予告なき暴力の記録

ムラサキハルカ

証言集

 昼休みを控えた××高校二年F組の教室内。クラス担任の国語教師である小野寺信一郎に許可をとってトイレから帰ってきた四島唯人しじまゆいとが、教壇へ歩いて行くのを、最前列の真ん中、廊下側寄りの席に座っていた霧島光きりしまひかりは目撃していた。

「変だなって思ったんです。そもそも四島君の席って窓際の後ろ側ですから。そうでなくても、授業中に入ってくる時は、先生の邪魔をしないように後ろの扉からっていうのが暗黙の了解みたいになっていましたから」

 変だなという霧島の所感は、四島が右手で銀色の棒状の物を引きずっているのを見て確信に変わったと言う。

「小野寺先生も雰囲気が変なのに気付いたみたいで『なにかあったのか?』って四島君に尋ねたんですよね。そしたら……彼は引きずってたものを肩にかついで。そこで私、金属バットだって気付いたんです」

 何の躊躇いもなく金属バットは、小野寺の脳天に振り下ろされ、鈍い音が響いたと言う。頭部から額に血を流しながら膝をついた担任教師に、四島は無表情で同じ位置にもう一発バットを振り下ろした。

「先生がうつ伏せになるまでの間は、スローモーションみたいでした。その後も四島君が先生の頭に何度も何度もバットを振り下ろしはじめたところで、教室中に悲鳴が響き渡ったんです。みんな、何が起こったのかをようやく理解したんだと思います。私は私で、その後は目を逸らしたんですけど、鈍い音だけは耳に入ってきて……」

 四島とクラス内でもっとも親しかった笹川智樹ささがわともきは、バットによって教師が倒れる姿を、中央列の最後方から見守っていた。信じられなかったと言う。

「こういう時のありがちな話になっちゃうんですけど、四島ってものすごく大人しいやつなんですよ。虫一匹も殺せないような。ただ、気が弱かったり虐められてるみたいなこともなくて。むしろ、背が高くて愛嬌があるから、どちらかといえば好かれていたんじゃないかな。事件が起こる前の休み時間だって、最近はまってる猫動画を嬉しそうに見せてくれたり。これまた、月並みな言い方になっちゃうんですけど、こんな事件が起こるなんて想像もできませんでしたよ」

 繰り返される殴打で我に返った笹川は、勇気を振り絞って四島の傍に行こうとしたが、それよりも先に、体育委員でサッカー部レギュラーの松尾雄太まつおゆうたが駆け出していたという。

「たしか『やめろよ』って叫びながら突進してましたね。そしたら、四島のやつ、声に反応したのか振り上げたバットを手にしたまま体を捻って、ちょっと不格好にスイングしたんです。俺は後ろにいたから見えなかったけど、たぶん、松尾の顔面を振り抜いたんだと思います」

 その後、仰向けに倒れ込み顔を抑える松尾の頭部に、担任の小野寺の時と同様にバットが振り下ろされたと言う。

「最初は、松尾の『この野郎』とか『後で覚えてろよ』みたいな言葉が聞こえてきてたんですが、次第に弱々しい声で『やめてくれ』とか『なんでもするからさ』って命乞いしはじめて。そりゃそうでしょ。きっと、俺も同じ立場だったら、そうする。けど、四島のやつは一度だって手を止めないで、松尾のやつも動かなくなったんです。もう、俺怖くなっちゃって。気が付いたら、クラスメートたちの渦に巻きこまれて教室を出てました。正直、後悔してます。友人としてなにかできたんじゃないかって」

 事件発生の五分ほど前。屋上で授業をふけていた戸島とじまエリカは、バットを手にした四島と言葉を交わしていた。

「ユイトとは家が近所で、弟分みたいなもんだったんで。同じ高校に通うってわかった時に、勝手に作った屋上の鍵の複製を渡してました。ウチの高校の屋上って、半ば物置みたいになってて、色んなものが転がってて、例のバットもその中の一つで」

 この日、四島はふらりと屋上にやってきたという。戸島が、休み時間にやってくるなんて珍しいな、と感じ尋ねると、トイレ帰りに戸島がいるかなと思って寄ったと答えたと言う。

