【書籍化】女子校の『王子様』がバイト先で俺にだけ『乙女』な顔を見せてくる
遥透子@『バイト先の王子様』書籍化
1章
第0話 とある日の喧騒
『山吹、三番テーブルデシャップ(配膳)行けるか!?』
「分かりました! そのまま五番バッシング(片付け)行きますね! 五分後くらいにデザートの注文殺到すると思うんでお願いします!」
『勘弁してくれ! 了解!』
インカムから聞こえてくるキッチンスタッフの怒号じみた声に負けない声量で応えて、俺は早歩きでデシャップ作業に移る。
我らが『ファミリーレストラン・サイベリア
…………冗談きついぜ。今日は平日シフトだってのに。
「大変お待たせ致しました。チキンジャンバラヤとキャラメルハニーパンケーキでございます」
「はい! パンケーキ私です!」
「ちょっと待ってw沙織何これ食べすぎでしょw」
「今日丁度夜ご飯なかったの。あ、どうもです」
三番テーブルには三人の女子高生が座っている。一人はパンケーキ、もう一人の前にはメロンソーダが入ったドリンクバーのグラスが置かれていたので消去法で残りの一人にジャンバラヤを提供すると、その女子生徒がぺこりと頭を下げた。こういう小さな予想が当たると嬉しいんだよな。
「あのぉ、店員さん。ちょっといいですか……?」
配膳を終えると、パンケーキの女の子がおずおずと手を上げた。反射的に一瞬、視線がパンケーキに落ちる。
「──はい、いかがなさいましたか?」
調理ミス?
それとも髪の毛混入?
忙しい時はそういったミスが起こりがちだ。さっとパンケーキに視線を走らせるが、パッと見では変な所は見当たらない。俺が視線を戻すのと同時に、女子生徒は頬を赤らめながらサイドに垂らした髪で顔を隠した。
「えっとぉ…………『一織様』はいつ頃このテーブルに来ますか……?」
「はい……?」
想定していたどのパターンの質問でもなく、つい聞き返してしまう。
「一織様です……あの、あそこにいらっしゃる……きゃーーー!」
視界に入るのが耐えられない、とばかりに三人が奇声をあげる。
女子生徒が指差した先には、黒いショートヘアを颯爽となびかせてラウンド作業に従事する、当店男性ホールスタッフのユニフォームであるスーツに身を包んだ男性────のように見える新人女性スタッフがペパーミントのような爽やかな笑顔をお客様に振りまいていた。付近のテーブルから爆発のような歓声が巻き起こる。
「あー……えっと……当店はそのようなサービスは提供してないんです。一応、立華さんには言っておきますね……?」
「お願いします! あ、私の名前は出さないで下さいっ、恐れ多いので……!」
「かしこまりました。それでは失礼致します」
言われなくてもあなたの名前が分からないよ──そう思いながら俺は頭を下げる。すると、頭上から声が降ってきた。
「夏樹、どうしたんだい?」
その声はまさに今呼ぼうと思っていた『一織様』のものだった。
「きゃあああああっ!!?」
途端、三人が絶叫する。
他のお客様の迷惑に──と思ったが、現在この店には立華さん目当ての雀桜生しかいなかった。顔を上げると女子生徒たちが目をハートマークにしながら立華さんに迫っている。ジャンバラヤが悲しそうに湯気をあげていた。
「こちらのお客様が立華さんに用があるみたいで。悪いけどお願い出来るかな?」
「了解した。さて……どうしたのかな、君達は」
立華さんがそのイケメンアイドルのように整いすぎた顔を近付けると、女子生徒達は沸騰寸前のお湯のように沸き立った。
「あっ、あっ、あのっ! 私達一織様の大ファンでっ、えっとっ、スーツ姿かっこよすぎますっ!」
「ありがとう。ボクの為に来てくれたのかい?」
「ははははいっ! 私達全員一織様のファンクラブにも入らせて頂いてて──」
続きが気になる所だが、店内は大混雑を極めている。ウェイティング席に目をやれば、スーツ姿の立華さんを一目見ようと多くの雀桜生が身を乗り出していた。俺は視線を切って五番テーブルのバッシング作業に移る。二つ隣のテーブルなので、辛うじて会話が聞こえてきた。
「君、名前は何と言うんだい?」
「あ、えっと……沙織です……!」
「そうか────沙織、今日は来てくれてありがとう。とても嬉しいよ」
「あっあっあっ」
…………やってる事が完全にホストだった。果たしてこれは接客と呼べるんだろうか。沙織と呼ばれたジャンバラヤの女の子が撃沈し、周りのテーブルからは「ずるい! ずるい!」とブーイングが鳴り響く。
『夏樹、ホール大丈夫そうか!?』
「…………正直ヤバいですけど、お客様満足度はピカイチだと思います。提供ちょっと遅れても大丈夫だと思うので、ミスがないようにやっていきましょう」
『あいよっ』
インカムにそう返し、俺はダスターでテーブルを拭き上げた。確かに今日は忙しいけど、それはそれとして新人教育はやらなければならない。
「立華さん、五番オッケーだから案内して貰ってもいい?」
三人の相手をしている立華さんに声を掛ける。服装も相まって、立華さんは見れば見る程男性にしか見えなかった。『雀桜の王子様』の異名が脳裏によぎる。
「了解した。では、少し行ってくるよ」
去り際にウィンクを残して、立華さんはウェイティング席に歩いていく。文句の一つでも言われるかな、と三人に視線をやってみれば、三人ともぽーっとした顔で立華さんの背中を見つめている。完全に、ホストに恋をする客だった。
「…………」
どうして。
どうしてこんな事になってしまったんだろうか。
ほんの数日前まで、サイベリアは普通のファミリーレストランだったのに。次のデシャップ作業に移りながら、俺は初めて立華さんと出会ったあの日の事を思い出していた────
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