【KAC5】「はなさないで」という言葉について

達見ゆう

第1話 サイドA〜ユウとリョウタ〜

 いつものように朝ご飯を食べていたある日。


「私さあ、夢を見た」


「ふうん」


 僕は夢を覚えていないが、ユウさんはよく覚えているので内容を話すことある。大抵は突拍子もない内容なのだが、今回は違った。


「夜の街を歩いていると突然バッファローの子どもが現れるんだ」


 ん?


「そこは車が多いところでな、バッファローでも子どもだったら死んじゃうと思って保護するんだ」


 いや、妻よ。それは夢ではなく、こないだの出来事だ。


「で、何かロープで首に繋いで引いていくんだ」


 あのバッファローをどうやってロープというか、紐で繋げたのだろう。今も僕は不思議に思うが、妻は覚えていないし、こうして語るのも夢だからと疑問に思ってないようだ。


「そ、それで?」


「それでなあ、保護されてると気付いたのかその子が目で『はなさないで、見捨てないで』と言っているような気がして。なんとしても保護して交番に連れて行こうと思ったんだ」


 いや、それは『離せ、このやろう。馬鹿力で引きずるな』という威嚇の目つきだと思うのだが。そうでなければあんなに興奮していなかったはずだ。よくまあ、無事にマンションまで引っ張ってきたな。


「そうやってな、ぽつんと一人と一頭で街を歩くんだ」


 そりゃ、避難勧告出ているから皆は逃げていて人気はないでしょう。なぜ彼女は気づかなかったのだ。いや、その点は僕も当初はバッファロー関連ニュースを聞いてなかったから言い返せない。


「うーん、でも夢ってうまくいかないからさ。

 交番のつもりがなぜかうちに来てしまって。子どもバッファローをマンションの柱に紐だかロープを固定した、というところで場面が変わってなあ。自宅のベッドにいるところで目が覚めた」


「お、おう」


「こないだのバッファロー騒ぎの余韻かなあ。まあ、うちは被害なくて良かった。美優ちゃんやリョウマ君は大なり小なり被害出たけど」


 僕はツッコミ入れたいのを必死にこらえていた。それが現実と言っても信じないし、下手すると四十肩マッサージの刑になる。二人に間接的に被害を与えたのは僕らのせいなのだ。幸いなのはあのバッファロー騒ぎで死者が一人も出なかったことである。


「美優は旅行中だったからバッファロー騒ぎの現場にいなかったけど、リョウマ君達は大変だったろうね」


「うん、細菌扱っているからセキュリティ厳しい反面、地上に避難は大変らしい。よく知らないけど、地下にシェルター作ってあるのじゃない?」


「火事の時は蒸し焼きだな」


「ユウさん、そういうエグい想像は止めて」


「ああ、すまん。義弟おとうとが蒸し焼きなんてことは不謹慎だな。そういえばリョウマ君の恋バナどうなったんだろ?」


「今頃、いろいろと悶々としているのじゃない? さ、そろそろ食べ終えないと遅刻するよ」


「あ、いけない。すまん、リョウタ。皿洗いは任せた」


 そういって妻は歯を磨きに洗面台へ向かった。


「って、おーいっ! ユウさん、僕も同じ庁舎だから出勤時間も同じなんですけどーっ!」


 僕はとりあえず食器をシンクに移しながら、あの時弟には迷惑かけてしまった罪悪感を感じつつ、あれから恋バナの進展あったのかどうかを聞いてないなと思い返していた。

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