指針

一の八

指針



僕は、友人とそこに向かっていた。



そこは、雑誌の1ページで見たくらいの印象しかなく、どんな音がどんな声があるさえ分からなかった。



手元のNaviは、次の道を案内していた。


“あっ!渡れる”と思っていたら、目の前の信号は、すでに赤信号に変わっていた。



その向こう側の道では、1人の男性が立っていた。

男性は、交差点の向こう側に小さく手を振りながら、

何やらとても嬉しそうにしていた。


なんだろう

僕は、思わず

その視線の先を目で追った。


そこにいたのは、2人の男女のペアだった。

大きなキャリーケースを横手に信号待ちをしている。


ペアの男性の方は、信号を待ちながら手を振っている。


反対側の男性も負けじと大きく手を振っていた…







「今度、僕の家に来る?」

「うん…」


これが彼との初めての会話だったかもしれない。

今となっては、分からない

けどもそんな事は、どちらでもいいような気もしていた。


友達になるまでにそんな時間が要らなかったからだ。



それから2人とも学生という一つの節目が終わろうとしていた。


「おれ、北海道行くわ!」

「えっ?急にどうしたん?」


「今よりもさぁ、上を目指したいと思うんだよ!このままだとここで甘えてしまうよな気がするから。

だから、ここを離れる事にした。」


「おお!そうなん!頑張れ!」


本当は、友達が離れて行く気持ちがあったがそれよりも彼の夢を諦めてほしくない!



そんな気持ちで大きく手を振りながら、

地元を離れる彼を笑顔で送る事にした。



それから何年か経ち、連絡が来た。


「久しぶり…俺だけど…分かる?」

「おー!久しぶりやな。どうなん頑張っとる?」


「ん…まぁな。こっちのレベル高さに負けてしまったわ。」


「そうか、まぁまぁ、そんなもんやな。今は、なにしてるん?」


「まぁ、大学出てからは、こっちの会社に就職して働いとるよ」


「おおーそうなんか!頑張っとるやんな!」

「まぁな!今、一人暮らししとるでいつでも遊びに来てな!」

「おお、行く行く!」







「悪りぃな、まだちょっと行けそうにないわ」

「おっ。そっかぁ。」


軽い気持ちで言ってくる彼が嬉しかった。


思っているよりも上手くいかない事ばかり、

願えば願うほどに離れていった。




時間が経つのは、早かったが、

まだそこに行くことを許されないまま

“針は、そこで止められた”ままだった。









それから時間が経つのもあっという間にか


次第に日常が戻り始めていた。



「今度、北海道行くわー!」

「おお!待っとるで!」


「そん時にまた報告する事あるでな」

「何やそれは?」


「まぁ、会ってからお楽しみだわ!」

「おお!」








という回想を勝手に広げながら、









「おおー!」

「おお!」


二人は、お互いの存在を確かめるかのように力強く抱きしめあった。





僕らは、目の前で広げられているドラマのワンシーンのような光景にどこか取り残されたような気持ちでその姿を眺めていた。






彼らの止まっていた針が動き出した。


彼らの最高の一時は他の誰にも分からないのだろう。



僕らは、時計台へ歩みを進めた。


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指針 一の八 @hanbag

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