第17話 わたくしはリエンさんが大好きでございます

リエンさんは掃除のエキスパートです。


リエンさんがトイレ掃除をすると便器の裏や壁の目地、給水タンクなど、見えないところまでピカピカになります。

汚物の流れる臭いトイレがいい香りのするお花畑に変身するのです。店内の床も同様です。


チューイングガムのようなものがこびりついていてもリエンさんは綺麗に剥がします。

特殊な金具を使うのですが、ガムを剥がしたあとも、ピカピカに磨き上げます。

リエンさんは店舗の隅々に鋭い眼差しを向けます。

熟練の陶芸家が自分の作品を見つめるようにリエンさんは店内に視線を向けるのです。


まさに、プロフェッショナルです。私も見習いたく思います。

自分の仕事に誇りを持ち、一生懸命に取り組むリエンさんの姿は、東京・丸の内や青山のようなオシャレな街でオシャレな仕事をしている人よりも数倍美しいです。


あら、申し訳ございません。丸の内や青山のOLさんたちも美しいです。

しかし、コンビニの制服を着て真剣に働くリエンさんもまた美しく立派でございます。


何の違いがございましょう。

そこには、上下も、貴賎もありません。給金の高低がなんでしょうか。


むしろ安いお給料で真剣に働く人たちのほうが奉仕の精神を持ち合わせた崇高な存在に思えてなりません。


奉仕の行動は宇宙貯金を積み重ねているようなものです。

いつの日か、その貯金が巨万の富を生み出して返ってくるのでございます。そう、主人に教えていただきました。


 わたくしは常にメモ帳を持参しております。


手のひらサイズの手帳をポケットに忍ばせておいて、教わったことを書いておくのです。わたくしは、すぐに忘れてしまいますので、メモを残すことが大事なのでございます。


レジ機の打ち方や、電気水道ガスの料金支払い、宅配便の処理のしかたなど、メモしておきます。


そんなメモのなかでも、リエンさんに教わったことが1番多いように思います。


 いつだったでしょうか、リエンさんはトイレの手洗い槽の掃除を教えてくださいました。


「ここ見て、ここに水垢があるでしょ。みんな、これは落ちないものだと諦めてるのね。でも、私は諦めない」

 リエンさんは手洗い槽の側面のうっすらと黒くなっている部分を指差します。


「どうするんですか?」

 わたくしは、そう言いメモ帳を取り出しました。『手洗い槽の洗浄』とメモに書きました。


 リエンさんはレジカウンターのなかへわたくしを連れていきました。洗い場の下の扉を開けて、何やら怪しげな白いスプレー容器を取り出します。


「これを使うのよ。でもね、これは決して素手で触ってはいけません。ナイロン手袋をしなきゃいけないのね」

 掃除のことを話すときのリエンさんは輝いています。コンサートホールの煌びやかなステージに立つスターのようです。


「はい」

 わたくしも楽しくなっていきました。


わたくしも、リエンさんのように輝いているでしょうか。


わたくしは、この仕事に誇りを持ち、情熱を注いでいこうと思います。わたくしをそんな気持ちにさせてくれたのも、他ならぬリエンさんでございます。


そんなリエンさんのことが、わたくしは大好きでございます。


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