炎街の夢
その街は燃えていた。
轟々と音が響き、目が痛くなるほどの熱気と赤色に包まれていた。
パチパチと音を立てて燃え焦げる木の破片の上に、ガラガラッと木樽がなだれ落ちて壊れていく。
ついには家の柱まで豪炎に手折られ、それはたやすく崩れ落ちた。
これだから木造の家屋というものは脆いのだ。
そう思わずにはいられない。
しかし、ここは
建築学も環境学も知らないような素人の集まりが、災害への対策も講じぬまま景観重視の都市計画を行えば、こんな脆弱な街も出来上がろうというもの。その完成度には目をつむってやるべきだろう。
だが、だからと言って、ドミノのように町を破壊していい理由はない。
「た、たすけて……」
子どもの声がする。
その声がした方を見れば、燃える瓦礫に足を押さえつけられている少年が、自分の方に手を伸ばしていた。
咄嗟のことだったが、身体はすぐに動いた。
一部のプレイヤーは、本気を出せば新幹線並みの速さで移動することができる。そんな自分が、
しかし、後悔はその直後に襲い掛かってくる。
「─── た す け て ?」
少年の首が、ごろりと転がり倒れた。
その目は赤く強く点滅し、開いた口の奥から強烈な光があふれだす。
瞬間。
ドォンッ!
爆発した。
現在地、ミサ。
ヴェセル『御三家』の第二拠点とも言える、まさにゴシック建築の集大成のような景観の大きな街だ。
高くそびえ立つ槍のような屋根を持った塔に、随所に見られるステンドグラス、先の尖ったアーチのような梁を持つ縦長の建物が、辺り一帯に林立している。
その中心にある巨大建築物は、街の名前や景観からも察せる通り、大聖堂だ。
白くなめらかな壁や柱に、色とりどりのステンドグラスが散りばめられ、深い青色の屋根にまでもその色彩豊かな輝きを反射している。
その美しい出で立ちはまさに神聖さそのものであり、しかし、その裏には、黒一色の方がマシに思えるほど混沌とした、ドブ色の陰謀が隠されていた。
「……『生体兵器Ⅷ-Ⅲ 研究計画書』」
ミサ大聖堂には、もう一つ大きな施設が内包されている。
それは大図書館。
この世界の多くの物事を記録した図鑑データはもちろん、前文明の遺物とも言える書物の複製品までもが、無料で閲覧・貸し出しできる施設。まあ、言ってしまえば現代にあるような図書館そのものだ。
その一画、オカルト特集エリアの棚に一冊、変に目立つような真っ黒な装丁の本があった。
分厚いわけでもない。子供の頃に読むような絵本の表紙を、真っ黒に塗りつぶしたようなものを思い浮かべればいい。
そして、その題名がそれだった。
「……悪趣味な。いや、今となっては
内容は、題名から想像できるものとそう大差なかった。
大聖堂が経営する孤児院の子供を利用した、無差別テロのための爆殺兵器を大量生産する方法が記されている。
かなり試行錯誤したようで、何度かは
こんな死に戻りができるということは……
「
淡々とこの惨状を綴っている筆者に、酷く憤りを覚える。
これがもし、自分の子供や孫に被害を及ぼしていたら……そう考えるだけで、腹の底から冷えるような感覚に襲われた。
落ち着け。
頭を冷やせ。
まだこの記録は続いている。
最終的に、この筆者は
色々と複雑すぎる。
一つ一つ丁寧に紐解いていこう。
まず、悪行ペナルティとはその名の通り、悪意ある殺人や盗難、詐欺、暴行など、悪行を行った者に対して、
よくあるのは
そこで筆者は創作魔術を使用した。
元になった【
簡単に言えば、「強力なバフをつける代わりにデバフもつく」という対価交換系の効果を発揮するということ。
筆者はこれを「魔術を解除するまで、死なない
それを、孤児院からの自立を願う子供達に話し、デメリットを受け入れられた場合にだけ、魔術を使用したようだ。
「……相手も了承したのだから問題ない、とでも言うつもりか。全く、どこまでも狡猾な奴だ」
ただ、これだけでは起爆できない。
そこで筆者はさらに細工を仕掛けた。
魔術を使用する際、対象を特定するためにある装備アイテムを仕込んだらしい。
そのアイテムの名称は『
このアイテムが破壊されるか、装備者のHPが0になった場合、装備者の身体が爆発するというものだ。対人戦において、
ちなみに見た目はアンティークの鍵をネックレスに通したような感じだ。ワクワクするようなオシャレな見た目で、さぞ子供達にはウケが良かったことだろう。
今回は【
つまり、【
子供達には、『
「ふむ……やはり作戦としては巧妙と言わざるを得んな」
これは『
子供達は、その駒として利用されているにすぎない。
『
できてしまう。遺憾なことに。
だが、もう一つの条件、装備の破壊はどうか。
装備の破壊とは、つまり装備者にとって不本意な装備の解除である。
身につけていたいのに壊れてしまった、剥がされてしまった、というのが装備破壊だ。もっと言えば、自分以外の何かが勝手に装備を外すことを指している。
