第43話
城塞都市、イ=ツェル。
これといって特徴がないのが特徴というか、いわゆる中世ヨーロッパのテンプレみたいな町だ。中央を流通を司る大河が貫き、周囲は円形にぐるりと城壁が囲っている。
無事に町へ入ったヤイバたちは、とりあえず酒場を目指した。
朝食抜きで働いたので、ヤイバは腹ペコだった。
それに、情報収集といえば酒場が定番である。
ちょうど、何本か川を渡る橋があって、一番大きな通りに賑わいが広がっていた。時刻は正午を過ぎた頃で、どこの店も賑わっている。
「ここにしよう。ごめんください、四人ですが入れますか?」
ヤイバはあえて、混雑した明るめなお店を避けた。
あまり大勢の前であれこれ聞き回っていると、怪しまれるからだ。
この異世界で、ヤイバたちは身分を証明することができない。捕竜船ミネアポリントン号の船長に繋いでもらえれば、なんとか無害な人間であることは伝わるだろう。だが、それは手間だし船長にも悪い。
という訳で、町の衛兵や自警団などとは関わりたくないのだった。
しかも、こっちは絶滅した筈のダークエルフを連れているのである。
「へい、らっしゃい! 奥のテーブルが空いてるよ! ……見ない顔だな、旅人かい?」
「まあ、そんな感じです」
「ハッハッハ、そんな格好してりゃわかるさ。この土地の人間じゃねえってな」
ヤイバは実は、装備をといたので上下スェットである。
チイとカホルは学校の制服だが、律儀に着こなしているチイに対して、カホルは着崩してカーディガンを羽織っている。
ちょっと、旅人という格好ではない。
それでも旅人で通したし、店主もそれ以上はなにも言わなかった。
つまり、この店は無粋な詮索を嫌う空気がある、そういう店だと思った。
「さて、まずは軽くなにか食べようか。ブランシェも、好きなもの食べていいからね?」
「……いい、の?」
「もち、いいに決まってるっしょ! あーしは、えっとね……?」
「どうしました、カホルさん。メニューの文字も読める筈ですが」
眉をひそめてメニューを凝視していたカホルは、ぱっと笑顔になった。
「あ、逆さまか! ふむふむ、読める、読めるぞお! なんちって」
「翻訳魔法って凄いんですね。ふふ、ブランシェちゃんのおかげです」
「わたし、これがいい。あったかいの、スープ」
とりあえずパンを人数分と、適当に何皿か料理を決める。
ちょうどよく注文を取りに来たウェイトレスは、一同を見てハッとした表情を見せた。
「あら、エルフ……ダークエルフ? ふふ、まさかね。そういう仮装、流行ってるのかしら。で、お客様はなにをお望み?」
「その前にまず、いいですか? お姉さん、キルライン伯爵という方をご存知でしょうか」
「ああー、冒険伯爵で有名な。なんか、ちょっと前に行方不明になったって。船の残骸も見つかったし、運がなかったのね」
「なるほど、つまり最近は話題にものぼらない、と」
「そうでもないわよ? 結社の方で随分熱心に捜索してるもの」
「結社?」
「そう、キルライン伯爵の冒険ギルドというか……まあ、公然の秘密結社ね」
その名は、自然を愛する仲間たち。
そのまんまのドストレートなネーミングだが、そういう名前の結社らしい。まあ、その実態がなんとなくヤイバには想像できてしまうのだが。
環境保護を訴える迷惑なテロリスト、そんなもんだろう。
だが、給仕の女性はさらに色々と教えてくれる。
「悪い人たちじゃないんだけどねえ。強いて言えば……余計なお世話?」
「ですね」
「そりゃ、10年前は魔王だ魔法だドンパチで、冒険者も大勢いたけどねえ。星の泉が枯れ果てるとか言われても、あたしゃろくに学校にも行ってないんだ、サッパリな話だよ」
給仕は注文を最後にあまさず聞いて、復唱してからキッチンに戻っていった。
周囲を見れば、客はまばらだがカタギじゃなさそうな人もいる。店のラジオは調子が悪くて、ノイズばかりでほとんど聞き取れない。
情報収集が目的なので、懐の銀貨と相談してからヤイバは立ち上がった。
「すみません、お店のお客さん全員に僕から一杯おごらせてもらえませんか?」
誰もがヤイバを振り向いた。
ざっと15人ほどで、空いてる席のほうが多い。だが、こういう場末の酒場みたいな場所の方が、情報源が多種多様だったりするのだ。
店主はなにも言わず、全員に冷えたエールを配りだす。
カホルもじゅるりと手の甲で口を拭ったが、今日はまだ我慢してもらった。
そして、杯がいきわたるのを待って、ヤイバは店内を歩き出す。
まずは、昼休み中の衛兵と思しき鎧姿の男に声をかけた。
「あの、よければ教えてもらえませんか? 田舎から出てきて、なにぶん世間知らずなもので」
「フン、そうかい。……なにが知りたいんだ?」
「10年前まで魔王と闇の軍勢が世界を支配していた……本当ですか?」
「おいおい、どこのお上りさんだよ。そんなの常識だぜ? でも見ろ、この町を。ここだけじゃねえ、王都もよその国も、この10年であっという間に復興した」
