最終話/僕はいつか上司に出会うだろう

 ――あまりに孤独な道だった。ありのままではだめだった。歩み寄れば避けられ、努力すればわらわれた。そんな世界を、僕はどうして受け入れられただろう。


 正しく生きるべく異形となった僕は、今日も後ろ指をさされた。そして世界は僕を爪弾きにしたまま平和に廻っている。

 僕は世の中を恨んだ。恨んで恨んで、何も感じなくなった。夜中に突然、涙が出ることがあった。誰にも求められずに生きていることが恥ずかしく、誰にも気付かれずに老いていくことが怖かった。


 ぬるく激しい水が僕をさらい、抵抗するすべを持たない僕はくいにすがった。皮膚を貫通する瞬間の傷みは僕を現実に繋ぎとめてくれた。それは不感になった僕の、自慰に似た行為だったと思う。直接的な傷みは僕から恐怖を遠ざけてくれた。傷みだけが友だった。反射で鳥肌が立ち、赤い血や涙や鼻水が出ると、喜びで打ち震えた。意思の干渉しない生存本能。僕にも生きるメカニズムが組み込まれている。命などクソくらえだが、『皆と同じ』という事実は、やっぱり安心した。ほっとしてのぞきこむ鏡の中の僕は、きちんと人のかたちをしていたが、隣にはいつも笑う化け物がいた。



 僕の設計図に描かれているのは白と黒のしま模様。その向こうにある灯台が、僕を急かすように青く点滅している。動きたいのに、動けない。海に流した男が僕の足を掴み、赤い目でにらんでいる。真横から突っ込んできた波が僕を地面に沈めた。


 間違いだらけの設計図。

 裂けた孔と、黒い身体。

 愛はまだ、わからない。


 ああ、この声が君に届くだろうか。世界に嫌われた僕を、ありのままで生きられない僕を、どうか君だけは拒まないで。

 たったひとつの正解を求めて、こんなところまで来てしまった。君は疲れた僕にその肩を貸してくれるだろうか。僕のくだらない話を聞いてくれるだろうか。そのとき、君はきっと、僕の姿を怖がらない。身体も心も寄せ合って、いつか君の逆鱗にも触れさせてほしい。


 

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逆鱗たち 水野いつき @projectamy

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