だが、おそらく子供達は、自立するための力を得るために、望んでその魔道具を身に付けているのだろう。それを外せと言っても、すぐに外すことはないはずだ。
それどころか、これを外してしまったら自分たちは死んでしまうと思い込んでいる可能性も十分にありうる。
だとすれば、その装備を自発的に解除させることは難しいはずだ。
ならば、強硬手段に出ようとも思うだろうが、なんせ装備が装備だ、無理な解除はできない。
そして、子供達自らが「外してください」と他の人に
外せない自爆装置を装備している者に、自滅の魔術を使用するとは……この所業を、何と形容すればいいのか測りかねる。
加えて、この計画の厄介なところは、
「……この計画書はすでに用済み、という訳か」
相手は非常に狡猾だ。
加えて、悪趣味でもある。
この本は、隠すべき計画書というよりは、むしろ、詐欺師の自信満々な自白を記した調書に近い。「ここまで完璧な計画はないだろう?」と、その黒幕が笑っているのが目に見えた。
不愉快だ。非常に。
「……【
『おいマテ』
ざらざらとしたノイズに掠れた、少年の声。
『今ここでソレを燃やすのハ、得策じゃナイと思うゼ? ウォーカー』
右腰にあるホルスターから勝手に抜け落ち、浮かび上がり、目の前で銃口を突きつけてきた。
思わず口を閉じる。
「……コルト」
『オマエの怒りはモットモだが、ソレを燃やしちまったラ証拠が無くなるダロ! 少し頭を冷やセ!』
クルクルとシリンダーを回しながらそう伝えてくる
「……そうだな。紳士は常に冷静であるべきだ。うむ」
『オマエが紳士ィ? 冗談ダロ? ……ッアダダダダダッ!?』
黙れ小僧。次はそのシリンダーをへし折るぞ。
『フゥ、フゥ……コレのどこが冷静ダ……イテテ……』
隣で空中に漂いながらぶつぶつと呟いている物体はさておき。
「計画の詳細は把握した。だが、どう対処すべきか……」
問題はそれだ。
今現在進行形でこの爆破テロが発生している。防護結界魔術というものが張られているこの大図書館の中にいても、外の騒然とした爆音が聞こえてくるくらいには。
まあ、この程度の爆発自体を止めることは可能だ。この爆破テロの仕組み上、起点となっているのは【
だが。
それを実行するには、あまり時間に猶予がない。解決策自体はいくつか思い浮かぶも、実行するには人手も時間も全く足りないものばかり。あるいは、人命救助など二の次三の次に回さなければならないものも挙げられるが……
正直、そんな手段は取りたくない。
もう一度、
「コルト、今ここにいるプレイy……開拓調査員は何人だ? 覚えている範囲でいい」
『アァ? 確か、あのババアとナマイキ小僧がいたはずダゼ?』
サンドラとリクか。アサシン1人と純魔1人では戦力としては足りんな。
「ふむ。なら、戦闘に参加できそうな調査員は、何人程度いそうだ?」
『さァ? ダイタイどっかに逃げ出しテ、今はモウほとんどいないンじゃネーノ?』
「……そうか」
現状は最悪、か。
解呪魔術で【
催眠道具で爆弾と化してしまった子供達の意識を奪うにしても、道具はおろか人手も足りない。
術者を探し出して倒し強制的に【
考えついた解決策のほとんどを、この現状が踏み潰してくる。確かに、今は天帝討伐という大イベントが起きているせいで、ここには誰も残っていないだろう。
だが、おかげで取れる選択肢が絞られた。
「ならば、その二人と連絡を取ろう。コルト、二人に『ミサで爆破テロが発生している。避難誘導を頼んだ』とメッセージを送ってくれ」
『いいゼ。だがオマエはどうするんダ?』
その答えはもう、決まっている。
燃え盛る街。
その中に一人の男がいる。
彼は黙ってマントを翻した。
身に纏うもの全てがボロボロになっている。
その周囲をふよふよと浮く、一つの拳銃。
そこから掠れた電子音のような声が響いた。
『ずいぶんカッコよくなったじゃァねえカ、ウォーカー』
それはくるりと空中で回転し、クツクツと笑う。
『紳士が聞いテ呆れるゼ。身嗜みくラい整エたらどうダ?』
コツンと銃口を男の額に突きつけた。
「するべきことが、終わったらな」
『ハッ! 一体いつニなったラ終わるコトやら……』
ふっと離れる拳銃を、ガシッと片手で奪い取る。
「ならば、ペースを上げるとしよう」
手慣れた動作で、拳銃を構え直した。
「最後まで付き合ってもらうぞ、コルト」
銃弾は十もなく。
体力も微々たるもの。
だが、男は笑う。
『……ッキヒッ、キハハハハハハハハハハハッ!!』
拳銃もまた、
『それでこそ、オレサマのアイボウだ!』
嗤った。
『サァ、ここに平和な世界を作ロウ!誰も死なず、誰も生きず、平和で静かな世界ヲ!!』
ここに、
シコウノユメ 加恋童心 @MOCU_06
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