そこに放さないで!
三椏香津
そこに放さないで!
前世の私は、大きな桜の樹だった。春には大勢の人が、私に会いに来てくれた。この身が完全に老いるまで咲き続けようと思っていた。
しかし最期はあっけなかった。他国からやってきたらしいクビアカカミキリという名の虫が、私の体を蝕んだ。そいつが私の体に卵を産み付けたのを確認した樹木医の顔、生まれ変わっても絶対忘れはしないだろう。
「じゃあ自己紹介を。」
「今日からこちらの部署に配属になります、ヨシノ・ソメイです。よろしくお願いします。」
挨拶をした私に同部署の先輩方が拍手をくれた。
ここは以前の私がいた世界とは異なる。昔私の根元でよく本を読んでいた子供たちが話していた”異世界”という所だろう。私は人に生まれ変わり、公務員になった。今日は生まれ育った国役所の、”外来生物対策室”への配属初日だ。
…一体どんなことをする部署なのだろうか。
「早速これから森の調査に行くから、ついてきて。」
私は言われるがままに先輩について行った。
「あ!そこ何してるの!こんな所で放さないで!」
森に入って1キロほど歩いた所、先輩は何かをしている三人組に向かって叫んだ。すると慌てた様子でどこかへ行ってしまった。
「またあの農場の奴ら、ちゃんと申請したら引き取るって言ってるのに、まあ安くはない。」
「申請?何をです?」
「他国の生物をだよ。あ、いた。」
そこにいたのは小さいミミックだった。一見どこにでもいる種類のように見えるが?
「ここ。」
先輩の指さす方を見ると、蝶番が銅色ではなく赤色だった。途端に森の空気が冷えた気がした。
「(森が、怖がってる?)」
「こいつは自身の箱を強固にする為に、木製の物を食い漁るのさ。特に好物は生きてる樹木。こんな所で放したら、森が死んでしまうよ。」
そう言い先輩は持参していた金網ネットにミミックを入れた。
そいつの赤を見た私は、現世に生まれてから一度も感じたことのない苛立ちを覚え、そして思った。これは私にとって天職だと。
そこに放さないで! 三椏香津 @k_mitsumata
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