参の参 遺された者の推論
結局、花渡はその晩、突如江戸市中に湧き出したモノを退治して回る破目になった。
流石に体力の限界もあるので朝までとはいかなかったが、今まで見たこともない、手強いモノに山程出くわした。
斬っても際限もない。
おかしい。
何かが起こっているのだが、それが何か掴めない。
分かるのはモノが江戸市中に突如溢れたこと、ただそれだけだ。
原因の見当も付かない。
恐らく母親の百合乃が生きていたなら、かなり正確に何が原因か当たりをつけてくれたのかも知れないが、それは空しい回顧の一種でしかない。
眠りもそこそこに、花渡は赤星のいるであろう町奉行所を訪ねた。
途中で何回かモノを斬ったものの、怪我もなく奉行所に辿り着いた花渡は、昨日斬ったモノについての報告という名目で、赤星に面会することに成功した。
あれこれの事情を探ろうとする。
下位とはいえ公儀に仕える幕臣である同心なら、多少詳しい話を聞いている……と思ったのだが。
「分からん。何が起こっているのか全く分からん。モノ絡みなら、寺社奉行所の領分だが、そちらから何の話もない。ただ、モノが多すぎるから、町奉行所の者もモノ退治に駆り出されてる」
昨日の今日で、流石に赤星はやつれている。
髷が乱れ、目の下に隈があった。
多分、花渡と同様、夜中からモノ退治に走り回ったのだろう。
「本当に何もないのか? おかしいぞ、これは。今まで江戸で見たことのないようなモノが出た。私が昨夜斬ったのなんて、二階家程の図体をしてたぞ?」
そういうのは、絶対江戸に入れないはずじゃないのか?
江戸は初めからそういう仕掛けを施して造ってあると聞いてたが、と花渡がたたみかける。
赤星は、はぁあと盛大な溜め息をついた。
「せめて、お前のおっ母さんの百合乃殿がご存命であったらな。流石に高位の巫女だけあって、江戸の守りについて、かなり詳しいことまで見抜いておられたようだった」
花渡と同じような回顧を、赤星もこぼした。
「ここにいらっしゃれば、何がどうしてこうなってやがるのか、解き明かして下さったかも知れん」
赤星はそう口にしつつ、乱れた鬢の辺りを苛々と掻いた。
「……母が言ってたっていう、江戸のモノに対する守りってやつの仕組み、覚えてるか?」
もしかしたら、その辺りがどうにかなったのだろうか。
母が殺害された当時、十歳くらいだった花渡よりも、既に元服して同心だった赤星の記憶の方が確かなはずだ。
「それが、あまり覚えておらんのだ」
赤星が苦虫を噛み潰す。
「小難しい神仏絡みの言葉が山と出てきたことは覚えている。俺が寺社奉行配下の同心だったのなら、もっと真剣に聞いたのだろうが、町奉行の者には不要と、暗に思っていたのだろうな」
後悔の溜息。
「この件に関わりそうなことは、切れ端くらいしか覚えておらん。お前の父親の佐々木小次郎殿との馴れ初め話の方を、はるかに良く覚えている」
「何をやってるんだ、あんたは……」
がっくり来る花渡であった。
「この際、切れ端でも何でもいい。何かそれらしいことを思い出せないか?」
モノが数体出て終わりだったら、花渡もそれほどにこだわらなかっただろうが、明らかにモノは後から後から限りなく湧き出しているようだ。
これは明らかにおかしい。
高位の巫女を母に持っていても、早くに亡くしたせいで、神仏やモノに対しては常人より多少マシ程度の知識しか持ち合わせていない花渡だ。
江戸に施されているという、聖なる守りに何かあったのではなかろうかというくらいの見当はついた。
「うむ……鬼門、という言葉は覚えているな。後は確か、神社仏閣の並び方がどうのとか、そんなことを」
赤星が、必死に記憶をまさぐっている様子で言葉を紡いだ。
「鬼門……?」
「確か、江戸そのものの鬼門がどうのと……詳しいことは、本当に覚えておらんのだ、すまんな」
「いや……」
花渡の中で、何かが閃いた。
「忙しいところ、悪かったな、赤星の旦那。ありがとう、お陰で何か分かったかも知れない」
矢野さんや千太さんにもよろしくな。
そう言って背を向けた花渡に、赤星が呼び掛けた。
「花渡? どこへ行く?」
「……少しばかり、思い出したことがある。この考えが当たっているか分からぬが、確かめる価値はあるさ」
多分当たっている。
敵の気配を感じた時とは違うぞわりとした感覚を味わいながら、花渡は表へ出た。
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