ヴィラの我が儘
「そう言えばあんな事が有ったせいで、魔王の試合がどんなだったのか、メル達に聞くことができなかったね?」
部屋に戻る途中で、翔哉は思い出したようにそう言った。
「ごめんねショウヤ...私のせいで......」
「ううん、ごめん違うよ。アスの事を責めてるわけじゃないよ。誰か他に話を聞ける人いないかな?って思っただけ!」
「首長さんも観戦してましたわよね? 彼に聞けばよろしいのでは?」
ヴィラがそう提案する。
「うん、そう言えばそうだったよね? それじゃ、夕飯の時にでも聞いてみようか?」
三人が部屋に帰るなり、再びヴィラは翔哉に対しておねだりをする。彼女の部屋は別にちゃんと用意されていたのだが、何故か彼女は毎日のように二人の部屋に入り浸っていた。
実はそれが理由で、なかなか二人がそのタイミングを得る機会に恵まれなかったと言うのもあるのだ。
「ショウヤ様、ご褒美第二弾ですわ!」
「第二弾って今度は何をすれば良いの?」
「決まっておりますわよね?」
ヴィラは皆までは言わずに、舌なめずりをしてアピールする。
「アス、ちょっと彼女に献血するね」
やれやれと言った感じで、ヴィラを抱きかかえる翔哉。何故かそうする時は、一応アスに断りを入れてからするのが習慣になっていた。
ベッドの上で吸血を始めるヴィラ。コクコクと喉を鳴らしてかなり大量に血を啜っているようだ。
ヴィラは満足するまで吸血し終えると、一瞬で塞がってしまっていた傷口を、必要もないのに執拗に舐め回す。
全体的にスリムではあるが、女性らしい豊かな部分や、肉感のある彼女の正面が翔哉の体に覆い被さったままである。
既に塞がっている傷口を舐める素振りをしながら、彼女はわざとらしく吐息をかけていた。
「ちょっとヴィラ! あなたいつまでショウヤの上に乗っかっているつもりなの? いい加減にショウヤから離れなさいよ!」
とうとうアスは、堪らずに怒り出してしまう。
「幼体化するまでは、余韻を楽しませてください」
「余韻って、血を飲んだ余韻なら、わざわざ乗っかっている必要なんて無いでしょ!?」
「吸血の余韻もそうですが、ショウヤ様の余韻もそうなのですわ♡ 大人の体のままの方が、より雰囲気が味わえますわよね?」
まるでニケでもあるかのように、露骨に下心を隠さないヴィラにアスと翔哉は呆れてしまう。
先程のハーレムの件でけっこうカッコ良く決めていた感じのヴィラだったが、結局それは自分の行いも肯定するための伏線でも有ったのだろう。
夕飯の時間になり呼ばれた三人は、いつものように首長と共に食事を楽しんでいた。
「ショウヤ殿、聞きましたぞ! 大量に出た重傷者の傷を治して回っていたらしいですね? わざわざ野営地に戻ってしまっていた、ダイダラスさんの怪我まで治療しに行かれたとか?」
「あっ、最初に始めたのはアスなんですよ。彼女が疲れて来てたみたいなんで、僕は途中から彼女に代わっただけなんです」
そう言われたアスは、恥ずかしそうに否定する。
「確かに最初に治療を始めたのは私ですけど、5人くらい治したところで力尽きちゃって......100人以上いた怪我人を治したのは、殆どショウヤですよ?」
「でも彼女が最初にそれに気付かなかったら、僕はたぶんずっと気付かなかったと思います」
二人のやり取りを見ていた首長のベガールは、そんな彼らを微笑ましそうに見ながら呟く。
「本当にお二人は仲がよろしいですね? きっと良い王と王妃になる事でしょう」
そんな事を唐突に言われてしまい、顔を真っ赤にして恥じらうアス。それに対して、翔哉は冷静に自分の考えを述べる。
「今回は別の大陸から魔王が二人も参加しているんです。しかもアスの従弟のリュークも、本来は持っていなかったはずの、とんでもない力を身に付けた状態で参加しています。それだけにそんなトラタヌな話をしていると、何だか足元をすくわれそうで」
「トラタヌ?とは良くわかりませんが、言いたい事はよくわかりますショウヤ殿」
首長がそう言った後で、アスが少しだけ天然ぶりを披露してしまう。
「きっと虎と狸の獣人族のハーフの事でしょ? 見た目は狸だけど、中身は虎だから油断するなって事よね?」
こちらの世界に来てから、言葉や文字が勝手に翻訳されると言う現象が起きていた為、日本からやって来た翔哉達は、意思の疎通や読み書きに困る事は無かったはずなのだが、同じ意味を為すその諺だけは、こちらの世界には無かったのであろうか?
