アスとシグルス
決勝トーナメント一回戦、第六試合、Bグループ二位のガイラフとFグループ一位であるシグルスの戦いは始まっていた。
身長が10メートル以上あるガイラフは、見た目の体躯からは想像もつかないほど動きが俊敏で、早さには自信のあるシグルスであっても、彼のモグラ叩きのような攻撃を躱すので精一杯の状態だった。
距離を取ろうとしても容赦なく追尾してきて、僅かな間を置くことすら許そうとしないガイラフ。
巨体であるが故に一見、持久力が無さそうに見える彼だったが、体がずっと小さいシグルスの方が明らかに疲労と焦りが色濃くなっているように感じ取れた。
「ちっ! 巨体のクセになんて早さなんだ!」
そう独り言ちながら必死で巨人の攻撃を躱し続けるシグルス。一撃必殺を狙って霊気を集中しようにも、そんな隙すら与えてくれる気配もない。
シグルスの心には次第に焦燥感が広がり、彼はあまり霊気を込める事が出来ない状態であるにも関わらず、闇雲に光矢を乱射し始める。
しかし、巨人が持つ強靭な肉体の前では、蚊が刺す程の威力ですらないようだ。
構わず攻撃を続けるガイラフ。なかなか当たらないと見た彼は、今までの叩き付ける攻撃からゴルフボールをスイングするような動作を見せた。
完全に意表をつかれたシグルスは、その攻撃をまともに食らってしまう。
観客席の方まで吹き飛ばされ、壁に叩き付けられるシグルス。
観客席の下の壁には亀裂が入っており、一泊置いてずるりと床に落下した彼は、その後ピクリとも動かなくなってしまった。
慌てて彼の様子を確認しに行く、進行役の女性と係員達。すぐに気絶と判定され、ガイラフの勝利宣言が為された。
決勝トーナメント進出者用に設置された医務室に運び込まれたシグルスを、全く知らぬ仲でもないアスは一応、心配して、彼女だけが様子を見に行く事になった。何となく気を遣った翔哉達はお留守番だ。
「シグルスお疲れ様! 残念だったね......」
かなりの重症とは言え、意識だけはハッキリしていたシグルスは、アスの問いかけに対して全くの無反応である。
「何よ! せっかく心配して様子を見に来てあげたのに、どうして黙っているのよ!」
アスにそう責められ、ようやく口を開くシグルス。
「俺は...まだまだ弱いな......」
「そんな事ないよ! 巨人族の長を相手にかなり善戦してたじゃない? けっこうカッコ良かったよ!」
「でも、全く歯が立たなかったけどな......」
「ううん、あそこまで戦えただけでも凄いと思うよ!」
「俺は......」
そう言いかけて再び沈黙してしまったシグルスに、アスは問いかける。
「ん? 何か言いたい事が有るならハッキリ言いなよ!」
アスにそう問われ、彼は絞り出すように語り出す。
「俺は...どうしても......樹海の王になりたかったんだ......何故だかわかるよな?」
当然、アスには彼の言いたい事がわかっていた。しかし、リュークにせよ相手の気持ちを考えない勝手な望みに答える気など、彼女には毛頭なかったのは言うまでもないことだ。
「わかるけど、この際ハッキリ言わせてもらうわよ! もし、あなたが王になって私に求婚したとして、それで私が断ったらどうするつもりだったの?」
「俺が王になったとしても、それでも断るつもりだったのか?」
「当たり前でしょ? 私は別に王妃の肩書きが欲しいなんて思わないもの」
「王妃にさえなれば、何でも思うがままだぞ?」
「そうかも知れないけど、その分、責任も大きいわ! 私はどちらかと言えば、普通の暮らしをする事が幸せだと思う方なの!」
「現実はそんなに甘くは無いけどな」
「そうね。でも、現実的になれるほど、私もまだ大人じゃないのよね」
「アスはどういう男が相手なら結婚しても良いと思うんだ? リュークみたいな軟弱そうな奴が好みなのか?」
「リュークもあなたと一緒で、勝手に私の事を自分のものだって言い張ってるだけよ! それに私はもう大切だって思える人を見つけたの!」
