第3話 冷淡な家族と親切な婚約者

「あー、おかしいっ! もう途中で笑いをこらえるのに必死だったわ!」


 控室に下がるとエメがすっきりとした表情でしゃべりだした。


「エメ、部屋の外に音が漏れたらどうするの?」


 母がエメをたしなめたが、その顔にはうっすら笑みがこぼれている。


「メル、私たちは屋敷に帰るがお前は今日から王宮で暮らすのだ。荷物は後で届けさせる、いいな」


 父がメルに言い聞かせた。



 持参金のほかに王家は以下のことを結婚の条件として挙げた。


 式は一週間後。

 急いでいるのはおそらく娘が嫌がって気が変わるのを恐れたからであろう。

 過去の歴史を紐解くと、同じように結婚を強要され逃げ出したり自殺しようとした娘がいたらしい。


 夫婦生活においては白い結婚でいい。

 実際に肉体交渉をもって妃が懐妊した場合、さらにどんな恐ろしい化け物が生まれるかわからないから、その方が都合がいい。

 王太子にもその旨は厳命しておく。


 さらに、いずれ第二、および第三王子が成長したら、それぞれの資質を見てどちらかが正式な後継者となる。

 ベネット王太子はそれまでのつなぎであり、正式な王太子が決まったら、病気など理由に彼は引退し公の場から姿を消し、どこかに隠棲する。

 その時には離婚してもかまわない。


 以上である。


 

 離婚前提の白い結婚をまとめて何の利点があったのだろうか?


 メルはいぶかったがそれもすぐにわかった。


「私たち家族はメルの様子を見るという口実で王宮の出入りを許されることとなった。つまり、王宮で頻繁に第二、第三王子と顔を合わせる機会が持てるというわけだ」


「わかりましたわ、そこでエメを売り込めばいいのですね!」


 要するにエメを真の王太子となる第二か、第三王子に売り込むためのきっかけづくりとしてメルを利用したのだ。


「私の策謀を誉めてほしいものだね」


「さすがはお父さま!」


 両親と妹エメの会話をメルはむなしく聞いた。


 要するに、妹エメが本当に後継となる王子を射止めるためのダシに使われたというわけだ。



 両親と妹はメルを残して帰宅し、メルは王宮内の最上級の客間に通された。


「式まではこの部屋をお使いくださいませ。式の後は王宮内の夫婦の寝室に移動していただきます」


 女官がメルを部屋に案内し説明した。


 今までに見たことのない見事な調度品、部屋のグレードの高さにいかに王家が気を使っているかがメルにもわかる。


 部屋のあちこちを見て回っていると、ノックをする音が聞こえた。


 訪ねてきたのは王太子のベネットであった。


「何か足りないものはないですか、メル殿」


「いえ……」


「そうですか。幼いころから私に使えてくれた侍女のサモワにあなたに仕えるよう申し渡しましたので、困ったことがあれば彼女に行ってください」


 ベネットの後ろから年配の女性が現れてメルに挨拶をした。


「まあ、それでは王太子殿下が困るのではありませんか?」


「私は大丈夫です。たいていのことは自分でもできますので」


「それなら私も……」


「いえ、あなたはこの王宮初めてなのだし、なにかと不安なこともあるでしょうから、どうぞばあやを頼ってください。それから、私の家族や家臣たちが何かあなたにいやな思いをさせたり困らせたりしたときはおっしゃってください。私が何とかいたしますので。それではまた」


 ベネットは去り、一緒にやってきたばあやは部屋に残った。


「お優しい方なのですね」


 彼が去った後メルはつぶやいた。


「ああ、お分かりになられますか。そうなんです、ベネットさまは本当にお優しいのですよ。だけど容貌のせいで、ご家族からも家臣からも、避けられ侮られ……」


 ばあやと呼ばれた婦人はコンコンと説明をし始めた。

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