今宵、闇を祓う

もりもり森

第1話

「此処はテストにでるぞー、ちゃんとノートにメモしとけよー」


 閑静な教室で、教壇に立つ中年太りした男――社会科の教師がチョークの音をコツコツと響かせながら、淡々と黒板に文字を書き下ろしていく。

 チョークを持つ彼の指には、きらきらと輝く婚約指輪が光っている。


 (あんな嫌味な教師ヤツでも結婚できるんだなぁ)


 と彼に対して、いや彼のお嫁さんに対しても失礼なことを思いながら、窓の外に目を向ける少年――郷村京(さとむらきょう)。


 彼が鎮座する窓際の席から見える空は重々しい雲に覆われている。雨こそは降っていないものの、今にも振り出しそうな空模様。

 


 (静かだ)

 

 静かでどんよりとした雰囲気が漂っている。今日ばかりは昼食後の授業にも拘わらず珍しく眠気でうとうとしている生徒が少ないような気がしていた。


 かくいう郷村も眠気が一切なく無く、寧ろ目が冴えている部類に入る。


 教壇に立つ教師は、午後の授業にしては珍しく目を開けている生徒達に対して驚いているのか、何時もの授業よりも少しノリノリ、というか張り切っているような様子が伺える。

 


 (退屈だ)


 彼の熱量に応えるほどのノリに付き合う程、彼が好きでは無い郷村は授業をマトモに受ける気にはならない。

 郷村は必死にを装うためシャープペンを動かす。が、その実態はノートの端に絵を描いているだけである。

 国民的な青いネコ型ロボット、最近流行ってるらしい小さくて……可哀相?な白い生物、色々なイラストを描いたが彼が思うようにならない。

 


 (……へったくそ)


 彼なりに頑張って描いたつもりだが、絵が苦手な人特有の自信のない線画で、イラスト全体に弱々しさを生み出している。彼は自身が生み出した作品に鼻で笑いそうになった。

 普段から絵を描くことが好きなわけでは無い彼だが、こうも気分が乗らないと普段やらないことすらやろうとする、退屈とは魔物である。

 

 

 (このまま夢中で描いていたら、流石に教師ヤツにバレる。この絵を見られるのは自分的に不都合はずかしいだ。)

 

 彼はハッとして、慌てて近くにあった消しゴムの丸角を使って生み出した作品たちを無に帰した。


 少し黒くなったノートから目を離して黒板に目をやると、前に立つ教師が熱血に教鞭を執っていた。

 郷村は熱気にため息が出そうになったが、何とか抑えて真面目に聞いているふりをしようとした、がなんだか面倒くさくなった。


 

 (もう寝るか)


 自身は真面目では無いから罪悪感は沸かない、教師アイツ嫌いだし。

 眠くないからと言って、目を瞑っていればいずれ眠たくなるだろう、寝る子は育つ。よし。

 

 彼はそう理由をつけて少しだけ休憩することに決めた。


 机に対して俯せになっていると、如何にも自分寝てますよ風になってしまうので、いや起きてましたよ風に見せかける為、頬杖をついて彼はゆっくりと目を瞑った。


 

 (こんな時に窓からあったかい光でも入ってきてくれたらいいのに)


 手の平から伝わるじんわりと温かい自身の体温を感じながらそのような事を考えていた。


 心地の良い温かさ、というのは不思議なもので先程まで感じることの出来なかった睡魔を呼び起こすことに成功していた。

 段々と遠くなる周りの音と薄れゆく視界が彼を夢の世界へ連れていこうとしていた。


 

 「……次、教科……けよー」


 教室中が教科書のページを捲る音で、ストンと一瞬のことのように意識が落ちた。

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