第30話 人生の先輩らのため息

「しかし、私のせいでメル殿まで貴族としての特権を失うのは……。家族に問題があっても、良き相手と縁づけばそれでなんとか……」


 ベネットはメルの言葉に反論した。


 彼の言葉に部屋にいた面々は目を丸くし、そして、


「なんてことおっしゃるのですか!」


 まず、ばあやことサモワが大声を出した。


「本気で言ってるのか?」


 レナートがあきれるような声を出す。


「なんなの、その無神経発言!」


 テティスはあきれを通り越して憎しみすら感じさせるような口調であった。


「えっ、えっ……?」


 自分としてはあくまでメルのことを思いやって言った言葉なのに、一同に責められてベネットはうろたえる。


 その言葉がメルにどう響くのかを全くわかっていないベネットの様子に三人は盛大にため息をついた。


「まあ、あとはお二人で話し合った方が……」


 サモワがそう言ってレナートたちに退出を促した。


「そうだな、あとは若い者だけで……」


 レナートも言い、テティスもそれに従い退出した。


 三名は部屋を出てしばらく歩くとまた盛大なため息をついた。


「いい感じに見えたんだけどね……」


 テティスが言い、レナートらもうなづく。


「この王宮でベネット様はまともな人間扱いもされてきませんでした。担当の使用人ですら遠巻きにして、人によってはひそかにバカにしている者も……」


 サモワがベネットが生まれてからのことを回顧する。


「でも、そういう時はあなたがちゃんと使用人たちを……?」


「そうではございますが、鋭いお方ですし、私とて四六時中目を光らせることができたわけでもありませんからね」


 サモワが再び頬に手を当てため息をつく。


「鋭い割には自分の奥さん、メル殿のことについては少し鈍すぎないか? 少なくとも好意以上のものを彼女の方も持っていると思うのだが?」


 レナートが分析しながら言う。


「ベネット様は普通の家族関係でも忌み嫌われてきました。だから……」


「なるほど、性格や価値観を形成する基本の人間関係でずっとそのような仕打ちを受けると、上級者編ともいえる恋愛で適切な判断をするのは難しいかもしれないわね」


 サモワの説明を受け取って、テティスがさらに詳しく分析をする。


「まあ、そんな仕打ちを受けても、いじけず前向きに未来を考え、妻にも優しいってだけでもけっこう尊敬できるけど……」


 テティスはさらにベネットを持ち上げる。


「そうですわよね! だからこそ、ベネット様にはお幸せになっていただきたいし、メルさまはベネット様の容貌を知っても、他の者たちとは違って普通に接してくれる方です。だから……」


「こればっかりはな、あとは当人らの問題だしな」


「それとなく、お二人には関係が深まるようなお言葉をかけてはいるのですけどね」


 再び彼らは盛大なため息をついた。


 人生の先輩として見えているものはあれど、当人たちが越えなければならぬ壁に手出しはできぬことをもどかしく思いながら。


 

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