第29話 ピカと赤い髪の男
「やや! 貴方様が!」
村長らしき男と、20人前後の村人たちが俺たちの方へとやってくる。その中にジョハンナによく似た女性がいた。
「カーナ!」
「ジョハンナ!」
よく似た2人はぎゅっと抱き合うと涙を流した。
「カーナ、ミルゴさんは?」
カーナは唇を噛むと悔しそうに下を向いた。ジョハンナはそれが死を意味すると悟ってそっとカーナの背中を撫でる。
「村の若い男たちは皆……魔物との戦いで死んでしまった。村の土壌は死にもう……」
村長らしきおじいさんが嘆くと、ユフィーがすかさず
「もう大丈夫です。ここにいるマゴアダヴィド教の教祖さまであらえるダヴィド様が安全で緑豊かな新しい場所に貴方たちをお迎えします」
その言葉に村人たちが希望を取り戻す。けれど、俺はどうしてこのロヨータ村でこのようなことがおこっているのかという謎に興味があった。
グリコの件といい、ゲームシナリオにはないイベントが多発している。それも主人公が出現する前に……だ。
「あぁ、ミルゴ。少しの間お別れね」
カーナが荷物を纏めながら、ボロボロになった家に向かって呟いた。俺はそれを見て心が打たれるように痛くなる。長く住んでいた家も家族も失ってこの人たちはどんなに苦しいんだろう。
ジョハンナと共に都で生まれたカーナよりも、ここで生まれ育った人たちはもっと……。
荷物をまとめる村人たちの悲しそうな表情。その中で1人の少女が泣き喚いていた。
「だって、全部あのお兄ちゃんがきてからだよ! お井戸さんにお兄ちゃんが悪いことしたんだ!」
「あの子……さっき道で」
少女は印象的な青い髪をしていた。グリコよりも少しお姉さんだがまだ幼い。ガリガリに痩せていて、それでも彼女からは少しだけ魔力を感じた。
「すみません、教祖様。彼女はピカ。この村で唯一の魔力を持つ子供でして……ただ、父親がこの村に昔訪れた盗賊の流れ者で……」
村長がいうにピカは魔法を使える母と元盗賊の父親の元に生まれた子供。彼女がすばしっこく村の外で隠れていられたのは父親の影響らしい。
「ピカ、詳しく聞かせてくれないか?」
しかし、ピカの母親が俺と彼女の間に割って入る。
「良いのです。教祖様、この子はおかしなことを……ほらピカ。親切なお方が新しいお家をご用意してくれているのよ。わがまま言ってはダメ」
「いやだ! ピカはこの村が大好きなの! どうしてみんな話を聞いてくれないの?」
その言葉に村人たちが寄ってたかってピカを説得し出す。
俺も領民が欲しい。
この人たちは困っている。
だから助け出せばそれでいい。
そんなふうに思っていたけれど、目の前の少女の涙を見た俺は……自分の欲望だけで動くことが恥ずかしいと感じた。
困っている人がいたら助ける。それを実行しようじゃないか。
「皆さん、ちょっと良いですか。我が領地に仮の住居を建て、皆さんには安全な場所に移動してもらいますが……私はここに残りこの村で再びみなさんが暮らせるようにしましょう」
「教祖様?」
「ユフィー、川を超えた後みんなを領地まで案内してくれ。俺は引き返してここで怒っている異常事態を解消するよ」
ユフィーは「はい」と返事をすると慌ただしく準備を始める。
「教祖様は……ピカの話を聞いてくれるの?」
「あぁ、俺にピカが見たことを話してくれるかい?」
「ピカを信じてくれるの? ピカは悪いお父さんの娘だから、嘘つきだってみんな言うの」
「いいや、俺は信じよう。話してごらん」
***
「モンスターがいっぱいになる前の晩にね。真っ赤な髪をしたお兄ちゃんが村のお井戸さんに入っていったの」
ピカを肩車しながら俺はゆっくりと道を歩いた。俺がゴッドファイアーで再びモンスターが寄り付かないように道を作っているので安心だ。
「ピカは見つからなかったのか?」
「うん、ピカはお父さん? に似てすばしっこいんだ。モンスターにも見つからずに歩けるよ」
なるほど、彼女は盗賊向きな属性というわけだ。ゲーム内でもモンスターとエンカウントせずに歩ける特技があったっけ。
「そっか。その赤い髪のお兄さんは何を?」
「お井戸さんの中に入っていったの。それでね、お井戸さんがピカーって光って……それから夜になるとね、大きな唸り声が聞こえるようになったり、地面が揺れたりして、そうすると必ずたくさんのモンスターが村の周りで暴れるようになってね」
「お井戸さんって?」
俺たちの会話を聞いていたピカの母親が補足をする。
「お井戸さんはロヨータ村にある唯一の井戸のことです。ただの井戸ではあるのですが、農業を営む私たちとってあの井戸から組み上げる水が命の源。そういう考えから神様のように扱うようになったんです。だから、お井戸さんとかお井戸様なんて言ったり、不思議とあの井戸の水は元気が出るってそんな気さえするんですよ」
「そうそう、お井戸さんのお水は野菜をぐんぐん育てて風邪だってすぐに治っちゃうんだから」
「そのお井戸さんの下には何が?」
「何も……井戸に落ちて助かったものはおりませんし。水が流れているのじゃないでしょうか」
FGGのゲームだと井戸の中に入れるのだが……実際に入る人はいないらしい。そりゃそうか。井戸の中にダンジョンが広がっている可能性は十分にありえるな。
「では、唸り声や地震については?」
「あぁ、確かにモンスターの咆哮が聞こえたような……。あの大勢のモンスターたちがやってくる合図だったんでしょうね」
「教祖様、本当にピカたち村に戻れるようになる?」
「あぁ、そうしてみせるよ」
「あの……教祖様。どうか、どうかお願いいたします。私も夫のそばにいたいんです」
俺の後ろにいたカーナが涙を拭った。ジョハンナが彼女の背中をさする。
橋を渡り、宿屋が見えてきた。
俺の馬車、そしてその横には見慣れた白くて綺麗な馬車。
「ダヴィドさーん!」
手を振っているのはアマリスとクルネだった。
「聖女様??」
村人たちがざわつき出す。俺も心がざわついた。
——あの人はなにやってんだ!
アマリスは俺を見つけると真っ直ぐ駆け寄ってきて嬉しそうに俺に抱きつき、数秒の抱擁のあと、
「ダヴィドさん。村人たちの救出誠にありがとうございました。さぁ、村人の皆さん。馬車を用意したので乗ってくださいな。領地までお送りしますわ。さ、ダヴィドさんも」
と言って、宿の裏にずらっと並んだ国営の馬車を指差した。ありがたい心遣いであるが、このクエストにはまだやり残したことがある。
「いや、俺は村に戻って原因を調査します。もしかすると、彼らがまたあの場所で静かに暮らせるかもしれないので。ユフィー、シズカ、クルネ。行くぞ」
「待ってください。私に行かせてもらえないでしょうか」
ジョハンナがそういうとクルネも小さくうなずいた。俺は心底嫌だったが、ことを荒立てても仕方がないので了承することに。
「じゃ、クルネ。この人たちのことはシュカに頼んである。道中、頼んだぞ」
「はい、ダヴィド様」
宿に背を向けてもう一度橋の方へと向かう俺たち。井戸の中ではどんなことが起きているのだろうか。
シナリオにない展開に少しの恐怖とワクワクを感じながら俺は杖を強く握った。
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