第45話 青春痛

これからは平日の週5更新になります。よろしくお願いします。


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「え…………?」


 思考がフリーズした。レジ作業は速やかに済ませないといけないのに、手もピタッと止まってしまう。それくらい衝撃的だった。


「寝言って本音が出ると聞いた事があるんだけど、夏樹はどう思う?」


 こちらを試すような立華さんの声色。反応したらそのまま絡めとられてしまいそうな緊張感が身体を包む。


 そのニヤついた笑顔の意図は一体何なんだ。


「…………どうだろう。そもそも本当に言ったのかな?」


 認める訳にはいかない。認めてしまえばきっと、俺は立華さんの事を本格的に好きになってしまうだろう。そうなればその先に待つのは失恋の絶望だけだ。


「信じられないかい? 録音しておけば良かったな」


 立華さんは俺の表情を覗き込んで更に口角を吊り上げた。ああそうだろう、凄い顔をしているだろう今の俺は。


「レジ、やらなくていいのかい?」

「あ、うん」


 急かされるままにレジを操作する。この瞬間にお客様がお会計にやってくると凄く面倒な事になってしまうので、手早く作業を進める。珍しく何度かミスをしてしまったものの、幸いお客様が来ないまま終えることが出来た。


 作業は終わったのに、立華さんは動こうとしない。まだ俺に用事があるみたいだった。


「ねえ夏樹────ん」


 立華さんの声を遮って、インカムから呼び出し音が鳴る。デシャップに視線をやるとチョコレートパフェが用意されていた。食べ終わりのお客様が締めのデザートを頼んだんだろう。


「話の続きはまた帰り道で────今日は先に帰らないでね、夏樹?」


 立華さんがデシャップに歩いていく。俺は全身から汗が吹き出すのを感じた。



「一織様、センパイ、また明日です」

「うん、また明日」

「気を付けて帰るんだよ、りりむ」


 キィキィと軋んだ音を響かせて古林さんは自転車で走り去ってしまった。残されたのは勿論、俺と立華さんだ。出来れば古林さんも傍にいて欲しかった。


 何故かというと。


「さて、二人きりになってしまったね」


 やっぱり忘れてはくれないか。

 待ってましたと言わんばかりに立華さんが口を開く。俺は天を仰ぎたい気持ちだったけど、代わりに小さく溜息をついた。溜息をついても幸せは逃げない。


「二人きりというか……まあ、そうだね」


 二人きり、という言葉にはもっと特別な意味が含まれている気がしたから何か言い返そうと思ったけど、適切な言葉は思い浮かばなかった。口を閉じてから「二人きりというより、二人組だ」と思いついたけど、時は既に遅い。


「で、夏樹の寝言についてだけど」


 立華さんはまるで判決を読み上げる裁判長のような口調で言葉を並べる。今から言う事は変わりようのない事実なのだと突きつけられるような静かな迫力があった。


「夏樹はさ、ボクの事をどう思っているんだい?」

「…………」


 それが分かれば苦労しない、というのが俺の正直な気持ちだった。なまじ立華さんが輝きすぎているせいで、好きと憧れの区別がつかない。


 …………そもそも、そもそもだ。


 もし俺が立華さんの事が好きだとして、立華さんはどうするつもりなんだろう。まさか俺と付き合いたい訳でもあるまいに。とはいえ、わざわざ俺に告白させてそれを断るような意地の悪い性格をしているようにも思えない。


 立華さんの質問の意図が、俺は分からなかった。


「…………逆に、立華、…………一織は俺の事どう思ってるのさ」


 いつの間にか俺は訳の分からない事を口走っていた。質問を質問で返すという、一見すると上級者向けのテクニックを披露してしまう。勿論俺は恋愛初心者なので、これはただやらかしただけだ。


 しかし、そんな窮鼠猫を噛んだような俺の攻撃はどうやら有効だったらしい。立華さんは黙り込んでしまった。


「…………どうしてそんな事を訊くんだい」

「どうしてって言われてもなあ……」


 口が勝手に、としか言いようがない。だけどそれはそれとして、立華さんが俺の事をどう思っているかは気になった。いい機会かもしれない。


 まばらに点在する街灯や信号の光、たまに通過する明らかに制限速度を守っていない車が発するヘッドライトが俺達を照らしては消えていく。俺達は赤信号で足を止めた。そして、立華さんが口を開いた。


「勿論、好きだよ────友達としてね」


 喜んでいいのか、悲しんでいいのか分からない回答に、俺はホッとした。その答えは信じられるからだ。これで「恋人になって欲しい」なんて言われたら、俺はまた余計な心配をしなくちゃいけなくなる。また立華さんは俺で遊んでいるんだって。


「俺も同じ気持ちだよ」

「そうかい」

「うん」


 何とも空気がむず痒かった。本当は違う気持ちだって、見透かされている気がした。俺のうるさい鼓動が空気を震わせて、立華さんまで届いてしまっているんじゃないか。不安な気持ちになりながら、俺達は駅に辿り着いた。


「じゃあ、また明日」

「また明日、夏樹」


 改札で俺達は分かれた。いつも通りの立華さんの様子に、俺はホッと胸を撫でおろす。俺は明日からも、立華さんと友達でいられるんだ。立華さんの背中がホームに消えていくと、何故か胸に穴が空いたような錯覚に襲われた。


 俺は本当に、立華さんと友達でいたいのだろうか。

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