第10話 それでも

 とにかく逃げ続ける俺達だが、ハートさんとの距離は縮まりも広がりもしなかった。


 完全に状況が膠着している。


 これがダークさんとハートさんの一騎討ちならどうとでも状況は変化していたのだろう。だが、今回は俺が居る。俺が居る以上ダークさんも気にして戦いずらいだろうし、かと言って家に帰ることすらできない状況。


 この状態がずっと続くのは、非常にマズい。


 俺達にだって体力というものがある。特に、俺は衣装を着ていても元の身体能力が二人に比べて低い。一番最初にへばるのは間違いなく俺だ。


 俺が捕まることによってダークさんだけでも逃げ切れるなら良い。だが……


「ダークさん、俺が囮になります」


「ダメだ」


 やっぱり。なんでか、ダークさんは俺のことを見捨てられない気がした。


「な、なんでです?」


「せっかく宿を手に入れられたんだぞ? もう手放せるかよ。それに、テメェは俺の相棒だ。これから嫌でも仕事に付き合ってもらう」


 というか、相棒になるのは確定なのね。


 しかしこうなると、本当にどうやって逃げ切れば良いのか。


 チラッと後ろを見てみる。


「……! ダークさん、避けて!」


「マジかよ……!」


 背後から飛んでくる弾。それを避けながら屋根から飛び降り、今度は地面の上を走る。


「こっちからなにか牽制とかはできないんですか⁉」


「できねぇことはねぇが……」


 ダークさんは懐から銃を取り出した。


「あっすみません。ハートさんが怪我しないものでお願いします」


「テメェはどっちの味方なんだよ! てか、こんなんであいつは怪我なんてしねぇよ」


「そうなんです? それって銃でしょ? めっちゃ物騒じゃないですか」


「んなもん、一般人ならの話だろ。ちょっと見てろ」


 ダークさんは走りながらハートさんへと発砲する。だが、ハートさんは迫る銃弾を杖で簡単に弾いてしまった。


「ほらな? あいつはああいうバケモンなんだ」


「い、いつの間にあんな強くなってたんだ……」


「どうすっかなぁ……こりゃもう、正面から戦ってみるしかねぇんじゃないか? とりあえずテメェん家行くのはなしだな」


「ダークさんが住んでる場所バレたらあとからでも突っ込んできそうですもんね……」


「ここら辺、広い場所とかねぇのか? あと人が居ねぇ場所」


「そうですね……俺も自分の街ならともかくこの街は詳しくなくて……そういえば、山があるとか言ってませんでした?」


「んなもん、街からめっちゃ離れたところにしかねぇ。近くに住んでたら見つかる確率あがるからな」


「えー……じゃあなんにも……あっ」


 確かに山はない。だが、その反対ならあるじゃないか。


「なんだ? 思いついたか?」


「山はないですけど、海ならありますよ」


「……そこだ! 浜辺なら広いだろ! そこで決着つけるぞ!」


 俺達はそのまま浜辺まで直行した。


 浜辺に着くと、ダークさんは浜辺の真ん中で立ち止り、ハートさんへと三発ほど発砲した。


 ハートさんは銃弾を全て弾き、ダークさんへと猛スピードで迫って杖を振る。


 ダークさんはその杖を蹴りで防ぎ、そのまま両者膠着。


「今の内に探偵ぶっとばせ!」


「無理です! 今更盗みについてとやかく言うつもりはありませんが、暴力は無理です!」


「テメェはホント面倒だな!」


 ダークさんはハートさんから距離を取り、俺の前に陣取った。


「さて、これまで散々バトってるからな。そろそろケリつけるか?」


「そうじゃの。ワシもそのつもりじゃった。もうなにもかもが面倒じゃ。貴様を殺し、ひかりを手に入れる」


「怖いこと言うじゃねぇか。テメェみてぇな奴をなんて言うんだったか? 確か……ヤンデレか。そんなんじゃ、ひかりに好かれねぇんじゃねぇか?」


「ヤンデレ上等。ワシをこんな状態にしたのはそもそもひかりじゃからの」


「え、俺? なにかした?」


「あーそりゃ分かる。やっぱこいつダメだよなー」


「ダークさんまで⁉」


「ひかりはの、誰にでも優しいのじゃ。誰に対しても平等に扱い、優劣をつけん。じゃが、その扱い方は誰に対しても最高のもの。そんな関わり方をされては勘違いもするし、独り占めしたくなるというもの」


