あまあまアイドル育成計画〜クラスメイトが可愛すぎるから世界一のアイドルにしようと思う〜

あのきき

第1話 かわいいがすぎる



 中学の頃、アイドルが好きだった。

 日常では味わえない心からのカワイイと好きをぶつけられる唯一の場所。夢を見れる場所。

 だが現実は違った。

 初めてできた推しは熱愛発覚、その後は2週間は食事が喉を通らなかった。

 かくして、脱オタした俺はアイドルに向けていた熱量を勉強に向け無事に高校に入学した。


 オタク差別は根が深いというが、結局それは自分自身の問題だと思っている。

 思想の押しつけ、自分のいいと思ったものはいいものだしそれを他人に押し付ける。

 更にオタク特有の語彙力のなさで全く良さが伝わらない。そんな布教とは程遠い押し付けのせいで差別が生まれる。

 俺──旭夜斗はそういうことだと思っている。まあ言わなくても分かるとは思うけどこれは経験談である。







 誰が見ても飛び抜けてかわいいと感じるだろう。

 女の子の平均身長よりも少し低いくらいの背丈にくるりとした瞳。肩下くらいのサラリとした髪と華奢な体。声すらも可愛い。


 だからこそ入学式、彼(・)──瀬名あまいが男の制服を着ていたことにクラス全員そわそわしていた。


 とてもじゃないけど近づきがたい。

 それに俺は彼とほとんど話したことがない。義務的にはあっても自発的にはないだろう。


 それほどまでにあまいは入学してから約1ヶ月。確実にクラスの中心人物である。

 そして俺は中学同様に脇役だった。

 今後も一切関わることもないとこの時はそう思っていた。







 高校に入ってから一度もアイドルのライブへは行っていない。理由はモチベーションがないから。俺はまだ元推し以上のアイドルに出会っていない。

 今後一切現われないかもしれない。もはや現れないで欲しい浮気みたいになっちゃうから。

 どちらかと言えばされたのは俺の方だけども熱愛とか諸々。というか熱愛出た時点でアイドル失格じゃね。

 まあそれでもずっと想っていたいというのがオタク心というもの。愛が深い。


 だから今日は久々の現場である。高校に入学してからは初めてのアイドルのライブ。

 昔からずっと連絡を取りあっていた【猫ミャーム愛好家】さんと待ち合わせをしていた。

 ちなみに初対面である。


 なんとなくちょっと早く着いてしまった。

 別に女の子だから待たせちゃダメだと思い早く家を出たとかそういうことじゃない。


「お待たせ!」


 背中に両手が当たるのを感じた。なんか急に心臓バクバクするなにこれ。

 ゆっくりと振り返ると思いもよらぬ、でもよく知っている顔があった。


「旭くんだよね!」


 振り返ると瀬名あまいがそこには居た。


「……ッ!! あまい!? どうしてここに!?」


 ふふん、とあまいはSNSのプロフィールを見せてきた。【猫ミャーム愛好家】さんのプロフィールだった。

 服装に目をやると事前に教えて貰っていたものと一致していた。


「……あまいが猫ミャーム愛好家さん──ッ!?」

「通話もしたのに気づかなかったの?」

「ぜんっぜん全く!!」


 あまいはクスッと笑った。

 その仕草一つ一つが本当に女の子のそれだった。私服もかわいい。


「あまいは気づいてたのか?」

「気づくでしょ普通! すぐわかったよ! 投稿わかりやすすぎて絶対うちの学校だって!」


 あまいはてくてくと歩き出した。歩幅がすごく小さい。合わせて歩く。

 ありがとうデート必勝ブログさん。


 あまいはあっ、と思い出したように振り返って、俺に近寄り肩を叩き、手を招く。

 しゃがめ、ということだろうか?