「みたいですね。それで、エルフやドワーフ、ホビットたちは」
「……あの戦いは苛烈極まりない激戦だった。奴ら、減りすぎたのさ。そりゃ、人間も沢山死んだ。だが、平和になったらボンボン増えたのよ。奴らはそれができなかった」
どうやら、以前イクスが言っていた通りのようだ。
もともと漫画やゲームなんかを見ても、エルフはあまり多産な方でもなく、長寿故に子孫繁栄にあまり興味がない。一生を子もパートナーも得ずに終える者も珍しくないという。
亜人たちに比べて、人間の繁殖率がずば抜けて凄かったということだろう。
エールの礼を衛兵に言われて、ヤイバも慇懃に礼を返す。
すると、今度は別の客が向こうから話しかけてきた。
「おう、ボウズ! さっき、結社の話をしてたな。例の、自然を愛する仲間たち、の話だ」
昼からかなり酔っているようで、その男は千鳥足で近づいてきた。
そして、冷たいエールを煽って深い溜め息を広げる。
「連中な、規模は小さいんだがあちこちの町に支部を作ってやがる。盟主は例のキルラインとかいう冒険伯爵さ。信じられるか? 科学技術を捨てて、昔の生活に戻ろうなんて言うんだぜ?」
「……その人は、環境問題を論じているらしいですね」
「そうそう、星の泉が枯れちまう、なんてな! ガハハ! ……そんな訳あるかっての。世界はこんなに広いんだ、ちょっとやそっとの汚れじゃ駄目にはならねえよ」
そういう意見は確かに多いだろう。
多分、ヤイバたちの地球でも一定数いるはずだ。
だが、ヤイバは知っている。今まさに産業革命真っ只中のこの異世界は、やがてどんどん科学技術を発達させ、惑星の環境を悪化させてゆくのだ。
地球は今、ギリギリの瀬戸際に立たされている。
そしてそれは、この異世界の未来の可能性の一つなのだ。
だが、酔っぱらいはエールを飲み干し、もう一杯ねだってくる。ヤイバが無言の視線で店主に頼むと、ありがてえ! と男はヤイバの肩を叩いた。
「それにな、ボウズ。お前さん、一度手にした便利な道具を、捨てろと言われて捨てられるか?」
「……難しい、ですね」
「そうだ。既得権益ってやつはな、得ることはできても捨てることはできねえのさ。もう、魔王の支配する暗黒時代は終わった。亜人どもも消えて、人類の歴史がはじまんだよ」
他にも何人かを回って、ヤイバは情報を集めた。
カホルが呼びかけてくれて、テーブルに料理が並んだので戻って座る。
なかなか色々な話が聞けたが、肝心のキルライン伯爵の行方はさっぱりだった。
「でも、とりあえずここはオウラ王国の隅っこらしい。国境の近くで、越境すれば隣国はスレーリィ連邦。とりあえず、午後は市に出て買い物をしよう。地図、できれば地球儀がほしい」
「それとヤイバっち、その服もなんとかしないとね」
「私たちの制服も目立ちます。あと、ブランシェちゃんにも新しい服や身の回りの物を買い足してあげたいですね」
そのブランシェだが、夢中でスープを飲んでいる。匙で救ってフーフーと冷まして、口に運んではにっぽり笑顔を浮かべていた。
こうしてみると本当に、本当に普通の小さな女の子だ。
実年齢はわからないが、10歳前後に見える。
ヤイバもパンをちぎってスープに浸し、それを口に放るなり次の料理に手をつけた。取り皿になにかの肉の蒸し焼きを取る。野菜も見たことないものばかりだが、鮮度は悪くないようだった。
「なかなかいけんじゃんね、ヤイバっち!」
「ああ、美味しい。なんの肉だろう」
「あ、それ聞いちゃう? 聞いちゃうやつ? 知らないほうがいいよー、あーしさっきおばさんから聞いたけどね」
「右に同じくです、ヤイバ君。今は全てを忘れて食べましょうう」
温かい食事は心が休まるし、異世界に放り出された現状も少し落ち着いて考えられた。
不確定名『謎の肉』を食べつつ、鳥かな? と思いつつヤイバは話を続けた。
「でも、手がかりが一つ手に入った。自然を愛する仲間たち、とかいう秘密結社があるらしい」
「全然秘密になってないけどねー」
「公然の秘密というやつですね」
まずは、この結社を当たってみようと思う。
なにか手がかりが得られるだろうし、その先に必ずキルライン伯爵はいるだろう。
ならば、イクスも一緒の筈である。
「幸い、軍資金はそれなりにある。今夜はこの町に一泊して、例の結社を探してみよう」
「どこの町にもいると言ってましたしね。ここにも支所なり事務所なりあるかもしれません」
「おーし、討ち入りしかないっしょ! ……あ、はい、冗談デス……」
物騒な話はなしとして、とりあえずは買い物に出かけることにした。店主に礼を言って代金を払い、ヤイバたちは町の中心地、市が開かれてる広場へと歩きだすのだった。
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