「だよなぁ。だからさ」


 またダークさんに抱き寄せられる。


 ダークさんは楽しそうだが、俺はこれから起こることが心配で気が気でない。


「俺のもんにしちまった」


「……バカが。おぬしは一つ、勘違いをしておる」


「勘違い?」


 あれ、案外普通? 意外と冷静? なんでかは分からないが、なにも起こらないなら良いか……


「古来から決まっておることじゃ。ひかりはな、ワシの物なのじゃ! とっと失せろ!」


 ダメだった!


 銃を構えるハートさんへとダークさんは発砲して的確に銃を手から落とす。


 そうなると必然的に近距離戦へと戦況はシフトする。


 ハートさんは杖でダークさんを突き、ダークさんはそれを避ける。だが、ダークさんのその動きはどこか焦っているようにも見えた。


 ハートさんの突きはとても速い。いくらダークさんといえど、これを避け続けるのは至難の業。加えて、ダークさんから攻撃できなければ勝てるわけがない。


 不幸中の幸いか、杖はあくまで杖。剣でもナイフでもなんでもない。


 ダークさんは杖を掴み、ハートさんを引き寄せて膝蹴りを入れる。


「……こうして近距離で戦うのは初めてじゃったの」


「こいつ……硬すぎる……」


「そ、そうか! ハートさんの衣装は特別性だから、防御力だって高くなっているに決まってる!」


 おそらく、俺がハートさんに投げられた時だって怪我すらしなかっただろう。


 そんな相手と戦うなんて、ダークさんが不利すぎる。


「逆におぬしは柔らかいの」


「なんだって……グッ⁉」


 瞬間、ダークさんは杖を離してその場にうずくまった。


「ダークさん!」


「く、靴にナイフ仕込んでやがった……」


 どうやら刺されたのは足のよう。足からは血が流れ、砂を汚していく。


「おぬしも、案外大したことないの」


 トドメを刺すべく、杖を振り上げるハートさん。


 そんなハートさんの前に、俺は立ちはだかった。


 なにもせず、ただ手を広げて、立っていた。


「ひかり、なんのつもりじゃ」


「ハートさん。ダークさんのこと、殺すつもりなの?」


「当然じゃ。ひかりをたぶらかした罪は重い」


「確かに俺はダークさんと一緒に居て悪影響を受けたと思うよ。でも、それは俺の責任だ。ダークさんのせいじゃない」


「それでも、こやつを始末するのがワシの仕事じゃ。おぬしのことを差し引いても、殺すつもりではおった」


「それって怪盗だから? ダークさんって人に危害加えないんでしょ? それこそ、ハートさんとの戦いでだけしか。ハートさんだってダークさんに怪我させてるのに、それですぐ死刑とかおかしいよ」


「こやつは人間ではない」


「ダークさんは人間だよ」


 俺達はしばらく睨み合った。


 ……ハートさんと、心ちゃんと喧嘩をするのは初めてだな。


「どけ、ひかり」


「どかないよ。どうしてもって言うなら、俺を殺してからにして」


 俺は暴力が嫌いだ。喧嘩が嫌いだ。人が怪我するのが嫌いだ。


 だが、それでもそれが必要な時はあるのだろう。例えば、今とか。


「俺さ、こういうこと初めてなんだ」


 慣れない動作で、拳を構えた。


 腕が震えている。相手は友達。友達を傷つける覚悟は……できそうにない。


「でも、ダークさんを守る為なら、罪の一つくらい増やしても良いよ」


 ……海が大きく跳ねる。


「……なぜ、こやつなのだ」


 そう言い残し、ハートさんはその場から立ち去った。

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