ヴィラと魔王



 月明かりがぼんやりと照らす、大樹海の少し開けた場所にゆっくりと下りていくバルバトス。続いて下りて来たヴィラが着地すると、彼は再び話し出す。


「ここなら良かろう?」


「そうですわね」


「一つ聞きたいのだが、そなたはショウヤと言う者とはどのような関係なのだ?」


「そのような事を聞いて、何の意味が有るとおっしゃるのかしら?」


「興味が有るのだよ。そなたはどちらかと言えば、こちら側の匂いがするにも関わらず、女神の使徒に味方するのは、どう言う事なのかと思ってな」


「私が人間の見た目で有りながら強い魔力を持っているので、そう感じたのですね?」


「その通りだ。お前も何れかの悪魔王の使徒なのであろう?」


「私は亜神ロキの眷属ですわよ」


「亜神ロキ? 聞かぬ名だな。古代神か何かか?」


「恐らくそうなのでしょうね」


「恐らくとはどう言う事なのだ?」


「私も旦那様の事については、よくわからないのですわ」


「旦那様? それで何故その亜神ロキの眷属であるお前が、女神マリーザの使徒であるショウヤに味方しているのであるか?」


「成り行きですわね」


 ヴィラはそう言うと、これ以上話す必要は無いとばかりに、右手を頭上に上げ戦闘の構えを取る。


 天に向けた彼女の手のひらからは、占いで使うような水晶玉サイズの光弾が一瞬のうちに生み出され、それは薄い青の光を放ち辺りを照らし出す。


「これを受ける自信はお有ですか?」


「造作もない事よ」


「では行きますわよ?」


 そう言うとヴィラは光弾を超音速でバルバトスに向けて走らせる。


 光弾が繰り出されると見るやバルバトスは、自身の前方に薄い紫色に光る障壁を展開してその衝撃に備える。


 着弾した瞬間、ディアナが予選のバトルロイヤルにおいて放った赤い光弾に匹敵する程の、強烈な爆発が魔王を襲うが、彼は強固な障壁により全くの無傷であった。


「この程度の攻撃、ミコトさん達なら障壁を張るまでもなく相殺しますわね。まぁ想像した通りの強さと言ったところでしょうか」


「まだまだ本気ではないとでも言いたいのか? 造作も無いとは言ったものの、我は今の攻撃、それなりにギリギリであったがな」


「それでは、私の方が単純に強いと言う事なのでしょう」


 バルバトスにしてみても、これで全力と言うわけではなかったのだが、明らかに西大陸の魔王ディアナと比べてみても、魔力の溜めが圧倒的に少ない事は感じていた。


 これだけの破壊力を持った攻撃を無詠唱で、しかも、魔力の溜めも殆どなく繰り出せるのだ。


 同じ全力でないとしても、ヴィラと言う、この幼女にしか見えない得たいの知れない相手が、自分よりも大きな余力を残している状態なのは明白だとバルバトスは感じていた。


 そして彼は、あっさりと自分の方が実力的に下である事を認めたのだ。


「ヴィラと申したな。どうやらお前の方が、我よりも実力が上のようであるな。悔しいがそれは認めよう」


「まだバルバトスさんの攻撃をこちらは受けておりませんですわよ? あなたの実力が知りたくてここに来たのです。どうぞ最大の技を私にお見せくださいませ」


「大会で対戦するかも知れぬ相手の仲間に、試合でもないのに手の内を見せると思うのか?」


「見せてくださらないとおっしゃるのでしたら、見せる気になるまで痛め付けるまでですわ。暗殺については止められましたけど、痛め付けてはダメだとまでは言われておりませんからね」


 意外と残忍な一面を見せるヴィラ。彼女の言葉が冗談などでは無いと悟ったバルバトスは、仕方なく攻撃系の最大奥義だけは彼女に対し見せる事にしたのである。


「魔王であるこの我が、突然現れた幼子にしか見えぬ者に格下扱いされるとはな......良かろう! 我が最大の魔法をもって、そなたの望みに応えようではないか!」


 バルバトスはそう宣言すると、先程ヴィラが行ったように、右手を頭上に上げ魔力を自身の上空に集め始める。


「チャージする速度は、なかなかのようですわね。普通であればこれだけの魔力を必要とする魔法なら、詠唱するだけで1分程はかかりそうなものですが......しかし、時間がかかる事に変わりは有りませんわね。これでは一対一の試合では、使えないのではないですか?」


