9、独りの森



 日の光が森を照らす。夜の闇が晴れて明るい朝が訪れる。植物が、生き物が、起きて動き始めた。


「んんん~」


 木の下に掘られた何かの魔物が昔使っていたらしき巣穴から1人の幼女が出てくる。暫く周囲を警戒してキョロキョロしていたが、何もいないと分かって息を吐いた。


 昨日は何とか魔物を撒いた後、運良く魔物が昔使っていたらしき巣穴を発見した。警戒は解けなかったから浅くしか眠れなかったけど。この巣穴のサイズは幼女じゃなきゃ入れなかったね。ラッキーラッキー。

 ラッキーと言えば、昨日はそれどころじゃなかったけど、魔物が襲ってきたお陰で教会から逃げられたのもラッキーだったかも。…死にかけたけどね。


 ───グギュルル


「……お腹空いた」


 取り敢えず何か食べたい。昨日走り続けて疲れたし、教会の食事はケチられて少なかったし、お腹いっぱい食べたい。


 この空腹では何かしら食べなければ死ぬ。生き延びる為に食料を探す為に動き出した。


 太陽に照らされた穏やかに見える森を恐る恐る歩く。何せ昨日は教会の騎士が苦戦する程の数の魔物がいた森だ。それに例え人に会えたとしてもそれは教会の関係者だろう。出会うモノ全てが敵だ。


 ガサッ!


「ッヒィ!」


 草むらが揺れる度に過剰な程体を跳ねさせる。来るのは飢えた魔物か、逃げた私を追って来た騎士か。


「なんだ…。リスか……」


 そして魔物の中でも温厚な性格のリス等が出て来た事に安堵する。


 お腹が空いているのは確かなのだが、水で血と汗と泥で汚れた体を洗いたい気持ちもある。〈クリーン〉という魔術があるが、あれは簡単な汚れしか落とせない。具体的には汚れて時間が経ってない物か、掃除の最後の仕上げ程度。だから川か何か水辺で大きな汚れを落とす必要がある。


「多分こっちの方向だと思うんだけど…」


 そんな事を考えながら歩いている私だが、初めての森で昨日は魔物から逃げて滅茶苦茶に走った所為で方角とか全然分からない。

 取り敢えず、教会の馬車がある方向と逆に歩いている。勘で。

 昨日までいたあの場所は教会の騎士達と魔物との戦場になっていた。食料があるかもしれないが、同時に教会の生き残りか強い魔物のどちらか片方がいる筈だ。一刻も早く離れたい。


「あっ!ベリーだぁ!」


 道中、村で食べていたベリーを発見した。迷わず駆け寄ると幾つかベリーを採って食べる。


「おいひい~」


 久しぶりの甘味に夢中になってベリーを口に運ぶ。更にもう1つ、採ろうと手を伸ばした。


「……ッ!?」


 伸ばしたベリーに違和感を覚えた瞬間、ベリーが動いて手を引っ込めた。


「シャアァァァ!?」


 ベリーだと思ったソレはベリーそっくりのアリだった。気が付かずに触っていれば、のたうち回っているヘビのようになっていただろう。


 ────キチキチ!

 ────────キチキチキチキチ!


 のたうち回っているヘビにベリーそっくりなアリが何十匹とまとわりつく。やがてヘビは動かなくなり、アリが去った場所には何も残っていなかった。


 これ以上ベリーを食べる気持ちにはなれないのでその場から離れる。


 歩きながら食べられそうな物を探すが、木の実はもちろん、キノコまでない。

 いや、蛍光色のキノコはあった。


「ギィィィ…………」


 ただし、モサモサの猿のような複眼の魔物が血反吐を吐いて倒れている姿を見るに毒なのだろう。

 流石に毒だと解って食べるのは無理なので眺めるだけに留めてまた歩く。


 目印になる物が無い森を歩いていると進んでいる方角の自信が持てなくなり、自分の記憶を信じたり疑ったりして進む事しばらく。


「…!魔力反応だ。魔物かな?」


 ちょくちょく使っていた魔力での索敵に反応があった。反応は1体だけだったが、ちょうど歩いている方向からの反応に少し迷って警戒を強めてゆっくりと近寄る。


 何時でも逃げられるように、と思いつつ茂みから反応の元を見てみる。


「オーガ…」


 その先で見たのは全身が赤銅色のムキムキマッチョな人形の魔物。三メートル以上はある身長に大きな剣を持っている。額に生えた2本の角が特徴的な、力に優れた残忍な魔物大鬼オーガだった。


 オーガは他の魔物に比べて嗅覚に優れた方ではないが、魔物はそもそもが人間よりも遥かに高い五感を備えている為ずっとここにいるのは危険だ。オーガの強さは単体でも中堅冒険者パーティーが戦闘して勝てるかどうからしい。


「…食事中を邪魔するのもねぇ……」


 そんなオーガが猪っぽい見た目の魔物をムシャムシャと一心不乱に食事をしていたので私は気付かれる前にそそくさと離れるのだった。






「イタッ!」


 その後も魔物の反応があったら避け、食べ物を探しながら歩いていると頭に何かがぶつかった。


「イテテ…。あれ、何も……いやコレ?」


 周りの木々と比べて少し低い木。重さでしなだれている枝の先、そこをよく見ると何かが生っていた。その異様な見た目、の実を興味本位で採ってみる。


「これは食べれるのかな?うーん、試してみる…?」


 幼女な身長の私でも手を伸ばして届いたその実を回して見る。が持っているのに見えるのは手元だけ。


 そう、驚く事に透明なのだ。なので見た目とかはない。透明だから。触った感じ皮が固いようだ。サイズはボウリングの玉よりも少し小さいかな?くらいの見た目通りのズッシリとした重たさの実。