少しだけ考えた翔哉は、その原因が短縮して言ってしまった事だと気がつく。
「ごめんアス...狸の皮を捕る前から収入の計算をするなって言う意味の、僕の居た世界で言われている諺なんだよ。わかりにくい言葉を使っちゃったね?」
翔哉にそう教えられ、耳まで真っ赤にしながら両手をグーにして頭を抱えるアス。そんな彼女の可愛い一面を見て、翔哉は少しほっこりしていた。
夕食中に聞きたかった事を思い出した翔哉は、再び首長に話しかける。
「そういえば首長さんは魔王の試合をご覧になったんですよね? どんな感じだったんですか?」
「ええ、勿論見ましたよ! しかし、特に何もする事なく、彼は勝ってしまいました」
ニケが言っていた事と同じ話である。何もせずに勝ってしまうとは、一体どう言う事なのだろうか?
不思議がる翔哉とアスの二人に対して、同じく観戦していなかったはずのヴィラが、自身の予想について述べる。
「恐らく精神攻撃系の魔法やスキルが得意なのでしょう。ミコトさんと同じですわ! 相手の選手達の精神に何らかの異常をきたす攻撃を加えて、物理的には何もせずに倒してしまったのでしょう! 一度にそれだけの者にかける事ができるところを見ると、相当な使い手なのは間違いなさそうですわね!」
「そう言われると確かに、対戦した者達の中にはいまだに意識が回復しない者もいるとか。意識が戻った者も、何が起きたのか話そうともせず、中には思い出して発狂し出す者もいたらしいです。その話からすると、ヴィラさんの言う通り悪夢でも見せられて行動不能にされていたとも考えられますね」
ヴィラの予想は合っていたようで、魔王と同じグループの選手は誰も外傷などの、物理的な攻撃で受けたような怪我を負った者は一人も居なかったのだ。
「相手の精神だけにダメージを与えるとか、けっこうエグいね」
「迷宮の壁が聞かせてきた幻聴と、魔物が見せた幻覚みたいなものかしらね?」
翔哉とアスが各々そう言い、ヴィラは更に意見を述べつつも一つ提案をする。
「精神攻撃系が得意な相手は技巧的な者が多いですから、何れにしても西大陸の魔王やリュークよりも、注意が必要な相手なのは間違いないですわね。私、明日から少し彼の事を探ってみますわ!」
「えっ? 大丈夫なの?ヴィラ。もし何か有ったら困るから、無理にそんな事しなくても良いんだよ?」
「まぁ、私の事もそんなに心配なさってくださるのですね? とっても嬉しいですわ♡ でも、大丈夫です! 危険そうでしたらすぐに止めますので」
ヴィラとしてはハッキリ言って東大陸の魔王が、自分よりも強いなんて事は微塵も思っていなかった。
再び何かしらの活躍をしなければ、翔哉の血を味わう口実が見つからないので、むしろこれは彼女にとって、またご褒美にあずかれるチャンスでも有ったのだ。
夕食が済んでお風呂の時間になり、再三に渡るヴィラのおねだりが始まる。
「ショウヤ様、ご褒美第三弾いただきたいですわ!」
「さっきたくさん吸ったよね?」
「ええ、血の方は勿論、満足いたしました。今回、最後のお願いは、お風呂で体を洗っていただきたいのです。私、リュークとの戦いで、とっても疲れましたのよ?」
体を洗って欲しい理由を聞いたアスは、わざとらしく彼女にお礼をしながら言う。
「今日はヴィラ、私の為にリュークと戦ってくれてありがとね! とっても疲れたでしょ? だから私が一緒にお風呂に入って、体を洗ってあげるね!」
そうアスに言われて、翔哉の背中に隠れながらごねるヴィラ。
「ヴィラはママよりもパパと一緒にお風呂に入りたいのです~」
いくら大切なアスを守ってくれたお礼とは言え、流石にこればかりは度が過ぎると思った翔哉は、やんわりと断わりを入れる。
「ヴィラが本当に小さい子なら良かったんだけど、本当の姿を知っちゃってるから流石にそれは無理だよ~」
「そうですわよね......さぁ、アスさん一緒にお風呂に入りましょう」
翔哉にハッキリとそう言われ、自分でも調子に乗り過ぎたと感じたヴィラは、そこはあっさり引き下がってアスと一緒にお風呂に入るのであった。
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