「なんだと!? そいつは一体、誰なんだよ!」
「あなたも知ってるはずよ? ショウヤって言う人間の使徒。彼が私の思い人なの」
「奴か! あれほど人間嫌いだったお前が、何でよりにもよって人間なんかの事を好きになったりするんだよ!?」
「そうだね......私自身もすごく不思議なの......一目惚れってやつなのかな?」
一目惚れだと聞いて、シグルスは納得いかない様子でしばらく考え込んだ後、彼女を説得しようと持論を展開し始める。
「一目惚れなんて、一時的な感情にすぎないぞ! 人間なのに使徒なんて、普通あり得ないような状況の奴に対して、興味を引かれただけなんじゃないのか? そんな一時の感情で一緒になったって、そのうち後悔する事になるのが落ちだ!」
アスとしてみても、実は思い当たる節が無いわけでもなかった。元々、人間が嫌いだったのは事実であるし、独特の雰囲気を放つ人間の使徒という立場の彼が、自分の窮地を颯爽と救ってくれたのである。その時の胸の高鳴りが、今までに感じた事のない物だったのも事実だ。
そう考えると、死地を脱した時のドキドキ感が、恋心であると勘違いさせたという事もあり得ない話ではない。
しかし、その時は衝撃的な展開に感情か高ぶっていたのも確かに有ったのだが、彼と一緒に過ごしていくうちに、お互い無くてはならない存在になっていったというのも事実なのだ。
アスは自分の気持ちをシグルスに対し、はっきりと伝える事にした。
「確かに最初は一目惚れだったのかも知れない。でもね、彼と一緒に過ごしていくうちに、だんだんとお互いにお互いが、必要な存在だって思うようになっていったの! だから、今では私にとって、彼は無くてはならない大切な人なんだよ」
「そうなる相手が、俺やリュークじゃダメだったのか? どうして、よりによって人間である奴だったんだよ!」
「人間だとかハイエルフだとか大した問題じゃないの! 私は彼の人となりが好きになってしまったのよ!」
アスにそうはっきりと言われ、再び黙り込んでしまうシグルス。
様子を見に来ただけだったアスは、とりあえず話が切れたタイミングだと思い、シグルスに帰る旨を伝える。
「それじゃシグルス。私はそろそろ仲間達のところに帰るね。あっ、そうそう、ついでだから治療もしてってあげるわね」
再生スキルを使い彼の治療を終えたアスが、部屋を出ようとした時、シグルスはベッドから急に飛び起きて叫ぶ。
「待ってくれ!アス」
しかし、彼は立ち上がった瞬間、ベッドのすぐ脇で崩れ落ちてしまう。
「私の再生スキルは体の損傷を治すだけで、体力までは回復できないから、まだ無理しちゃダメだよ!」
流石に、先程まで重症を負っていた者が床に這いつくばっているのに、そのまま放置できないと思ったアスは、そう言いながら彼を抱え上げベッドに移動させる。
「えっ!? ちょっとシグルス! 離してよ!」
「頼むアス! 俺の女になってくれ! 俺にはお前しかいないんだ!」
そう言って強引に体位を入れ替え彼女を犯そうとするシグルス。しかし、彼女は物凄い力で彼を引き離しベッドから飛び出す。
「サイテー!!」
一言だけそう叫び部屋を出るアス。
彼女が居なくなった部屋に一人、取り残されたシグルスは言ちる。
「はっ......体力が回復してないって言っても、アスにすら力で敵わないって......俺ってどんだけ弱いんだよ......」
大会三日目のスケジュールは、決勝トーナメントの一回戦のみが行われる予定だったのだが、その後の試合は特に実力が拮抗する者同士の対戦は無く、かなり早い時間に全ての試合は消化されてしまう。
翌日に行われる準々決勝では、かなりの好カードが控えており、いよいよ大詰めに近付いてきた雰囲気に多くの者達が胸を踊らせていた。
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