「勿論それに対する策は、しっかりと用意して有るのだがな。そこまで手の内を見せなければならぬのか?」


「いえ、けっこうですわ。そろそろ準備の方も、よろしいのでは有りませんこと?」


「そうであるな。では受けるがよい! 我が最大の奥義!」


 そう宣言した彼の上空には、禍々しい紫の渦を巻いた、黒い球体が出現していたのだ。


「黒死流星(タナトスメテオロン)!」


 黒い球体は超音速でヴィラ目掛けて直進する。それは、球体で有りながらその速さ故に、まさしく一筋の流星のような軌道を空中に描いていた。


 強力な魔力弾が超音速で落下したのである。大爆発により周辺の木々はなぎ倒され、その爆風は数キロ先にまで及んだ。


「まさかこれ程までとはな! 正直これは予想外で有ったぞ!」


 バルバトスの放った魔力弾は、ヴィラに直撃してはいなかった。瞬間的に彼女は同じ威力の光弾を発射して、迫り来る魔力弾にぶつけ、その威力を相殺してしまったのだ。


「大体の実力はわかりましたわ。それでは用も済みましたので、私はこの辺で失礼させていただきますわね」


 そう言ってその場を去ろうとするヴィラを、バルバトスは呼び止める。


「待てヴィラドリアよ! もう少し我と話をせぬか?」


「私、ショウヤ様の元に戻って、この事を早く報告したいのですが」


「こちらは望み通りに手の内を見せたのだ。少しくらい我の我が儘を聞いてくれても良かろう?」


「わかりましたわ。それでは手短に願います」


「ハーベは、いよいよこの世界を滅ぼそうとしている。その事は存じておるのか?」


「そのようですわね? 私が居た世界でも、同様の事が起きておりますので、創造主と呼ばれるハーベはマリーザの絡む世界を、この期に全て滅ぼすつもりなのでしょう」


「私が居た世界と申したな? そなたは別の世界から来たと言う事なのであるか?」


「ええ、マリーザの罠にかかってしまい、元居た世界からこちらの世界に異世界転移させられてしまったようなのです」


「なるほどな。そのような話は我も初めて聞くが、なかなか興味深い話であるようだな。それで、元の世界に帰る当ては有るのか?」


「それについては、私をこのような状況に陥れたマリーザ本人であれば、可能だと思っておりますわね。ですので、ショウヤ様に優勝していただいて、マリーザに早く会いに行きたいのですわ」


「マリーザに会いに行く事と、かの者か優勝しなければならない事と、何か関係でも有るのであるか?」


「大有りですわね! どうもマリーザは、特定の人物としか会いたがらないようなのです。恐らく直接会う事ができるのは、今のところ三人」


「その三人の中にショウヤが含まれてると言うのだな?自身も会う為に、かの者が会いに行く際、それに便乗しようと言う事であるか?」


「そう言う事ですわね!」


「なるほど理解した。しばらく先とは言え、そなた達とは何れ共闘する事になるであろう。しかし、とりあえずは、我もこの大会で欲しいものができたのでな。最後まで決着はつけるつもりである」


「欲しいもの? 確かディアナも言っておりましたが、ゲスト参加者が優勝した場合は、欲しいものを何でも要求する事ができるのでしたわよね?」


「うむ、したがって、我も引く気など全くないのだよ」


「わかりましたわ。その事もショウヤ様には伝えておきますわね。もうよろしいかしら?」


 ヴィラはかなり帰りたい雰囲気を出しながら、話をきり上げようとする。


「うむ、時間を取らせて悪かったな。また機会が有れば話をしよう! ではさらばだ!」


 バルバトスはそう言うと、徐に空中に舞い上がって行き、獣人族国の集落に向かって飛び去ってしまう。


 魔王に先を越されたヴィラも結局、行く方向が同じなので、追い抜くのも気まずいと思った彼女は、行きの時と同様にゆっくりと彼の後を着いて行くのだった。

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