第12話 クラス内ひかり戦争(深堀らない)

 学校に着くと、心ちゃんは既に登校して本を読んでいた。


 俺はそちらを一瞥してから、気配を消して、恐る恐る自分の席へと向かう。


 ここまで来るだけならまだ良かった。おそらく俺がテレビに映ったのは一瞬で、街を歩いているだけでは誰にも気づかれないだろうから。だが、学校となるとそうはいかない。俺とよく関わっている友達も多いし、俺がハートさんと協力していたことに気付いている者は少なくないだろう。


 ……一番怖いのが、心ちゃんの言動。


 心ちゃんが、俺とダークさんが協力関係であることを言いふらしていたら、周りが俺をどんな目で見るか、分かったものではない。


 もしそうなったら……学校をやめて、一生社会と敵対していく覚悟だって必要になってくるだろうな。


「よっ、ひかり」


「うおっ⁉ や、山田か……」


「なんだよそんな驚いて。それよりも、昨日は大丈夫だったか?」


「き、昨日って……?」


「探偵ハートに連れていかれただろ? それからずっと出てこないし、気づいたら怪盗ダークも探偵ハートも藤堂家を出たって話だし……本当に心配だぞ? どこに行ってたんだよ」


「……ごめんね、心配させて。俺はハートさんにたまたま顔覚えられてたみたいでさ。昨日だけ急遽、裏方を任せられたんだよ」


「なんで探偵ハートに顔なんて……って、そうか」


「え? なにか納得した?」


「どうせお前のことだ。気づかない内に探偵ハートすら助けてたんだろ。それで探偵ハートはお前の顔を覚えていたと。お前にもそろそろ運が回ってきたんじゃないか? 今度はお前が幸せになる番だってな」


「そうかな。だったら良いんだけど」


 今の状況が幸福か不幸かと問われると……世間のことを考えると難しいところだけどな。まあ、俺的にはダークさんと会ったことも、助けたことも後悔してないから良いけど。


「んじゃ、俺ちょっくら飯食ってくる」


「ここで朝ご飯? 家で食べてこなかったの?」


「お前が心配で喉を通らなかったんだ。だが、今大丈夫だと分かって食えるようになった」


「あー……それはごめん」


「気にすんな。んじゃ、今度はもっとマシなところ遊びに行こうな」


 そう言って自分の席に戻って行く山田。これは、山田にはダークさんのこと絶対に話せないな。


 それにしても、どうやら心ちゃんが俺のことを誰にも言っていないようで良かった。これでひとまずは安心。あとは、心ちゃんがこれからも秘密にしてくれるのを祈るだけ。


 そうして自分の席へと目を向けると……心ちゃんが座っていた。


 こ、これはつまり……話しかけろということだよな……


 昨日は心ちゃんを完全に裏切った形になったし、正直かなり気まずい。帰りたい。


 だが、ここで話しかけないという選択肢があるはずもなく……


「こ、心ちゃん」


「ひかりか。おはよう」


「おはよう……えっと、心ちゃんはどうして俺の席に?」


「大した理由など無い。強いて言うならば、おぬしとできる限り一緒に、近くに居たいからというだけじゃ」


 お、おおう……直球だ……


「なんじゃその顔は。ワシはなにか変なこと言ったかの?」


 はいとっても。


 ……なんてことは言えないわけで……


「う、ううん。俺も心ちゃんとは話したかったから」


「そうか。つまり相思相愛というわけじゃな」


「違うから……って、心ちゃん? なんか座り方変じゃない? なんで横半分しか座ってないの?」


「おぬしも座るじゃろ?」


「す、座らないよ!」


「なんじゃつまらん」


 それから心ちゃんは、ドカッと座り直した。


「さて、今日はなにを話そうかの。今日はちょうど仕事が無い。朝に休み時間に放課後に、時間ならたっぷりあるぞ」


「めっちゃ話すつもりじゃん……そういえば、なんだか口調変わった? 元々大人っぽかったけど、今はなんだか……」


「年寄りみたいか?」


「そ、そうは言ってないよ!」


「なに、自分でも分かっておる。というか、だから口調をできる限り普通のものにしておったのじゃ」


「それって、俺の為に?」


「あくまで、おぬしと一緒に居たい、己の為じゃがの。少なくとも、この口調は女子高生としては異様なものであろう? こんな年寄りのような話し方ではおぬしに引かれてしまうと思った」


