誰か

 ひとつ、怖い話をしても良いですか。


 私、今でこそ三十路を超えて怖いもの知らずのおばちゃんになりつつあるんですけれど。それでも未だに、どうしようもなく怖いものがあるんです。

 ちょっと言いづらいんですが、クリスマスが怖いんです。笑っちゃいますよね。子どもも大人もこぞって楽しみにして浮かれる日、そんなイメージが一般的ですから。もちろん私だって毎年クリスマスにケーキを食べたりくらいはしますけどね。

 私が怖いのは、実はクリスマスそのものではなくて。サンタクロースなんです。黒いサンタクロースってご存知ですか?

 普通はサンタさんって、赤い帽子をかぶってトナカイに乗って、プレゼントを良い子に配り歩く気のいいおじいさんの印象があると思うんですけど。

 それに対して、黒いサンタクロースという存在は、悪い子にお仕置きをする存在なんです。悪い子をムチで叩くとか、袋詰めにして連れ去ってしまうとか。結構残酷ですよね。主にドイツの風習みたいですけれど、私の両親はそれを知って「良い子にしてないと黒いサンタさんがくるよ!」なんて言って脅かしてきたものです。

 もちろん、両親だって過度に脅かしてきたわけじゃないですよ。良い子にしてないと黒いサンタさんがケーキ全部食べちゃうよ、とかそんな程度のことを言っていたと思います。

 確か、そう。小学校四年生くらいでした。周りもマセてくるものですし、サンタさんが自分の親だなんてことは暗黙の了解みたいになっていました。でも親だと知っていると言えば、プレゼントを貰えなくなるかもしれないから、狡賢く信じたフリを決め込んでいたんですけどね。

 でも、やっぱり気になっちゃったんですよ。それまでは、恐らく私がぐっすり眠ったあとにこっそり部屋に忍び込んでプレゼントを置いてくれていたんだと思うんです。それも子ども心に分かっていました。でも、それでも確認してみたくなっちゃったんですよね。

 まさかサンタさんの格好をして入ってくるのかな、とか。置きにくるのはお父さんかな、お母さんかな、とか。プレゼントを置いて親が出て行ったら、こっそり中身を確認しちゃおうかな、とか。

 そんな悪戯心が芽生えたからにはもう止められなくて。寝る前にこっそりお母さんが常備してるブラックのコーヒーをむせ返りながらも何とか飲み干しました。

「サンタさん、今年は何をくれるのかなぁ」

なんてわざとらしく言ってから、私は自分の部屋に篭りました。悪いことをしている、っていう罪悪感すらもスパイスでしたね。あとは黒いサンタなんて言っていたけれど、そんなのどうせいないでしょって、証明したい気持ちもあったと思います。だってまだ子どもでしたから。サンタは信じていないのに、怖いサンタの方は信じるなんて、子どもらしいですよね。

 それから、私はどうやって起きたままでいるのか考えました。その頃、22時には眠っていましたから、それ以降の時間がどんなふうに過ぎていくかなんて、分からなかったのです。

 私の部屋は一階にあって、リビングから直接入れるところにありました。他に一階にあるものといえば、台所とお手洗いとお風呂。そんなところでしたかね。両親の部屋はそれぞれ二階にありました。ええ、私は一人っ子だったものですから。

 話が逸れました。問題は、夜をどうやり過ごすのかでした。両親は眠りにつくまでの間、リビングでテレビを見たり、談笑していましたから、当然部屋の電気をつけていれば起きていることが明るみになってしまいます。そうなると、必ず電気は消さなければなりません。

 パチリ、と電気を消してみたんです。普段は布団に入ってすぐ寝るけれど、少し暗い部屋の中を歩いてみたり。でもすぐに飽きてしまって。

 当時は児童書を読み漁るのが趣味で、部屋にはたくさんの本がありました。読みかけの本を読もうとするも、どうにも文字が読みにくいんです。そこで私は、カーテンをすこーしだけ開けて、月明かりで読むことにしました。それから、両親が二階へ行くまではあっという間でした。ただ、そこからが問題だったのです。

