人生

@akashi0620

人生は一度きり

病室のベットから見る外の景色はどこまでも真っ白な世界。僕は生まれてこのかた外の世界に出たことがない。生まれた時から体が弱くてずっとチューブに繋がれた生活をしている。あと心臓の手術さえ乗り切ればここから開放されるのに…今もこうして病室の一角でベットと共に暮らしている。明日は週に一回の院長先生の回診である。ドラマで見るような大勢の回診ではなく意地汚そうな顔の院長がいつもの僕二人を連れて病院を回るだけだ。病院も人手不足なんだろう。ここはいつも寒い。広い廊下にこじんまりした病室が多くある。地上三階分の高さを有するこの病院はここら一体では最も大きい病院だ。いつも通りまた本を読む。大昔に遡ればここはもともと日本ではなかったらしい。こんな知識もたくさんの本から情報を仕入れる。いつも本を読むことしかやることがないから同い年の高校生よりは頭が良いと自負している。今日もまた日本の歴史書を続きから始めた。いつか同級生と一緒に勉強できるように…


”コンコン”


「角野さん、問診の時間ですよ」


本を読んでいると声がかかった。毎日同じ時間に研修を終えたばかりの先生一人に院内一可愛い看護師それと珍しい男の看護師ふたりが問診のために病室に入ってくる。静かに本を置いていつも通りのルーティーンを繰り返す。体温を測り、それから血圧、最後に採血をして一通り終わりだ。あとはまたこれを寝る一時間前に再び行う。生まれてからずっとこんなことをしているともう流石に慣れてきた。こんな面白くもない毎日から抜け出したいと何度思ったことか。また流れ作業のように本を読み始める。でも最近僕なりの楽しみができた。定時刻窓を開けると中庭に同い年くらいの女の子がバイオリンを演奏しているのがよく見える。その音がどうも僕の心によく響いていた。今まで何度も外に出たい、外を歩きたいと思ったがその思いをさらに飛躍させるような出来事だった。

次日いつものように窓を開けた。音が聞こえない。外を見てもバイオリンを弾いている女の子の姿が見当たらない。

”コンコン”

問診の時間でもないのに扉が鳴った。扉の方を見てみるといつものバイオリンの女の子が扉を少し開けてこちらをのぞいている。

「君いつも窓から見てるよね」

僕に話しかけてきた彼女の声はいつも聞こえてくるバイオリンからは想像もできないほどかすれた弱々しい声だった。驚いた僕は何も返答ができなかった。数秒の沈黙から絞り出すように言葉を放った。

「バイオリン上手だね」

「ありがとう」

わずかに見える顔が赤くなったのはわかったがなかなか姿を見せてくれない。

「お名前は?」

今度は僕から会話を始めた。

「しおり」

「良い名前だね」

両親や特定の先生としか話さない僕は明らかに会話が下手くそだ。

「君は?名前はなんて言うの?年齢は?学生?なんの病気?」

間髪を入れず質問を繰り広げる。その時初めて彼女の顔の全体を捉えた。

「僕は角野ひろむ、今年一応高校一年。」

なぜかわからないが病気に関しては答えたくなかった。それを察したかのように彼女もまた質問を返してきた。

「なんで見てたの?」

「窓を開けたらすごく上手なバイオリンが聞こえたからどんな人が弾いてるのか気になっちゃって…ごめんなさい」

また顔が赤くなった。りんごみたい。

「なんで謝るの?嬉しいよ!」

「そっか」

やっぱり会話が苦手だ。どうしても上手く会話は続かない。僕の気持ちと裏腹に思ってたよりも小さいバイオリンの少女が僕の病室に入ってきた。

「音楽をなんで始めたの?」

間を埋めるために再び女の子に話しかけた。自分でもなんでこんなことを聞いたのか全くわからない。

「んーとね、私も病気なんだ。生まれた時から声が出せなかったの。最近になって手術して声が少し出るようになったんだけど三年前まで全く…それでね、やっぱり声が出ないことに悩む時期ってあるじゃない?いつも通院してる病院から帰る時にね、路上ピアノを見たの。そこで音楽に出会ったの。感動した。声を出さなくても人と通じることができるんだって。」

「そうなんだ。じゃあなんでバイオリンを?」

「それは…見た目に一目惚れした」

初めて会ったどこかおかしなこの女の子に少し引かれている僕がいた。




僕はまた今日も窓から外を覗いている。少し前と変わらず彼女の演奏を聴き、本を読む毎日だ。少し変わったことといえば、彼女が手を振ってくれること…




時が経つにつれ想いは募る。バイオリンを聴いているだけだったのに、彼女自身にどんどん引かれている。バイオリンを弾く『彼女』の姿は愛おしい。




今僕は手術を控えている。心臓のドナー提供者が見つかった。いざ手術が控えているとわかると早く治して外に出たいと思う反面恐怖が押し寄せてくる。怖い。怖い。怖い。でもいつもそんな時に励ましてくれたのは『彼女』だった。




手術前日、僕は完全に覚悟を決めていた。大切な『彼女』に支えられてここまで来れたのだ。この手術が終わったら絶対に告白しよう!!大切な『彼女』に。この想いを伝えるんだ。好きで好きでたまらないこの気持ちを。ぶつけるんだ。絶対に手術は成功する。



         ピーピーピー 心肺停止 角野ひろむ死去



            〜やるなら今しかない〜

           〜今しかできないことがある〜

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