参
分かり合えない母と子
今朝はトーストに加え、きゅうりにツナとコーンを和えたサラダがあった。
きゅうりはしゃきしゃきと歯応えがあり、咀嚼すると同時に、ツナとコーンの甘みが口内に広がる。これは正直、トーストよりも白熊さんのおにぎりと一緒に食べたかった。
──なんて思うのが、悔しい。
「世間はお休みだからね、今日はサラダも作ってみたけれど、どうだい、美味しいかい?」
「美味しいです」
「……おいしいよ、お父さん」
「そうかそうか!」
血の繋がりもない連れ子と共に、口数の少ない実の娘からも褒められて、とうさんは嬉しそうだ。この場に母がいれば賑やかな食卓になっただろうけれど、母はいない。
昨夜は妹の夜泣きが酷く、朝方まで起きていたから、今は寝室で休んでいる。また妹が泣き出すようなら、とうさんが行くことになっているから、寝室から出てくることはないだろう。妹に礼を言いたいくらいだ。
「お休みはいいものだね。普段は慌ただしく学校に行ってしまう子供達と、ゆっくり朝ご飯が食べられる。これがまだ何日も続くのか……お休み様々だ」
心から幸せそうに語るとうさん。明日こそはラピュタパンにしようか、とも言っている。まだ諦めていなかったのか。どうだい丙吾君と期待に目を輝かせてくるから、微妙に拒めず、頷くしかなかった。
──現在、父も母も育休中であり、ずっと家にいる。
二人は妹の世話の合間に、僕やいもうとの食事の準備や諸々をしてくれており、余裕があれば、もう一品や二品用意してくれた。十分足りているのに。
元々とうさんは料理が好きな人らしく、再婚前、母さんと親しくなると、手作りの菓子や弁当を渡し、母さんの胃袋を掴んだそうだ。そして再婚してからは、料理の楽しさを共有したいと、母さんと共に台所に立ち、妹が生まれる前の食卓はかなり豪勢だった。
食べ終わった後は吐きそうになっていたなとぼんやり思い出しながら、サラダを食べ終え、トーストに口を付ける。マーガリンを塗っただけの素朴な味。普通に美味しいけれど……白熊さんのおにぎりが恋しくて仕方ない。早く向かおうとがっついた。
「丙吾君、そんな慌てて食べたら喉につまらせてしまうよ」
「へいひ、へふ。……もう行かないと」
「今日もバイトかい? ゴールデンウィークも営業しているなんて、忙しい所なんだね。……その、まだ高校生なんだし、もう少しシフト減らしても」
「平気です。頑張りたいんです」
「……あまり無理してはいけないよ。それに……お母さんの言ったことも、気にしないようにね」
「……」
ありがとうございます、とだけ言って立ち上がり、食器を流しに持っていく。二人分の視線が背中に突き刺さるけれど、無視をした。
……気にしないように、か。
母さんは僕がバイトするのを反対していた。ただでさえ僕は帰りが遅いのに、バイトなんかしたら余計に遅くなり──夕食を一緒に食べられないじゃないかと、そんな理由で。
家族皆でご飯を食べよう。その日あったことを話しながら、面白いテレビを観ながら、楽しい時間を共有したいって。
僕と二人の時はそうじゃなかったのに。
バイトしたい僕とさせたくない母さんで軽く口論になっている所に、もう高校生だし、社会勉強に良いんじゃないかと、とうさんが仲裁してくれた。
それで落ち着く母ではなかった。
『小遣いなら十分あげてるのに、そこまでして欲しいものがあるの? 何よそれ、何が不満なのよ、何でいつもそうなの? ──お願いだから、もっと家族に関わってよ……』
母さんが静かに泣くと、妹が激しく泣き出した。あやしに行きたいが僕らも放っておけないとうさんは、かなりおろおろしていたけれど、その内妹は泣き止んだ。後から知ったけれど、どうやらいもうとが、あやしに行ってくれたらしい。
たとえ泣かれても、白熊さんの元でバイトをしたかったし、家には帰りづらいままだし──幸せそうな家族の輪の中に入るのは抵抗がある。
バイトを許してください。そう言って頭を下げたら、肩を優しく叩かれた。そのままでいたら、とうさんの声が耳に届く。
『……すまないね、丙吾君』
母さんとはとうさんが話すから、君は部屋に戻りなさいと言われた。返事をまだ聞いてないと顔を上げたら──申し訳なさそうな顔をしているとうさんと目が合う。
『バイトのことは説得するから、今は、ね?』
『……お願いします』
翌日、とうさんから正式にバイトの許可をもらい、母さんからは睨み付けられた。久し振りにそんな目で見られたなと思っていたら、言われたんだ。
『勉強に支障が出るようなら辞めさせる』
夏休み前の中間試験、どれだけ頑張れば、母さんに何も言われないだろうか。
白熊さんの元で働かせてもらえる──あの紅い蝶の傍にいさせてもらえるんだ。引き離されないように勉強も頑張らないとな。
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