 暗い中で本を読むのは、大変集中力が必要でした。だから、読むのに疲れちゃったんです。それで両親も無事上に行ったから、電気をつけようと思いました。カチッ、という音がやけに響きました。私は慌ててもう一度、そっと電気のボタンを押しました。

 両親がいつ部屋に入ってくるか分からない以上、電気をつけるわけにはいかなくなったのです。ひとつ幸運だったことは、両親は上の階にいて、降りてくる時には必ず階段の軋む音がすることでした。少しでも何かの音がしたら、布団に入ろう。そう思って、今度は窓から外を眺めることにしました。

 正直言って、つまらなかったです。だって、いつも見ている風景なんですから。窓から見える限りの星の数を数えてみたり、明かりのついているお家の中が見えないか目を凝らしてみたり、色々しました。でも、そんなことくらいじゃ全然時間が経たなくて。

 それで結局、布団に入って待つことにしました。絶対に今日は親が入ってくるまで寝ないぞ、と意気込んで、うつらうつらしながらも、なんとか考えごとをしながらやり過ごしていました。

 そんな折、私の部屋の引き戸が開いたんです。その時は一気に興奮しました。階段の音が聞こえなかったことなんて忘れて、部屋の入り口から見えにくい方の目をうっすら開けて、近づいてくるのを待っていました。

 けれど、一向に気配が近付いてこないのです。もしかして、まだ寝ていないと疑われているのかな、とも思いました。観念して目を閉じて、すぅすぅと寝息も立てて、その時を待ちました。すると、

「良い子かな。悪い子かな」

 ちょうど私の耳元で、男の人の声がしました。優しさなんてひとつもない、ちょっと機械的な低い声で、確かに私の左耳に向かって言ったんです。

 お父さんじゃない、知らない人の声。もうそれだけで怖くって。本当に恐怖を感じた時って、体も動かなければ、声もでないんですよ。それが幸いしたんでしょうか。

「お返事がないから分からないな。また来年」

 再び耳元ではっきり聞こえて、気配はいなくなりました。けれど、目を開けたらそこに知らない誰かがいるかもしれない。そう思うともう目を開けて姿を確認しようなんて思えなくて。私はプレゼントのこともサンタのことももうどうでも良くなって、眠れず怯えながら、いつになったら朝になるかだけを考えていました。

 何十時間も経ったような感覚でした。きし、きし、と階段を踏む音が聞こえてきたのです。少しだけ和らいでいた体は、また緊張してゆきました。本当に自分の親がくるだろうか。

「あれ、扉が開いてる」

 今度は確かにお父さんの声がしました。不思議そうに小声でそう呟くと、忍び足で、それでもみしみしと小さな音を立てながら、私の側に立ちました。

「喜んでくれるかな」

 頭の横のシーツに何かが乗っかる音がして、その後父の手が、そっと私の頭を撫でました。そして、起こしたらまずいと思ったんでしょうね、慌てて手を離して、来た時と同じように部屋を出て行き、扉を閉めて階段を登って行きました。

 結局一睡もできないまま、私は翌朝すべて両親に打ち明けました。ずっと起きていたことも、知らない誰かが入ってきたことも、父がプレゼントを置いてくれたことも……。

 両親は一瞬だけ顔を見合わせて訝しげな表情をして、それでも私の気が動転しているのをなだめるために「大丈夫、それはお父さんがちょっと脅かしただけだよ」と言いました。

 翌年からは、プレゼントは朝に手渡しされることになりました。変に夜更かししないように。そして私が怖い思いをしないように。

 だけどずっと耳に残っているんです。「また来年」がいつくるか、十二月になるたびに覚悟をして、良い子にするんです。

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