第26話

 しょんぼり肩を落として、イクスは部屋に戻ってしまった。

 やはり老齢、今日もかなり疲れただろう。

 その背中を見送り、ヤイバはチイとカホルを自室へと案内する。イクスには聞かれたくない、秘密の話をするためだった。

 だが、二人の興味はあっという間に室内のそこかしこに散らばった。


「懐かしいですね。十年ぶりくらいに入りました」

「え、ちょ、マジ!? なんで!?」

「幼馴染なので。因みに小学校三年生まで一緒にお風呂に入っていました」

「なにそのマウント! ……羨ましくなんかないっつーの。おっ!」


 カホルがすぐに本棚に飛びつく。

 小説から参考書、問題集、漫画、それと画集がいくつか。

 ごくごく普通の男子高校生の本棚である。


「へー、結構本読むんだ、ヤイバっち。あ! この漫画はあーしも読んでる!」

「ん、まあ……部屋の散策はそのへんにして、ちょっと僕の話を」

「私も持ってますがなにか? ヤイバ君の影響で読み始めたのですが、これが面白くて」


 失敗したとヤイバは思った。

 思わず顔を手で覆った。

 女子は勝手に二人で盛り上がっていく。


「あーしも読んでるし! あーし、こうみえても結構オタクだし。GUN PIECEとかるろうに剣神とか、葬創のフレーリンとか。パパ、日本の漫画好きだから」

「いいご趣味ですね……因みに私はフレーリンではフェレン惜しです」

「あーしはね、シュルタク! つかさあ、あの二人さあ」

「さっさと結婚しろ案件ですね。ちょっといやらしい雰囲気にしてきたいくらいです」

「それな! ……あの漫画、なんか……イクスんに少し似てるよね」


 葬創のフレーリンは、最近アニメ化もされた大人気漫画である。

 魔王を倒した勇者一行の一人、エルフの主人公フレーリンが勇者の死後の世界を旅する物語だ。なるほど、確かにちょっとイクスに似ている。

 大きく違うのは、既にイクスは老齢で満足に旅もできないということだ。

 この数日、一緒に暮らしてみてわかった。

 体力が低く、素早くも動けない。

 全知全能の大魔導師といえども、激しい戦闘はもう無理だろう。

 そんなことを考えていると、そわそわしだしたカホルがベッドの下を覗き込む。


「なにしてるの、カホル」

「いやあ、なにって……ナニがあるでしょ。男の子の部屋だもんさあ。ニシシ!」

「ヤイバ君なら、その手の本は机の上から三番目の引き出しです」


 ちょっと待って、なんで知ってると。

 というか『後の襟の奥よ、ルパンはそこにいつも隠すわ』みたいな言い方やめてもらえないだろうか。

 慌ててヤイバは机の前をガードした。

 ドンピシャで当たっているので、絶対に見られたくない、ノゥ! である。

 そして、いいからと二人を並んでベッドに座らせる。


「……話したいことがあるんだ、二人に」

「えっ? それって」

「なになにヤイバっち、まさか……愛の告白!」


 だんだん疲れてきた。

 カホルはショックを受けたような顔をするし、チイは赤くなって俯いてしまうし、どうなってるのだろう。女子高生、それは謎の生物でそろそろUMA認定されてもいいのではないだろうか。