「どんな話をしたかって? 今日も空が青いなとか、ここで吸うタバコって美味いだろうなって冗談で言ったら『停学になっちゃうよ』って叱られたりしました。そんな時に、ユイトがバットを手にしたんです」

 どこかきょとんとした様子をした四島に、戸島も面食らった。

「ウチの知ってるあいつって野球もサッカーも興味なかったから、それがどうしたんだって聞いてみたら、『なんかしっくり来て』なんて言ってて。本人もよくわかってないみたいで」

 その後、四島は何度かバットのグリップを握ったり緩めたりを繰り返したあと、もらっていっていいか、と尋ねたという。

「おかしいって思って、なんでだ、って聞いたら、『なんとなく、欲しいかなって……』なんて言って。明らかに変な感じだったんだけど、屋上に落ちてるものってだいたいゴミだし、ウチが許可を出すもんでもないから、好きにすればいい、って言ったんです。あそこで止めてりゃ良かったのかなぁ。てか、あいつ本当に人を殺したの?」

 いまだに信じられないという戸島とは対照的に、件の教室に残り一部始終を目撃した小出利光こいでとしみつには四島が悪魔のように映ったという。

「先生と松尾がやられた後、同じように止めようとした石井いしい君と羽田はださんがバットで打ち抜かれて、頭を滅多打ちにされているのを、僕は石みたいに黙って見ていました。そうして、血の臭いがする教室から誰もいなくなって、僕と四島だけが残されました。次に殺されるのは僕だって思ったんですけど」

 四島は小出には一切手を出さなかったという。ただ、教室の窓やロッカー、机などを不格好なスイングや振り下ろしで嵐みたいに破壊して回った。

「わけがわからなかったです。なんでこんなことするのかって聞いてみたかったですけど、動くと殺されてしまうんじゃないかって思って、黙りこんでじっとしてました。そしたら、学年主任の大塚先生がやってきて」

 柔道部顧問である大塚耕哉こうやが、なにをしとるんだぁ、という大声とともに、教室前方から入ってくるのに合わせて、小出は、助かった、と思ったらしい。

「なによりも頼もしい救援だなって。これでこの悪夢も終わるんだなってほっとしていたんです。けど」

 四島は迷うことなく走りだしたかと思うと、助走そのままに勢いよく飛び上がり、バットを大塚の脳天に叩きこんだ。柔道部顧問は首を鍛えていたからか、打たれた後、すぐさま手を伸ばしたものの、頭部にぶつかった反動を利用した再度の打ち付けの方が速く、動きを止めた。そのまま四島は四五発同じように殴ると、大塚は顔から床へと倒れこんだ。そして、また同じ光景が繰り返された。

「その後も、大柄の男性教師先生三人が飛びこんできましたけど、顔を振り抜かれたり、頭を打ち付けられたり、脛を打たれたりして倒れて、みんなみんな殴り殺されて行って、僕はただただそれを見るしかなくて……」

 ようやく恐慌が止まったのは、警察隊が駆け付けた時だった。再三の呼びかけに応じず破壊活動を繰り返す四島の態度を見て突入した警官隊。その時、バットを握ったままの四島は、

「笑ったんです」

 と小出は語る。そして、無言で窓へと歩みよったあと、何の躊躇いもなく四階の高さから飛び降りたという。即死だった。

「あの大きな音はいまだに耳にこびりついて離れることはありません。きっと、一生残るんだろうと思います」

 事件後、息子の犯行と死を知った母親の四島加奈子は泣き崩れながら、

「あの子がそんなことをするはずがありません。幼い頃から人を傷つけるのすら怖がるような子だったんです。できるはず、ないんです」

 その見解には父の四島げんをはじめ、多くの証言者が賛同を示した。

 こうして四島の暴力における最初の日にして最後の日と事件は、犯人含め九名の命とともに幕を閉じた。遺書などは残されておらず、全ては謎に包まれている。


 

 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

予告なき暴力の記録 ムラサキハルカ @harukamurasaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