 あまいの近くまで顔の高さを下げる。


「入学式のときに投稿してたどんな女の子よりも飛び抜けてカワイイ男の子がいるっての──」


 あまいは少し照れくさそうに耳元に近づく。


「──あまいの、ことだよね……」


 耳元で囁かれたそれは確かな破壊力を持っていた。全部見られていた恥ずかしさと、優しい音色の声や吐息。

 心臓バクバクした。男相手なのに──。


「……あ! そろそろ時間! 早く行かなきゃ! ……なにやってんの! ほら!」


 破壊力の高い攻撃にやられた俺の腕をあまいが引っ張って現場へと向かう。

 絶対遊ばれてる。明日には学校中に絶対童貞だって噂が流れてたりするかもしれない。


 いやまて、男に遊ばれてる俺ってやばくないか……そんなことをグルグル考えている。







 気づけば現場に到着していた。

 懐かしい独特の雰囲気。

 男の視線が一斉にあまいに向いていた。

 あまいがかわいすぎてオーラを放ちすぎている。もはや一般人のそれではない。


「ねえ旭くん、なんでこんな見られてるの……」

「あまいが可愛いからアイドルだと思われてるんじゃないか?」


 そして俺はマネージャー。格が違いすぎて繋がりとすら思われないだろうな。


「……ふーん、かわいいんだ」


 あまいは猫みたいににや、と笑った。からかってやる気満々の顔だった。


「──ッ! ほらっ始まるぞ!」


 絞り出すように声を出し、あまいの目線をステージに向ける。あまいは息を飲んでステージに目を向ける。

 ライブの開始直後、ド派手な照明があまいの瞳をキラキラと照らす。

 俺はステージよりもあまいから目が離せなかった。







「やっぱアイドルってすごいな〜! すっごくキラキラしてる!」


 ライブが終わり駅近の喫茶店に入り感想を語る。映画なんかの後にはよくあるルートだけどライブ後にも使えるらしい。

 本当にありがとうデート必勝ブログさん。


「……え、あ、うん。凄いね」


 正直、全然ステージ観れなかった。


「やっぱ動画とかで観るより迫力が違うね! あんなに人に見られて歌えたらどんなに気持ちいんだろう」


 あまいが胃もたれになりそうなくらいでかいパフェを食べながらそんなことを言った。

 口にクリームついてるかわいい。


「あまいはやらないの? アイドル」


 ふと、そんなことを言った。

 絶対になれると思った。誰が見てもそれほどまでにあまいはかわいい。


「……でも、あまい男の子だし」


 少し悲しそうな表情をした気がした。

 あまいはパフェを食べ終わり、スプーンを置いた。ふー、と息を吐いて──。


「……まあ、そうだね! ちょっとは興味あるかな」


 あまいは俺に向かって手を招く。

 罠だとわかっていても体が勝手に動いてしまう。



「──だってあまいがいちばんかわいいんでしょ」



 耳で吐息を感じる。

 耳元から離れたあと、あまいは照れくさそうにふふっ、と笑った。

 自分の顔が熱くなるのを感じる。


「もしあまいがアイドルになっちゃったら旭くん推し活で大変だよ〜!」

「なんで俺が推すこと前提なんだよ!」


 あまいは口を拭いて髪を整えた。

 そして完璧な角度の上目遣い、髪を耳にかけ優しい音色の声で「推してくれないの?」と囁く。まさにきゅるるんって感じだ。


「いくらでも積みます」

「オタクって大変だね〜!」


 頭を下げた俺を見て、ははっ、と笑うあまいに自我を取り戻す。

 死ぬほどからかわれてる。


「……まあ、なれないんだけどねアイドル。男の子だから──」


 あまいは髪の毛をくるくるしながら無理やり笑顔を作った。

 初めて見たあまいの作り笑いはめちゃくちゃ下手くそで、涙が滲んでいた。

 本当にアイドルになりたいんだなと思った。


「──俺がするよ、俺があまいを完璧なアイドルにしてみせる」


 気づけばそんな言葉が口から漏れていた。

 一旦冷静になって言葉を続ける。


「……って言っても、出来ることはほとんどない、から、雑用でもなんでも、あまいがアイドルになるために必要なことだったらなんでもやる……くらいになるけど」


 あまいはふふっと笑って「急に弱気じゃん」と言った。ちゃんと笑ってくれたのがなぜかとても嬉しかった。

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