんでって、なんか親密そうだし」
親密そう......に見えるのだろうか。
よくわからないが、話しているのに何故か飛鳥は一切京介の方に目を向けてくれない。
なんとかしてくれの意味を込めて隣のちっこいやつに視線を送ると、自信を感じる表情で小さく頷いてくれた。
「初めまして。あたしの名前は九重心奈です。京ちゃんとはクラスメイトで......」
「京......ちゃん? ただのクラスメイトでそんなあだ名で呼び合うなんて仲良いのね」
ピクリと形のいい飛鳥の眉が動く。
なんかよく知らんが琴線に触れたようだ。
心奈もそれに勘づいたらしく、慌てるように手足をバタバタし始めた。
「ああっ、えっーと、京ちゃん......じゃない、京介くんとは恋人同士とかではなくて、結婚してるっていうか......」
「結婚?」
「うおおおいっ!?」
混乱してる心奈の口を慌てて塞ぐ。
「飛鳥。これは違う。マジで違うんだ。こいつ虚言癖があってさ......」
「お邪魔したみたいね。さようなら」
心奈の口を塞ぐ京介の横をスルーして飛鳥が言ってしまう。
不快。
何故か飛鳥の表情にその二文字が張り付いていた。
誤解を解きたい。なのに身体が動かない。
背後に聞こえる飛鳥の足音が遠ざかっていく。
「京ちゃん! 追いかけて!」
京介が塞いだ手を自力で退かした心奈が叫ぶ。
「でもお前は......」
「あたしは大丈夫だから! それより今は夢咲さんの誤解を解くのが大事だよ! ......ごめん。あたしのせいだ」
「......わかった! 気をつけろよ!」
笑顔で手を振る心奈に背を向け、暗がりの向こうに消えた幼馴染を追いかけた。
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