 やれやれと大げさにため息をしてから、ヤイバも机に腰掛けた。


「わかってると思うけど、キルライン伯爵を止めなきゃいけない。でも、ちょっと視点を変えようと思って」

「と、いうと」

「目的は目的として、そのための正しい手段と手順を整理したいなって話」


 伯爵は今の世で言うなら、環境テロリストだ。異世界では産業革命を契機に、環境破壊が進んでいるらしい。イクスの言う惑星の生命力、星の泉も弱ってしまったという。

 そのため、古代の魔法を復活させて人類を粛清しようというのが伯爵の目論見だ。

 まあ、こっちの世界でも「地球を守るために隕石を落とす」という無茶苦茶なアニメもあるので、改革者とは得てしてそういうものなのかもしれない。

 現実でも、観光名所や美術館を不当に汚す事件があとをたたない。

 大雑把にいって、キルライン伯爵はそういう人物なのだ。


「キルライン伯爵を止めるためには……ブランシュを救い出し、二人を切り離す必要があると思うんだ」

「まあ、そうですね。ブランシェがいる限り、イクスさんは魔法を使えませんし」

「それにさあ、伯爵キモすぎ! あの手この手でブランシェちゃんをこき使うじゃん」


 そう、この奇妙なゲームの煩雑なルール、その最たるものがブランシェだ。

 このままでは、じわじわと一つずつ魔法が奪われてゆく。ゆっくり、一枚ずつ花びらをむしり取られるようにして、イクスは最後には枯れてしまうのだ。

 かといって、イクスにもうこれ以上の負担は酷だと思う。

 彼女は優しすぎて、ブランシェを攻撃できないし、恐らく伯爵も殺せないだろう。

 そんなイクスにつけこんでくるから、余計に厄介なのだ。

 だから、ヤイバは発想を変えた。


「大前提として、魔法をこれ以上渡せない。ブランシェが受けた魔法を奪うから。だから……もう、イクスさんを連れて戦わないことにする}

「ちょ、なにそれヤイバっち! 仲間外れってこと? 戦力外通告ってやつ?」

「違うでしょうね。カホルさんも落ち着いて。……魔法の大本がなければ、コピーは不可能ということです。それに加えて、イクスさんの身体はもう」


 一瞬立ち上がったカホルも、握った両の手を胸に再び座る。

 そして、ヤイバの思惑はチイの言う通りだった。


「僕たち三人だけで、伯爵をおびき出す。そして、ブランシェを保護し、逃げる」

「……できるでしょうか」

「策はある。チイの弓の腕と、カホルの身体能力があれば、できる。と、思う」

「なにそれー、あーしたち頼みかよー? ヤイバっちはなにするの? この作戦で」


 それも既に考えてある。

 これは恐らく、ヤイバにしかできない役割だ。

 そして、もっとも危険な仕事である。


「僕が伯爵をおびき出す。囮になって注意を引くから、今から手はずを説明するよ」


 そう、伯爵をまずはあぶり出す。

 それもそんなに難しいことではないとヤイバは思っていた。

 そして、あちら側の戦力と能力についても検討はついている。


「まず、この家……都牟刈家を伯爵は知らない。ということは、イクスさんをあちら側では探知できないと見ていいと思う」

「よくある、巨大な魔力を感じる! みたいのはないし、感知できないってこと?」

「確かに……この場所がバレてしまったら、それこそ詰みですね」


 この屋敷は襲われたことがないし、まだ見つかっていない。

 敵は、イクスがどこに住んでいるか知らないのだ。

 しかし、イクスを連れ出すのに難しいことは必要ない。

 何らかの騒ぎを起こして、人々を困らせればいいのだ。

 生来のお人好しなのか、それとも勇者一行を率いた大魔導師だからか、イクスはささいな騒動も見過ごせない性格だった。

 だから、バカ正直に伯爵の前にでてゆく。

 伯爵はそれを知ってるから、騒ぎを起こすのだ。


「今まで後手に回ってたけど、今夜は逆さ。僕たちから行動を起こす」

「ふむ、つまりヤイバ君が伯爵をおびき出して」

「チイたんとあーしでブランシェちゃんを確保! って感じー?」


 ヤイバたちは三者三様に頷く。

 言うは易し、だが、果たしてうまくいくか……?

 だが、ヤイバは現時点では一番の計画を練り上げていた。


「で、復習になるけど、ブランシェが現時点で持ってる魔法は三つ」

「凄い雷が落ちるのと、怪我が治るし毛が抜けるのと、あとは」

「今日盗られた、遠距離攻撃から身を守る魔法ですね」


 既にもう、三つも取られてしまった。

 イクスの全身にいくつの魔法が刻まれてるかはわからないし、百や二百ではすまないだろう。しかし、小さな道も一歩から……塵も積もれば山となる。少しずつでも確実に、伯爵は彼女の魔法を奪ってゆくつもりだろう。

 文字通り、手折らざる花をいたぶるようにむしり続けているのだ。


「今夜、比較的安全な場所に伯爵をおびき出す。チイは隠れて、伯爵を狙撃してほしい」

「わかりました。今日ちょっと使ってみた感じでは、あの魔法の弓は射程距離500mくらいまではいけそうな気がします。……もう少し魔女っ娘感がほしいとこではありますが」

「なにそれわかんない。魔法少女、的な? まあいいや、それで、タイミングは僕が作るから、カホルはブランシェを伯爵から引き剥がしてほしい」

「かしこまっ! ……でも、伯爵自身も結構うざくない? あのステッキ? 傘?」


 そうなのだ。

 自称異世界の救世主様は、向こう側の科学技術で武装している。錬金術に端を発して進化した、こちらの世界とは少し別体系の科学である。

 手に持つステッキは、傘にもなるし銃にも鎖鎌にもなる。

 攻防一体の武器で、恐らく他にも数種類の機能を隠しているはずだ。


「伯爵の相手は……僕がする」

「ちょ、大丈夫? あーしが蹴っ飛ばした方が早くね?」

「カホルには、ブランシェの保護に集中してほしいんだ。だから、最初はカホルもチイも隠れてて。今から手順を説明するね」


 ああ、そういえばと思い出す。

 今回の作戦のための、大事な小道具がまだ準備できてなかった。


「チイ、確かチイのおばあさんって車椅子を使ってたよね?」

「ええ」

「夜だけ借りれないかな?」

「大丈夫だと思いますけど……ちょっと聞いてみますね」


 チイがスマホを手に立ち上がった。

 あとは、夜が更けるのを待つばかり。

 冷酷で残忍な伯爵に対しての、三人のささやかな抵抗が始まったのだった。

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