 前世はもちろん今世でも見た事も聞いた事も無い果実を見詰める事しばらく。


「毒さえなければ大丈夫…」


 どんな味かは分からないが試してみる事にした。


 水浴びが出来る場所を探していたがやっと遠くの方から水の流れる音が聞こえてきた。

 水の音を頼りに歩き、辿り着いた先には川があった。


「水だぁ~!」


 今まで汗と血と泥でベタベタで気持ち悪かったのを耐えていたが、限界が来ていた私は持っていた透明の果実を近くにあった葉を地面に敷いて川に駆け出した。


 足を入れるとヒヤッとして冷たかったが、足の汚れが落ちていくのが分かる。このまま川に飛び込もうと思った視界の端で何かが跳ねた。


「魚かな?…食べられる物だといいなぁ」


 何かが跳ねた方向…上流に顔を向けて魚がいないかと目を凝らす。


 ───パシャン!


 するとまた跳ねた。今度はしっかり視界に入った。深い青色の鱗の魚だ。

 これは丁度良い。透明な果実の毒検査と夕食として魚を食べるチャンスだ。


 美味しいホロホロの身の焼き魚を想像して唾を飲んだ私の直ぐ側でまた魚が跳ねる。


 ────バッシャアアァァァ!


 跳ねた魚を追っていたのは私だけではなかったようで、カジキのような魚が角を使って跳ねた魚を突き刺す。


「…………」


 やる気は無くなり、川から離れた。


 川に入って魚を獲るのは危険だと判明したので、次は透明フルーツに毒があるかどうかの確認に移る。


 石を風魔法で砕いて鋭利にしてナイフ代わりにする。


「…いざ!〈ウィンド〉!」


 更に風魔法を纏わせてフルーツを切った。真っ二つになった実の中を見ようとドキドキしながら半分に開く。


「ウワッ!」


 その中を見て思わず声を上げた。


 外が透明だから中も透明だろうかと色々想像していた中の実の果肉の色は予想と随分外れていた。


「赤と紫のマーブル模様……」


 中身はメロンのような感じなのだが、その色がおかしい。真っ赤とか紫色とかならあるけどマーブルって。何だこれ。


「毒があるのかないのか全く分からない…」


 予想外も予想外な展開にどうすれば良いのか分からなくなった私は実を見詰めたままフリーズしていたが、石で果肉を抉り取り川に投げ入れてみる。


 水面に浮いて流れる赤と紫の果肉。丁度良い動物がいないから川に投げたけど、これで食べられなかったらどうしよう。其処らの草でも食べる?と眺めていた。


 ───バシャバシャバシャバシャバシャ!

 ─────バシャバシャバシャバシャバシャッ!


 そんな心配は杞憂に終わる。


 池に入れたパンを食べようとする鯉のように、赤と紫の果肉へと魚が殺到してあっという間に見えなくなった。


「………」


 勢いが凄すぎて逆に大丈夫なのか分からない。暫くしても浮いて来ないので即効性の毒ではない事は確定したが、ヤバい薬物の仲間なのでは?と思う。

 だが、歩き続けてお腹が減っている。これから食べ物を見付けるのは難しいし、川も危険だ。


「い、いただきます……」


 こんな訳分からない果実を食べようなんて切羽詰まっていなければ絶対にしなかっただろう。有志の魚達の協力で多分、きっと毒は無い筈だから大丈夫。


(大丈夫大丈夫、きっと美味しい。美味しいッ!)


 自分に大丈夫だと言い聞かせながら透明フルーツを口にした。次の瞬間目を見開いて夢中で食べ始めた。


「甘い…!それにトロットロに熟してる!止まらない……!」


 完熟メロンのような食感に濃厚なマンゴーのような味、後味にほのかに苺のような酸味。何口でも口に運べる飽きのこない味わい。1人では食べきれないかと思っていたが結局まるごと食べきった。


「ご馳走さまでした」


 色がおかしい事が気にならなくなるくらいに美味しかった。満足感のあるお腹を擦って、あの実が生っていた木を思い浮かべる。


 久々にお腹いっぱいになってうとうとしてきた体に鞭を打ち、途中だった体の汚れを落とそうと動く。


「〈クリーン〉〈ウォーターシャワー〉」


 川に入るのが怖いので、慎重に水魔法を使って川の水を自分にかける。水をキレイにするのは忘れない。何度か水をかけて体がキレイなったので川から離れる。


「〈ウィンド〉」


 風をクルクルと回して、全身を乾かす。疲れから欠伸が出つつ、しばらく続けて体と服を乾かした。


「〈クリーン〉」


 仕上げに多少の汚れや垢程度ならキレイさっぱりに出来る〈クリーン〉で全身の汚れは一掃された。


 眠気が限界になり、日が落ちかけた頃、木の上に登り太めの枝の上で水で洗った巨大かつ肉厚な葉を寝袋代わりにくるまる。


「…………」


 枝葉の隙間から見える美しい星空を眺める。教会から逃げ出せたけど独りは寂しい。透明フルーツの美味しさも川の怖さも、この輝く星空も共有出来ない。


 虚しい気持ちに蓋をして私は目を瞑った。





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