「そんなことで引かないよ。むしろ良いなって思った」


「おぬしはそうやって、簡単に人を褒めるからいかんな。まあ、そうして普通の口調でおったわけじゃが、どうやらおぬしは異様な者を好むらしい」


 異様な者って……ダークさんのことか……


「じゃから、ワシも本来の口調に戻したというわけじゃ。これで多少はおぬしの気が引ける」


「……それが心ちゃんにとって良いことか悪いことか分からないし、もしそれで心ちゃんが無理してるなら謝るよ」


「素を見せておるだけじゃ。無理などしておらん」


「だけど、正直ちょっと嬉しい」


「嬉しい?」


「心ちゃんが素を見せてくれてさ。なんだかこれまでよりも仲良くなれたみたいで」


 そう言うと、心ちゃんはしばらく黙り込んだ。あと、とても顔を赤くしている。……それでも俺から視線を逸らさないので……なんだかこっちまで照れてきた……


「そ、そういうことなら、ちょっとじゃなくて全力で喜ばんか……いや、良い。この話はやめよう。ワシがもたん。……ああ、そうだ。昨日のこと、ワシは誰にも話しておらんし、話すつもりはないからの?」


「え、良いの?」


「ワシの目標は、おぬしと一緒に生きていることを自慢しながら生活していくことだ。おぬしが警察に捕まってしまえばそれも叶わん」


「ど、どういう意味か分からないけど、とりあえずありがとう……」


「それに、おぬしはワシの相棒じゃからの」


 ぐっ……やっぱりダークさんが言っていたこと気にしていたのか……


「なあおぬし、やっぱりワシの元に来ないか? 正式にワシの相棒になり、怪盗ダークを捕まえようではないか」


「……それはできないよ」


「なぜじゃ? そもそもおぬしはなぜ、怪盗ダーク側におる」


「なぜって言われても……一度助けた以上、ダークさんを突き放すことなんてできないし、ダークさんはもう俺の友達だ」


「ワシは? ワシは違うのか?」


「もちろん心ちゃんだって友達だよ。だけど、友達と友達で優劣なんてつけられないし、どっちかを選ぶなんてできない。だから俺は、一番身近に居るダークさんに流されるように行動している」


「一番仲が良いのはワシじゃ。なぜ怪盗ダークが一番身近なんてことになっておる……?」


「だ、だって……一緒に住んでるし」


「……なんじゃと?」


「ごめん。本当はダークさんのこと止めないといけないし、流されちゃいけないって分かってるんだ。だけど、一緒に住んでるから逃げ場なんて無いし、ダークさん強引だから断り切れなくて……」


 もちろん、こんなのはただの言い訳だ。結局流されている俺が悪い。


 心ちゃんもそう思って怒っているのだろう。俯いて、わなわなと肩を震わせている。


「……るな……」


「え?」


「ふざけるな! 一緒に住むじゃと⁉ そんなことが許されるわけがあるか! 何度も言うが、ひかりはワシの物じゃ!」


「こ、心ちゃん⁉ ここ教室だから……」


「んなもん知るか! この際、この場の全員に周知させておく必要がある! 良いか! こやつ、久保ひかりはワシの物じゃ! ワシの彼氏じゃ! ワシの夫じゃ! こやつに手を出すものは誰であろうと許さんぞ!」


「ななななに言ってるの⁉」


「……なんだそれ。そりゃ聞き捨てならねぇな」


「山田⁉」


 ご飯食べてたはずだろ⁉ なんでこんなことで立ち上がってるんだ⁉


「こいつはみんなのものだからって抑えてたが、テメェがその気ならこっちだってもう構わねぇ。ひかりは俺のダチだ。手ぇ出すな」


「山田までなに言ってるの⁉」


「ふーん。そういうこと言っちゃうんだ。だったら私だって言っちゃお。ひかりくんは私の彼氏にしちゃうから、みんな諦めてね?」


「いやいや、あんたじゃ釣り合わないから。ねぇひかり、私のモノになっちゃえよ。私、スタイルには自信あんだよね」


 な、なんでクラスみんな立ち上がってるの……?


 これは……なんだか大変なことになってしまった……

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